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「あいつは?今日は来ないのか?」


歩いて土地の大きさを計測しながら、それを見るルタンに声をかけた。

『あいつ』というのはワズのことだ。


「何か考え事がしたいと言ってどこかに行きました」

「ふむ。あんな奴でも考えることがあるんだな」

「おじさん、それは失礼ですよ。兄さんは今、村の代表のひとりとして色々と考えてるんです」


エニーが指摘してきた。

彼女は気づいたら『イルクさん』から『おじさん』呼びになっていた。

加えて随分柔らかく声をかけてくる。

それにしてもおじさんか、、、、はぁ。

いや、俺は寛大だから許すのだ。ああ、許そう。


しかしそうか、ワズより年長の男性は徴兵され『消えた』ので彼が男衆の中で一番年上なのだな。

もちろん女性を含めれば彼より年上の人もいるだろうが、それでもリーダーシップを取らなきゃいけない時はあるだろう。


「いま、避難所には何人くらいいるんだ?飯は大丈夫なのか?」

「女性や子供を含めると20人くらいいます。食事は隣の村から分けてもらえることになりました。それでも多くはないけど、、、」


ルタンが答える。

リーダーはワズなのかもしれないが、政治的な役割はルタンのほうが得意なのだろう。


「……これからどうするつもりだ?」

「それはわかりません。でも牛とか馬はしばらくできないかも。男が居なくて力が足りないから。でも母さんは何とかなるって言ってくれてます」

「何とか?」

「女性でもできるように畑を今より拡げよう、って言ってくれて。それなら力が無くても活躍できるから僕も賛成なんです」

「そうか」


ルタンの父が以前は村のリーダーだったそうだ。

もちろん徴兵されたうちの一人なのだが、おそらくルタンは父の手伝いをしていたのだろう。

しっかりとした意見を持っている。


「ところで何でお前らは俺についてくるんだ?」

「兄さんに何か変なことしてないか見張って来いって言われたので」

「はぁ、そうかい」


ため息をつきながらエニーの顔を見る。

目にはうっすらと隈があるが昨日のことはどこ吹く風で、元気な表情を見せている。

彼女のことだ、兄が元気な時は元気なのだろう。


「ワズは見張って来いなんて言ってなかったと思うぞ。たしか一緒に居れば安全だからとかなんとか」

「ルタンはわかってない。兄さんのことを一番理解しているのは私なんだから」

「エニーは少し事実を大事にすべきだ!」


軽い言い争いをする2人を背に土や草の具合を見る。

土は乾いており草もそれほど太くは育ってない。

先に畑の土を見ていたがあれは立派だった。

長年かけて育てられた土なのだろう。

それに比べると周りの土は、、、


「難しいな」


思わずつぶやいていた。

2人に聞こえたかどうかはわからない。


全ては戦争が悪い。

戦争が起これば土地は細る。

土地が細れば村が死ぬ。

村が死ねば人は減る。

人が減れば国は弱る。

そして国は弱り切る前にまた戦争を仕掛けるのだ。


事実最近の国力としては公国のほうが安定していた。

領地こそ帝国のほうが圧倒的だったが各地の戦争の被害が大きかった。

そこに銃が流れ込んできたのである。

帝国は銃を利用することで領土拡大できると踏んで戦を始めた。

戦争の始まったころは帝国が圧していた。

今は痛み分けのようだが。


結果、こういった村が被害を受けている。

子供たちがくだらない言い争いができるヤツィマはそれでもマシなほうだろう。


「土地の調査はもういい。お前ら今度は家屋の捜査をさせてもらうぞ」

「え?はい、構いませんが」


無事な家屋の内、寝床として使わせてもらっている家屋は探索が終わっていない。

なにか『消えた部隊』が接収した時に残した文書などの情報があればいくらか消えた理由に近づけそうなものだが、、、


家に戻るとミアが本を読んでいた。

家にあった本でタイトルには見覚えがあった。

冒険譚だが少し大人向けの小説だったかと思う。

濡れ場もいくらかあったはずだ。


「ミアちゃん!その本は、、、その、、、やめたほうがいいかも」

「なんで?」

「え、なんでってそれは」

「面白いよ」

「あー、もうなんででも!」


エニーが本を取りあげていた。

俺は何も言わなかったがそのほうがいい。そのほうがいいのだ。


ミアとエニーが話しを続けている。

聞こえないふりをして2階に上がる。

まだここは手付かずなところが多い。


家具をひたすら開いていく。

全滅間近の将校が公国軍に情報を渡すまいとわかりづらいところへ資料を隠した可能性もある。

そういうものを見つけるべく手あたり次第探した。

半壊した家にあればお手上げだが、、、


しばらく探していると予想していたものとは別のものが見つかった。

クローゼットを開けた時にそれはあった。

この家には似つかわしくない『銃のようなもの』だった。


筒があるところは普通の銃と変わらない。

ストックも木製であり似ているが形はかなり違っていて構え方が一見理解できない。

一番の大きな違いは弾が出る筒とは別に大きな筒がついてることだった。

大きい筒はフタがされており、フタを開くとそこにはガラスがはまっていた。

要所要所に細かい技術はされているのはわかるが、それがどうやってできているかはわからない。

どれもこれも初めて見るものだった。


「これは『消えた部隊』が持っていたのか?それとも、、、」


ふと後ろから視線を感じた。

剣は抜かないものの柄に手をかけながら振り向く。


ミアが立っていた。


「それは私の。触らないで」


言葉が出なかった。

上目気味に見る目がその時は鋭く感じた。


静かだった。

本当は下の方からエニーとルタンが何か話をしている声が聞こえたし、屋根の上には小鳥が居るのだろうか鳴き声も聞こえた。

だが彼女の目を見たとき、それ以外のなにもかもが見えなくなり聞こえなくなった。


「これは嬢ちゃんのものなのか」

「そう、私の。大切なライフル」


聞いたことのない単語が出てきた。

ライフル。

銃のことを指すのか、それとも銃の種類なのか、または個別の名前なのか、見当がつかなかった。


「離れて」

「わかった。離れる。触らない」


離れると彼女はライフルと呼ばれたそれを適当な布でくるんで、クローゼットの戸を閉めた。

それが終わったときに全身から汗が噴き出すのを感じた。


「ごめん」


振り返ったミアは謝った。

鋭い視線はなく困ったように眉尻が下がっている。


「な、なぜ謝る?俺が悪いんだ。他人の物を勝手に触ったのは俺だ」

「そういうことじゃない」


何を考えているか読めなかった。

きっとこれからも理解できないことが起こるのだろうとなんとなく理解した。





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