1-エピローグ


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廊下を歩きながら報告書を見る。

ここのところ公国との休戦協定の関係で休まる時間がない。

今は昼休みで食事をとらなければ午後の執務に差支えが出るところだ。

食堂へ向かう足は速かった。


「マザー、ここにいたのか」


歩いているところに男が話しかけてくる。

イルクだ。


「俺が作ったヤツィマの調査報告書は確認してくれたか?」

「ちょうど今見てるよ。今回は随分雑だね」

「お言葉だけどマザー、時間がなかったんだ。理解してくれないか」


イルクに話しかけられ足の動きを一時停めたがゆっくりとまた歩き出す。

歩きながら私は口を開いた。


「それと上司には敬語を使いな。年上でもあるんだからね」

「了解了解」

「返事はいっぺんだよ」

「…了解」


いつもより雑に作られた資料に目を通しながら歩を進める。

始めのページこそ丁寧に書かれているが後半になるにつれ殴り書きのようになっている。

読めないわけではないが、、、


「アンタ、この汚い資料はなんだい?」

「いや、それは言い訳のしようもなくて、、、無いです」

「なんか理由があるんだね?」

「マザーにはそこら辺を察してもらえると助かるんだけど、、、、ですけど」

「急ぐ理由があるのかい?」


横目にイルクの顔を見る。

横顔で少しわかりづらいが、少し伏し目がちに床を見ながら歩いている。


「珍しいね。アンタが現地の人間に肩入れとは、それとも予想できなかった事態かい?」

「事故だった。とは言わないが俺は失敗した。責任がある」


話しかけてきた時とは違い、少し重い口調だった。


「資料には書いてある通り支援が必要だ、、、、必要です。その判断はマザー、貴女にしかできない、、、ですよね」

「あー、敬語はもういいよ。背中がかゆくなっちまう」


廊下の端、階段に差し掛かりお互い足が止まった。

食堂はこの階段を降りればすぐだが、少しだけ話す必要があると感じた。


もう一度資料に目を通す。

状況を見るに本来ならば村自体を接収するのが妥当だろう。

現地の土地を考えれば国境近くで村を再興するのは困難とも思えた。

もちろん戦争では民間人には余計に手を出さないのは条例で定まっているが、敵国がそれを守るとは約束できない。

帝国もまた同じなのだから。


話が逸れたがどちらにしても支援を要請するには異常と思えた。

それをイルクが作った報告書には必要とあり、当人もそれを推すためにここにいる。


「イルク、アンタがミスしただけだろう。帝国の都合とは関係ない」

「マザー、だが、、、」


イルクの体に一瞬力が入るのを感じたが、すぐに脱力する。

支援を求めることを諦めたのか?


