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部隊は森が近づいてきたので休憩に入っている。

相変わらず陽射しは強いが木陰に入ることでいくらか涼が取れた。

姫様は私の隣で同じく休憩しながら、周りの草木を眺めていた。


「ヨエン。ご覧ください。リコリスが自生していますよ」

「リコリス?」

「この花は夏の終わりに咲くんです。この量なら一面鮮やかな赤い色をしますよ。他の国では何と言いましたか、、、ヒガンバナでしたっけ?」

「ヒガンバナ、、、」

「興味ないですか?」

「いえ、そういうわけでは。そんなに詳しくはなくて、、、」

「ではこれからたくさん触れていきましょう?しばらくは私と一緒なのですから」

「そ、そうですね」

「良かったわ。あ、あちらの花は、、、」


どこか恥ずかしかった。

私に花の知識がないこともそうだが、それとは違う何かが私の胸の奥を掻いた。


視線を落として草花を眺めていたが、ふと視界の端に副長の姿が見える。

こちらをチラチラとみては森の中を見つめることを繰り返している。

どうやら私を待っているらしい。


「姫様、少し失礼いたします」

「えぇ、大変かもしれないけどよろしくね」

「はい」


素直に姫様の言葉を受け取った。

姫様の許を離れ副長の所へ駆け寄る。


「副長、何かありましたか?」

「兵士を1人連れて斥候に出てくれますか?先ほど奇妙な音が右前方からしまして、、、」


副長が方向を指さしたので目を向ける。

特に何も見えず、木々が先を見せてくれないほど生い茂っている。

目を凝らしても特に何も見つからない。


「かしこまりました。ところで奇妙な音とは?」

「それは、、、」


シュイン


!!!


音が聞こえた。

剣を研ぐときのような音に近いが、随分と大きい音だ。

方向的には左前方の森の中からだった。


即座に鎧の紐を締めなおし、槍を右手に、左手には小盾を構える。


「馬車を中心に守備隊形を取れ!姫様、馬車の中へお移りください!侍女も中へ!」


副長がすぐさま指示を出す。

すこし大げさにも思えたが、姫の護衛という大役の今はそれぐらいでちょうどいい。

部隊はすぐにあわただしく動き出した。

副長も私もほかの兵士とともに馬車の周りに寄って身構える。

音がしたほうと、先に副長が奇妙な音がしたというところ、2か所を確認するが大きな動きはない。


時間が止まったように静かな時間が流れていた。

よくよく考えれば街道沿いの昼間なのに人通りがほとんどないことも不思議に思えた。


「音の原因を探ろう。鋼がこすれる音には違いない。ヨエン殿、リアニ、先ほどの指示通り右前方へ斥候へ。ドリエット、俺の代わりに隊の指揮を頼む。オレは左前方を確認しに行く」

「わかりました。戻りは?」

「直進し100歩ごとに周囲を警戒、300歩で警戒後撤収せよ。撤収時も周囲の警戒は怠るな。私も同じように進む。不審なことがあれば1人戻って報告しろ」

「わかりました。リアニさん、行きましょう」

「はっ」


先ほどとは変わり副長は命令口調で私に指示を出す。

副長は早くも動き出し、林へと踏み込んでいった。

方向は違うが私たちもそれに続く。


リアニは私より年長だが立場上は私のほうが上だった。

私が前を、リアニが左右を警戒しながら前進する。

100歩ほど進んだので足を止めて周囲を警戒する。

何も見つからない。

それがとてももどかしかった。

敵がいるのであれば早く見つけて対処しなければ。


「伏せろ!」


ズダンッ シドッ


不意に背中から衝撃があり地面に前のめりに倒れ込んだ。

背にはリアニが張り付いている。


すぐに上を眺めると矢が木に刺さっている。

矢の長さからしてボウガンの類だ。

リアニが地に伏せたまま声を出す。


「接敵しました。相手は2名。ひとりはボウガンを、もう一人の武器はわかりません」

「わかりました。私が囮になります。リアニは馬車へ戻って報告してください」

「いえ、俺が囮になります」

「ダメです。貴方のほうが早く戻れます。大丈夫、私もゆっくりと後退します」


リアニの装備は私より軽かった。

何よりもリアニは盾を持っておらず弓矢に対応できない。


「わかりました。では行きます」


リアニは立ち上がると走り出した。


ズドズドッ


矢が2本飛んでくるが、リアニから大きく外れて地面に突き刺さる。

私も立ち上がり盾を構えた。

視線は敵に合わせる。


2人が木に隠れながらボウガンに矢を装填している。

素人だと思った。

2人とも遠距離武器を持っているなら交代しながら撃つのが定石だ。

それ自体が罠の可能性もあったが、装填するスピードがかなり遅い。

公国が弓矢に長けているからなおさら感じるが、ひどく技術だ。


「倒せる、、、」


意図せず出た自分の声に驚いた。

本当に倒せるのだろうか。

わからない。

だが倒せれば姫様の安全を確保できる。

そう思った時には自分の足は敵に向かって進んでいた。


シドッ ツガンッ


再び矢が放たれた。

1本は近くの木に、1本は構えていた盾に当たった。

それを機に駆けだした。


2人の内近いほうの敵が矢の装填に手間取っているのがわかる。

一気に距離を詰める。

右手に持っていた手槍を繰り出した。


ドツッ


脇腹に突き刺さった。

ぐああ。と悲鳴を上げる敵兵。

うずくまる前に槍を引き抜き首元にめがけて2撃目を突き刺した。


ドテュ


すぐに槍を引き抜く。

手元に狂いはなく、自分でも恐ろしいと感じるほどに冷静な一撃だった。

1人目が動かなくなるのを確認する。


ドスッ


背中に激痛を感じた。

背中に手を伸ばすと矢が刺さっているのがわかった。

出血はしているようだが多量ではない。


すぐに振り向き駆けだした。

残った敵は木を盾にして隠れるように逃げるが視界から外さないよう注意する。

集中しているのか、頭の働きが恐ろしく冴えている。

敵が次に動く位置がどことなく理解できた。


ツガンッ


矢を再び盾で受ける。

撃ってきたことによりさらに距離が詰められた。

一足飛びに駆け寄る。

背中に痛みは感じるが、姫様のことを思えば関係ない。

そこから詰め寄って2人目にとどめを刺すまでは一瞬のことだった。


片付いた。

傷こそ負ったが怖いくらいうまくいった。

敵の練度が低いこともあるのかもしれない。

それでも順調に処理ができた。


「はあはあ。矢を抜くのは馬車に戻ってからにしよう。早く戻らなければ」


息を整える時間すらもったいない。

姫様のことが気がかりで足を動かし始める。

そんな時だった。


ダァンダァン


「きゃああああああ!」


銃声と悲鳴が聞こえたのは。





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