1-15

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雨が止むのは早かった。

どことなく外にあった丸太に腰掛け空を眺めていた。

月は頂点をすぎ、徐々に傾いていく。

満天の星がきれいだった。


そういえばミアはあれから一度姿を見ただけでそれから見ていない。

先ほどクローゼットを覗いたが『ライフル』はなくなっていた。

秘密がばれたのがよくなかったのか出て行ったのかもしれない。

ただ単に隠し場所をかえただけかもしれないが。


焚火に薪を追加する。

ほんの少しして火が強く燃え上がった。


「それで?俺を殺しに来たのか?」

「あぁ、そうだ」


焚火の奥にワズが立っている。

その右手にはいつもの剣が握られていた。


「夜襲を仕掛けるなら、寝ているときがいいぞ」

「いや、あんたが起きてたほうが都合がいい」


瞳は近くに焚火があるというのに真っ黒に染まっていた。

真正面から勝たなければ意味がないと踏んだか。


「手段は選ばないからな」

「そうか」


言葉を言い終わるか終わらないかくらいで、横に置いてある剣に手を伸ばす。

俺が剣を抜くよりも早くワズが焚火の薪を蹴り上げた。

空中に炎が舞い上がる。

左手で抜刀しながら炎をまとう薪を振り払った。


右下にワズの顔が見えた。

剣先がまっすぐ胸元付近に突き進んでくる。

すんでのところで身をかわしよける。

そのままワズが剣を上段から振るってきた。

受け流すが前のようには剣を落とせない。

ワズがそうしないよう立ち回っていた。


1合、2合と剣を合わせる。

3合目でつばぜり合いになった。


ギギギキキキキルィンッ


力で押しのけるがすぐに体勢を立て直し剣を向けてくる。

しばらく弾いては打ち込み、打ち込んでは弾かれる形になった。


初めて会った夜とは剣筋が違う。

決死の覚悟がこれほど強いとは。


10合ほど剣を合わせたくらいだったか、ワズが一歩引いた時に体勢が崩れた。

何かに足を取られたのだろうが何かはわからない。

その隙を剣の腹を向けて横薙ぎに振るう。

ワズの剣を叩き落とすつもりだった。


一騎討ちは受けたが、もとより俺にワズを殺す気はない。

少し直情的だが優秀な男だ。

ここで降参させて移住の提案を呑んでくれると助かる。


しかし横薙ぎに振るった剣は空を切った。


「わざと体勢が崩れたフリを、、、!」


下からワズの剣が切り上げてくる。


「おらぁっ!」


左の二の腕がやられた、が距離が遠い。

血こそ流れ出るが傷は浅く、問題なく剣を握り直した。


「ちっ!」


舌打ちをするワズ。

埒が明かないと踏んだのか急に背を向けて走り出した。

家の裏へと駆けていく。


待ち受ける作戦か。

それにしては少しおろそかだな。


とはいえ時間を与えればワズに有利に働く可能性があった。

仕掛けてきたのは奴だ、何か策があるかもしれない。

例えば俺が知らないような家の中を抜ける道があり、裏を取られるかもしれない。

もしかしたら仲間が待ち伏せしているかもしれない。

奇襲の方法はいくらでも考えられた。


焚火からたいまつ代わりに火のついた長い薪を拾いあげる。

家の裏、焚火の明かりが届かないところにたいまつを投げた。

ワズの姿が暗闇から浮かび上がる。


シダンッ


右の腿に激痛が走った。


「弓か!」


すぐに右脚に刺さった矢を引き抜き適当な布で止血する。

そのままにすると筋肉が締まって矢が抜けなくなる。


油断した。

エニーが弓は父から教えてもらったと言っていた。

兄にも教えている可能性はあった、気を付けるべきだった。

だが弓はエニーほどの腕ではない。

それとも狙って足を撃ったのだとすれば大したものだ。


「奥の手を使うか」


右耳に右手を当てる。


ワズが土を踏みしめる音が聞こえた。

俺が矢を抜いている間に家を回り込んで後ろを取るつもりか。


今度は右手をポケットに突っ込みあるもののを取り出す。

逆方向の家の角から姿を見せた瞬間、ワズに向けてそれを放った。


ビシッ


弓を握る手にコインが当たる。

ワズも矢を放ったがコインのせいであらぬ方向へと矢は飛んで行った。

そのまま駆け寄り弓を切り捨てるために剣を振り下ろした。


スガン


弓が壊れるとともにワズの左手が裂けた。


「ぐあっ!」


とっさに左手を抑えるワズ。

暗くてよく見えないがしばらく使い物にはならなそうだった。


決着は着いた。

血の付いた剣をワズの喉元へ当てていた。

最初の夜と同じ形だ。


「2度目の降参だな」


殺す気は無かった。

弓を狙って左手を切り裂いたのは誤算だったが、それでもこの程度のケガで済んだのは僥倖だった。

最悪ワズの四肢のいずれかは切り落とすかもしれないと覚悟していた。


「もう少しだったな」


剣はそのままに声をかける。

こちらを睨む少年。


「なんで銃を使わなかった」

「銃は音が出る。色々と不都合だ」

「ルタンとエニーに気づかれるとかか?それならもう遅い」


遅い?

何を言ってるかわからなかったがすぐに理解した。

足音が2人、走って近づいてくる。


「兄さん!」

「ワズ!」


ルタンとエニーだ。

一騎討ちをするふりをして仲間が来るまで時間を稼いでいたのか?

だがそうだとすればお粗末だ。

エニーに遠くから狙撃させれば勝ちの目は大きい。


いや、違う。

よく見れば切り捨てた弓はエニーが使っていたものだ。

もしエニーに援護させるつもりなら使い慣れたものを使わせるはずだ。

何故だ?

事実追いついた彼女は腰にナイフを身に付けているだけで、他には何も持っていなかった。


「なんでこんなことに!?」


ルタンが叫びながら近づいてこようとする。


まさか?


「ルタン!来るな!見てろ!おまえにはやることがある」


その言葉で理解した。


「エニー、立派な兄貴になれなくてごめんな。幸せになれ」


2人に向かって笑顔を見せるワズ。


向き直りこちらを見据える。


真っ赤な瞳が俺の顔を映していた。


「ワズ、お前、、、そうか」


「イルク。あとを頼む」


「だが、、、」


「頼む」


剣を振り上げる。


走ってくるルタンとエニーが視界の端に入る。


「許せ」


ワズが目を閉じる。


サン


剣が突き刺さる。


月の光が剣を明るく照らす。


ゆっくりと彼は地に伏した。





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