1-17

ɪ


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頭が重い。

まぶたをゆっくりと開く。

床の木目がも久世から奥へと伸びていた。


意識を失っていたのか?

陽の光は高いところから射し込んでいる。


「……昼か」


起き上がる。

血に濡れた剣が床に横たわっており、昨晩の出来事を即座に思いだした。


「あぁそうだな。そうだった」


台所へ行き汲んでおいた水で顔を洗った。

それでもまだ頭には鈍痛がある。


外から足音が聞こえる。

大人数だが軽い足音だ。

砂利をこすりながら歩くような音を軍人は出さない。

一般の人間だろう。


窓から様子をうかがうと、女性、子供合わせて十数人ほどが丘を登っていくのが見える。

ルタンとエニーの姿も見える。

全員で人の大きさほどの木の箱を担いでいる。


「丘の上が村の墓なのか」


『そいつの意思とか考えとか、業を背負うってのはそういうことだ』


木の箱、、、棺を見たとき、ふと前にワズに向けて言ったセリフが蘇った。

彼の決心はそれにあったのかもしれない。


風景を視界から外す。

見たくないわけではなかったが、先にやることがあった。

赤く染まった剣を拭って鞘へ納める。

銃には弾を装填しなおす。

村を出るために装備を整えなおした。

荷物を入れる袋はここに来る前よりだいぶ小さくなっていた。


「何処かで食料も手に入れないとな。都に行くには、、、」


『行く』で思い出した。

昨晩何か声を聴いたな。

ミアだったような気がするが、あの時は眩暈がひどかった。

何が起こったかは定かではない。


念のためクローゼットを確認に行く。

ライフルはそこにはなく、もちろん周りにミアの姿もなかった。


「見間違いか?」


おぼろげな記憶を手繰る。

が、どうしてもその前の激戦と熱い瞳が浮かんでくる。


彼女については何もできない。

どうにかできるなら先に片づけておきたいが彼女の動向は不明であり、これからの動きも全く読めない。

一旦放っておくか。


窓から再び丘の上を見る。

多くの人は移動したのか、ルタンとエニー、それと女性が一人立っている。

荷物をまとめなおし、家の外に出た。


自分が丘の上に着くころには女性の姿も居なくなっていた。

丘の上には木で作られた立て札にワズの名前が掘られ炭が刷り込まれている。

その下は土を掘り埋めなおした跡があり、少々盛り上がっていた。

ルタンは立ち尽くし、エニーはしゃがみこんでうつむいている。


近くに寄りしばらくふたりと地に眠るもうひとりを見ていた。

風が丘をなでるように吹き込む。

それほど勢いは強くないがそれが止むのを待ってから口を開いた。


「ルタン、エニー、許してくれ」


謝った。

よく見るとエニーはワズが持っていた剣を胸に抱えすすり泣いている。

ルタンがこちらを向く。


「イルクさん、、、」

「ルタン、この場で言うのは酷かもしれないが10日。いや7日は待ってくれ。絶対に支援を送ろう」


返事はなかった。

そのまま言葉をつづけた。


「急いで戻る。元気でいてくれ」


長く話すつもりはない。

俺が言葉を加えることで彼の意思を書き換えるようなことはしたくない。


背を向ける。

なるべくはやく迅速に動かなければならない。


バスッ


背中から衝撃があった。

だが痛みはない。

腰に細い腕が回り、か弱い力で絞めてくる。

小さな顔が俺の背中にうずまる。


「なんで、おじさん、優しかったのに、、、なんで、、、!」

「スマナイ、エニー。俺は優しくない。甘かったんだ」


そうだった。

優しくない。

甘かった。

甘さを振りまいたあげく自分にも甘かった。


救えるという打算があった。

俺は俺の最善手を尽くせばワズは納得すると思っていた。

剣の腕をもう一度見せれば降参すると踏んでいた。

違った。

ワズの意思はそれらを一蹴するほどに強かった。

俺はまだまだ弱い。


手を引き離す。なるべく優しい力で、

向き直り彼女の顔を、眼を見る。

その瞳はいくらか淡いがきれいな赤い色していた。


「お前の兄が守ったものを守ろう。絶対に、」

「だけど、、、」

「兄が創造りたかったものを創造ってくれないか」


しばらくして彼女は小さくうなずく。

まだ考えは落ち着かないかもしれないが、いずれ落ち着いたらやれるだろう。

そう思った。


馬に乗る。

盗賊が置いて行ったものだ。

馬で駆ければすぐに都に着くだろう。


丘の上から遠くが見える。

いまだひどい有様の家屋。

畑も作物はなく踏み荒らされている。

放牧場もまともな柵はなく何も囲われてはいない。

廃れているようにしか見えない村。

だがその姿は強く見えた。


それを長く見ないように視線を近くに落とす。


2人と目が合う。


「元気でな」


短く言葉を発し馬を走らせ始めた。

風が再び流れる。

それは優しい追い風に感じた。



ヤツィマの村に食料と資材、大工に加えて守備の兵が入ったのは5日後の話だった。





1章 -終-




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