私は階段を2段ほど降りて言葉をつづけた。


「アンタのミスで帝国とは関係ないが、私の部下のミスだ。それは見逃せない」

「え」

「あんたが望んでる通り、ヤツィマには支援を送ろう」

「マザー!」

「それでアンタの責任が晴れるんだろう?すぐとりかかりな」

「ありがとうございます!」

「ああ、ただし追加がある。アンタが求めてる支援の『物資』『食料』『大工』の他に『守備の兵』をつけな。大工だけ行って野盗にやられました。じゃあ話にならないからね」

「了解!あとは俺が手配すればいいんだな!?」

「わかってるじゃないか。それじゃ行きな」

「ああ!」


私が再び階段を降りだすとイルクは駆けだすように執務室へと向かっていった。

もういい年齢だろうに、元気なことだ。

もしくはなりふり構ってられないほどの重責があるのか、、、


イルクは優秀だ。

戦闘面においては充分すぎるほど強い。

執務においてもまんべんなくこなす。

たまに手を抜くがそこが人間臭くて好きなところでもあった。


それがミスをして、私に助力を求めてきた。

それだけで仕事だらけのつまらない一日が少し面白く思えた。


「さあて、次の報告書は、、、?」


階段を下りて食堂に着くころには次の資料に目を通し始めた。




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いつもの酒場、今日はあまり繁盛していないようだ。

5日に一度、決まった時間に決まった席に掛けようとすると、椅子の向かいに普段見ない姿があった。


「あれ?イルクの旦那じゃないですか。久しぶりですね。ウチに戻って来てくれたんですか」

「身なりが汚いぞ、ベッゴ。あと少しやせろ。それにお前の所には戻れない」


イルクの旦那はオレにとって先輩だ。

部署こそ違うが今でも尊敬している。


「身なりが汚いのも太って貫禄があるのも今の仕事先じゃ役に立つんですよ」

「そうか。まあ俺もそれを利用しに来た」

「それよりも一杯どうですか?一応酒場なんでここ、」

「あぁ、わかった一杯貰うよ」


それが合図だった。

隠し事を話すときはいくらかルールがあり、ここではこの『一杯』がカギになっていた。

『一杯』を店員に注文する旦那、しばらくして『一杯』が届いた。

それが届くころにはオレと旦那の席の周りからは人が居なくなっていた。

店員がそうするのだ。


旦那は一口だけ『一杯』に口をつけ、話始めた。


「奴隷商関係で探してほしい奴がいる」

「人探しですかい、旦那。商人ですか奴隷ですか」

「奴隷の方だ。女の子で年のころは16前後、髪は黒髪で短い」

「いつどこで売られたんで」

「どこかはわからない。10日ほど前にヤツィマで盗賊に誘拐されたらしい」

「ヤツィマか、それじゃあ王国方面までいってるかもしれないですね」

「見つけてくれ」

「無事かどうかはわかりませんぜ」

「それは承知している」


無理だとか困難だとかは言わない。

オレの仕事は仕事を依頼されたらそれを成すためにどうするかだった。


「ちょうど部下たちがヤツィマでそっち方面の活動してるんで声をかけておきますよ」

「ありがとう、助かるよ。ベッゴ、」


そういって旦那はもう一度、『一杯』に口をつける。


「旦那、大事なことを聞いてませんでした。その子供の名前は、」


少し間をおいて『一杯』を飲み干す。

静かにグラスを置くと旦那は言った。


「『フィリ』だ」




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作物がたくさん採れるようになるにはまだまだ畑を拡げなきゃ。

そう思い土に鍬を刺し込む。


「休んでいいんだよ、エニーちゃん。朝は狩りにも出てたんだろう?」

「大丈夫だよ、おばちゃん。今が頑張りどころなんだから」


そういいながら再び鍬を振り上げる。


狩りはまだうまくいってない。

春になり生き物が森の中に出るようになってた。

ウサギにリス、大きいものだと鹿やイノシシなどもこの森では狩れる。

今日はウサギが2羽取れただけだった。


遠くでは木を加工する音が聞こえる。

いまだ避難所暮らしは続いているが、家が新しく2軒建った。

それでも足らずにルタンが忙しそうに大工さんたちに指示を出している。


順調だった。

不安があるとすれば、大工さんや兵士さんが居なくなった後の生活だと思う。

この前は野盗も出た。

兵士が居るのを見て引いて行ったのを覚えている。


盗賊、、、


ふとあの時の光景がよみがえった。

私が初めて人を殺すことになった一矢。

矢はまっすぐ喉元に向けて飛んで行った。

いや、飛ばした。

手元が狂ったわけではない。

兄の手助けをするために私が当てたのだ。


矢が刺さった男は目を見開き即座に矢を抜こうと手を矢にかけたが、すぐには抜けずそのまま倒れた。

そして私は空を仰いだ。

そのあとは兄の力強い腕が私を抱きしめたのを覚えているだけだ。


「……おばちゃん。ごめん、やっぱり今日は休むね」

「うん?そうかい。気にせず休みな」


畑を離れる。

特段具合が悪いわけじゃないけど、少し集中できなかった。


畑を離れゆっくりと丘を上がっていく。

雲一つない晴天が暗い気持ちになっていたのを晴れさせてくれる。


しばらくして兄さんの墓が見えるところに立ち木を見つけた。

それに寄りかかりながら周りを見る。

丘の上なので村全体が見渡せる場所だった。


おばちゃんたちが畑を耕している。

ルタンは指示を出し終えたのか大工に混ざり作業を続けている。

放牧場の跡はまだ手つかずだけど畑を拡げるにはいい土地に思えた。

丘を眺めていくとゆっくりと視線が近づき兄さんの墓が目に入る。


「兄さんが望んだのはこの風景だったのかな」


なら守らなきゃいけない。この風景を、

私は強くならなくちゃいけない。

兄が守ろうとしたものを私は創造り、守って見せなきゃ。


あの日からいつも腰に帯びてるそれに手を伸ばした。

それの見た目はすこし汚れているが、本体を取り出すときれいに輝く。


「剣、私にも使えるかな、、、?」


呟きながら剣を空へとかざした。

まだまだやることはいっぱいあった。

それはまだ始まったばかりだと思い、気を引き締め直した。




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