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「『フィリ』っていうのは誰だ?」


倒れていた少女をベッドに寝かせ様子を見ていたワズに話しかけた。


「悪い。少し混乱していた。『フィリ』は、ルタンの妹で。この前の帝国と公国の戦いに巻き込まれて死んだはずなんだ。生きてるはずがないのに何で名前が出てきたのか」


本人はいくらか落ち着いたつもりでいるようだが、まだ完全に冷静ではないようだ。

逆に話がしやすいかもしれない。


「それが帝国の軍を恨む理由か?」

「それだけじゃない。あんたが調査しにきた『全滅した部隊』てのは最悪だった。兵が足りないと言って、徴兵していった。俺の親父はそれで『全滅』に巻き込まれたんだ」

「だが、親父さんは腕が立ったのだろう」


ワズの剣の腕を見ればそう思わざるを得なかった。

どの村にも自衛の手段として傭兵や兵士、もしくは村の腕利きがいる。

おそらくそれがこの村ではワズの父親とワズだったのだろう。


「腕はわからない。でも俺は親父に勝てたことはなかった。村を守るために帝国軍に参加した。ルタンの親父もだ。でも親父たちはそれで死んだ」

「そうか」

「いや、本当は死んだ姿は見てない。村が軍に接収されて、俺より年長の男たちは徴兵された。そして俺たちはしばらく近くの洞窟に避難することになった。何もなければ親父たちが夜には顔を出していた」

「だがある日、来なくなった」

「そうだ。あの日は強い雨があってそれのせいかと思ったが次の日も来なかった。それで村まで様子を見に行ったんだ。そしたらもうすでに村はこんな状況だった」


ルタンが『わからない』と言っていたのはそういうことか。

続きを聞きたかったがワズが少し閉口する。

経緯を思い出し、心が弱っているのだろう。


そんな時だった。

誰かが階段を上がってくる音がきこえた。


「兄さん、もういいよ。続きは私が話す」

「エニー」


上がってきたのはエニーだった。


「お嬢さん、よくここがわかったな」

「兄さんが朝起きたら居なかったから。あと玄関の戸が開いてたから」

「そいつはうっかりしてたな」


戸はわざと開けていた。

人が居ることを他所の人間が見てもわかることを示したかったからだ。


「えっと、どこまで兄さんは話しました?公国の兵士のことは?」

「いや、聞いてないな」


昨晩から何となくわかっていたが、この少女は兄の心に同調する節がある。

昨日ワズをとらえているときはワズの苛立ちを表し、今は弱っているから兄の代わりをしているようだ。

まだ子供だというのに立派なことだ。


「そうか。帝国の部隊が『全滅』した後、公国の兵士はこの村を占拠しなかったのか?」

「いえ、私たちが村に来た時には、公国の兵士も居なかったんです。誰ひとり、」

「公国の兵士は帝国の部隊を『全滅』させた後、撤退したのか?それはおかしいな」

「でもそれが本当のこと。私たちは結局父さんたちが『死んだのだろう』ということしかわからないの」


ヤツィマは現在帝国領に属している。

そして帝国と隣国の公国とはまさに戦争中であった。

だからこそ国境線に近いヤツィマにも部隊が派遣されていた。

仮に公国軍が帝国の兵を全滅させたのであれば前線を押し上げるため、ヤツィマに駐留、占拠するはずだ。

それが無いということは奇妙だった。


ちなみにヤツィマでの戦いの後で一時休戦の協定がなされている。

だからこそ俺が最前線であるヤツィマに調査しに来ているわけではあるが。


「公国軍も『全滅』したのか、、、?」

「そこまではわからない。ごめんなさい」

「いや、お嬢さんが謝るようなことじゃない。フィリはそれに巻き込まれたのか?」

「フィリは俺が最後に見たんだ」


うつむいていたワズが口を開いた。


「俺は親父たちが来なくなった日の昼間に村の方に行くフィリの後姿を見た。その時に俺が声をかけていれば、それか俺も一緒に行っていれば、おかしかったんだあんなに強く雨が降っていたのに村に行くなんて、、、」


話し終えるとまた少しうつむいた。

なるほど、こいつがフィリに対して責任を感じている理由はそれか。

ここでのワズへの慰めは非情だろう。


「そういうことか。経緯はわかったよ。ありがとう。ところでお嬢さんもこの少女には見覚えないか?」

「いえ、見たことありません」


いくらか謎は解決したが、また新たな謎が出てくる。

一旦全滅した原因は置いておいて村の現状をまとめておくか。


「兄さん、少し外の空気を吸いに行こう」

「あぁ」


俺が考えこむのを感じたのか、エニーがワズを連れて外へ出ていった。

どことなくその姿を追う。

直情的で力強くも打たれ弱い兄とその兄の気持ちに寄り添う妹か。

帝国の都から遠い地にこれほど立派な兄妹がいるとはな。

それだけに結果的に友の妹を最後に見送ったワズの心情は誰も解せないだろう。


「まだ生きているかもしれないが。それもわからないな」


独り言を言いながら寝ている少女を見る。

起きそうな気配はない。

この少女に関しては起きてからで構わない。

むしろ今は情報の得ようがない。


それからはしばらく外の風景を眺めていた。

村全体は改めてみても惨憺たる有様だ。


遠くには丘が見えた。

柵が張ってあるが、おそらく放牧のための柵だろう。

そういえば事前の資料ではこの村の主な収入は畜産だったか。

それも戦争のせいか柵は壊れそれらしい動物もいない。


いや、よく見ると馬が何頭か駆けているのが見えた。

それを追いかける影も見える。

馬同士で遊んでいるのだろうか。

しばらく駆け回っていたが、後ろを追いかける馬たちはふとヤツィマの村へ目標を変えたようにこちらへ駆けてくる。

少し目を凝らした。


「違う!あれは馬を追う盗賊団か!」


壁に立てかけていた武器を拾い上げる。

馬を捕えようとしていた時に半壊した村が見えたから目標を変えたのか。

とにかく急いで階段を下り外に出た。

その時にはすでに7人の野盗に取り囲まれていた。


「団長!ワーブワーブ団長!生きてる人間が居ましたぜ」

「ちっ、廃村かと思ったら人が居るのかよ。構わねえ殺せ。そのあとに中のモンを奪おう」


剣を抜く。

穏やかな気持ちだったが、それが荒らされて苛立っているのが自分でもわかった。

こういう時はしくじることがある、見知らぬ少女もこの家には居る。

落ち着こう。


「団長ッ!こっちにガキだが女がいる。元気そうなガキもいらあ!」

「よっしゃ!そっちは捕まえろ!傷つけるなよ!この前の女と一緒だ。高く売り飛ばせるようにな!」


家屋の裏から聞こえる男と団長とやらの声に自分の毛が逆立つのを感じた。

左手の剣を一番近い男の首元へ突き刺し振り払う、右手の武器は2番目に近い男に向けて放った。


ダゥンッ


右手の武器が火を吹く。

ほどなくして2番目に近い男は血を吐きながら倒れた。


「こいつ銃をもってやがる!」

「おい!お前ら!誰ひとり許さんからな」


心が熱くなるのを感じた。





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