1-10
ɪ
*************************************
黒い髪は長く腰のあたりまで垂れている。
年齢の頃はエニーと同じかそれよりも幼く見えた。
家の中が暗いからだろうか、それとも彼女の衣服が深い紺色だったからだろうか玄関に立つ彼女の顔はとても白い。
その立ち姿は何か惹かれるような、取り込まれるようなそんな不思議な感じがした。
戸惑った。
何を考えているかわからなかった。
ワズは軽く下唇をかみ、眉間にはしわが寄り、恐ろしげに彼女を見つめていた。
「スマナイ。通してくれるか」
少しの間、反応はなかった。
彼女はゆっくり目つむると何も言わず道を開けた。
「ワズ、行くぞ。警戒する必要はなさそうだ」
「そう、、、なのか」
ワズと2人でエニーを2階まで連れていく。
黒髪の少女もついてきた。
少女を寝かせていたときと同じようにエニーを横にする。
息は少し荒いが倒れ込んだ時よりかは落ち着いてきた。
ワズは妹の手を強く握りしめていた。
外傷はない、快復を待つことにしよう。
「それで嬢ちゃんは迷子か何かなのか?」
後ろで様子を見ていた黒髪の少女に声をかける。
ゆっくりと振り返ると彼女は少しうつむきぎみに床を見ていた。
何か考えているのだろうか?
ワズを見る。
少し居心地が悪そうではあった。
「下に降りようか」
黒髪の少女に声をかける。
反応は薄いがうなずいたようだ。
1階の一番広い部屋、適当な椅子に座る。
彼女にも適当に掛けるように促した。
「えーと、名前は?俺はイルクっていうんだが」
反応は相変わらず薄い。
目はこちらを向いているが、少しうつむいているから上目気味だ。
かといって睨んでいるわけではない。
「参ったな。言葉がわからないか?どこから来たんだ?」
口が一度開く。
すぐ閉じたので何かを言おうとしたのはうかがえる。
しばらく沈黙が続いた。
埒があかない。
水でも取りに行こうかと思ったその時だった。
「名前はミア。何処から来たのかは、、、言えない」
彼女が口を開いた。
想像していたよりも力のある声で言葉を続けた。
「それと、迷子じゃない、、、と思う」
「迷子じゃない、か。嬢ちゃん、この家で寝転がってたんだが記憶はあるか?」
「覚えてる。昨日ここの家について、すぐ寝床に倒れ込んだ。今朝起きて下に降りようとして足を踏み外した、階段で。起きたら外が騒がしかった」
「なるほどな」
「貴方達がベッドまで運んでくれた?」
「あぁそうだ。そうか。俺たちが何者かわからないよな」
「うん」
「上にいる二人はこの村の生き残りだ。廃村になった理由は、、、そのうち話そう。それで俺は国から依頼されて村を助けるために来てて、、、」
簡単に説明しようとして少し疑問に思った。
『村を助ける』?
助けに来たわけじゃない。
仕事に来ただけだ。
「助け、、、外のやつらはそれで殺されたということ?」
「あぁ、まあそういうことになるな。おそらく、」
いよいよ、自分が何を言っているかわからなくなってきた。
あの兄弟に同情しすぎたか。
非情にならなければならない。
仕事なのだから。
彼女が窓越しに外を見ていた。
「そうか、そうだな。あのままじゃ始末が悪いな。スマナイ。元気になったところで悪いが少し待っていてくれるか」
「ん」
肯定なのか否定なのかわからない返事を聞き、外に出た。
ミアがついてこないところを見ると肯定なのだろう。
彼女に関してはまだまだ謎が多い。
とりあえず敵意がなさそうなので後回しだ。
「もしかしたらどこかの国のスパイかもしれないな、、、」
何となく彼女の正体を推理しながら近くの倉庫を覗いていた。
土を掘れるようなものはないだろうか。
「あぁこいつがいい」
倉庫の奥に大き目の鋤を見つける。
村の端へ行き、目につかないところに大きな穴を掘ることにした。
複数の墓を作るのは重労働だな、とも思った
穴を掘る間に状況を整理しておこう。
俺は帝国軍が消えた理由と村の現状調査で来た。
村の復興は困難な状況で、生き残った村人は移民が必要だろう。
なお村人の一部の意見しか聞けてないが、移民には反対されている。
帝国軍と公国軍との戦いがあったようだが両軍は完全に消えており、原因はまだわからない。
そして謎の少女だ。
「はぁ、こいつは臨時で給料もらわなければ割に合わないな」
深くため息をつく。
後ろから声が聞こえた。
「なんでこんな奴らを手寧に葬る必要があるんだ?」
ワズだ。
「森の中にでも捨てておけばいいだろう」
「確かにそうかもしれない。だがなワズ、人を殺すってことは簡単にやっちゃいけないし、簡単に終わらせてもいけないんだ。殺せば殺した分だけ、そいつの業を背負うことになる」
「そうなのか?」
「そうだ。ところで何でここがわかった?妹とミアは?」
「ミア?」
「あの謎の少女の名前だ」
「ミアって言うのか。エニーは呼吸も落ち着いて寝てるよ。そしたらミア?に診てるのを代わるっていうから代わったんだ。大丈夫だよな?」
「俺に聞かないでくれ。わからん。わからんが大丈夫だろう」
ワズも彼女に敵意がないことは感じ取っていたようだった。
不思議な女の子だ。
いくらか間があった。
俺は無言で穴を掘り進めていた。
時折視界に入るワズの姿は、何かを考えこんでいるようで手を口元に当てていた。
「なあ、あんた。えっと、いや。イルクさん、」
「『あんた』でいいぞ」
「じゃあ、イルク」
「おい、呼び捨ては許してな」
「殺した人間の業を背負うって言ってたな。その墓はそれを軽くするためのものか?」
俺の言葉を無視して話をするワズ。
まあ俺は寛大なので許そう。
「そうだな。一般的にはそうだろうな」
「一般的には?」
「俺はそうは思ってない。葬ることでなるべくきれいな形でケリをつけたいんだ。それでそいつの意思とか考えとか、業を背負うってのはそういうことだ」
「業、、、」
「いやだろ?殺した奴が寝るときに耳元で呪いの言葉とかささやいてきたら」
それは俺独自の考えだった。
もちろん幽霊を信じているわけではない。
決して怖いわけではない。決して、
「イルク、、、」
「なんだ?」
「あんた馬鹿みたいに強いのにビビリなんだな」
「な、違うぞ!」
「俺もそれ。やるよ」
そういいながらワズも近くにあった鋤を手に穴を掘り始めた。
顔はいくらか緩くなったように見える。
どことなくその表情に俺も少し気が和らいだ。
そこからはお互い無言で作業した。
穴を掘る。
いくらか掘った後は盗賊たちの亡骸を運んできた。
亡骸を穴の中に放り込む。
土をかけ埋めなおす。
埋め終わった後でワズが墓を見ながら静かに言った。
「俺は、、、人を殺したのは初めてじゃないが、それでも今日はいつもと違う一日だった」
何も言わずにワズの言葉を聞く。
「俺はこれから、背負い続けるんだろうか、、、」
空を見る。
日は傾き始めていた。
世界にとってはなんでもない一日が終わろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます