我は婚活バーサーカー

@ichiuuu

第1話

【我は婚活バーサーカー】

               宮一宇

  ――この国にいにしえより伝わる古歌にこんなものがある。 


星輝かしきを掴みし時、

我が衣は血にしとどに濡れ、

我が身はいたく傷ついているであろう。

 それでも戦え、友のため国のため

誉のため

  そして自らのために。

エリカはこの歌を口ずさみながら、その身にまとわる血をひたすらにぬぐっていた。鎧を外すと血があちこちに入り込んでいて、豊満なこの身をしとどに濡らす。ようやっと城を奪い返した。闘いの小休止、あたりは闇と不気味な静けさに沈んでいる。これで少しは休むことが出来よう。しかし油断は出来ぬ。もとより負け戦の匂いがあるこの戦だ。長い闘いにもなろう。それでも、我はひくことは出来ぬ。

「エリカ様、御怪我をされたのですか」

 ノックし許されて部屋に入った、侍従のエドガーが言うが、エリカは静かに首を振るだけ。

「気にいたすな。これは返り血だ」

 自分と同じく夢を追いし者たちの返り血だ。

 そう告げると、侍従のエドガーは神妙な面持ちをして、乾いた布をさしだした。それから血のように深いワインも。

「これは地下の蔵に眠ってございました。ご一緒しても?」

 はは、敵も気遣いのあることだ、と女騎士エリカは笑った。腰まであるうねった金髪をゆらして、碧き大きな瞳をすがめて。飴色のテーブルについた椅子を指さし、座れと命ずる。

「もちろんよいだろう。私もちょうど飲みたかったのだ」

 黒髪に金の瞳をかがよわせた、長身のエドガーが頷く。

二人でひたすらに酒をあおる。

「エリカ様、先ほど謳われていたのはわが国に伝わる古歌でございましょうか」

「ああ。私はあの歌が好きでね。あの歌を謡うと、まだ漠然として判じかねる自分が生きる意味が、少しだけ分かる気がするのだ」

 エリカは酒の入った杯を果実のように色づいた唇にかたむけた。

「物心ついた時から、この国のために栄誉のために戦えと命じられたのだ。一国の主として自分の肉体と知性を鍛え上げ戦った。その私は、ときおり何のために戦うのかがわからなくなる。自分は騎士として闘うために生まれてきた。女として生きることは意味がわからぬと、教え込まれたのだが、ときおり急激に虚しさに襲われる。まあ、私も女ということなのかな」

これにエドガーがふふ、と微笑を浮かべた。

「軍神マルスの再来と謳われた方が、女、ねえ」

「笑うな、エドガー。私とて思うのだ。戦場にて男や女の首をはねて回るのもよい。だが、私の一生はそれでよいのだろうか? 赤子をあやして男の帰りと無事を祈るのもあるいは、おなごの貴い生き方ではあるまいか」

「私が」

 そこでエドガーがふいに杯を置き、美しき女主人の頬に手を伸ばした。

「あなたにその貴い意味を教えてさしあげてもよいのですがね」

「……悪い冗談だ」

「冗談は言えるたちではございませんが」

「エリカ様! エドガー様!!」

 急激にいい雰囲気になる二人の部屋に、急いて部下のひとりが走り込んできた。

「どうした。何かあったのか」

尋ねるエリカに、部下が顔面を蒼白にして叫んだ。

「夜襲でございます! ビールズ軍が、我がコヘントが手に入れたこの城に夜襲をかけてまいりました!!」

 なにっと、エリカもエドガーも立ち上がる。「早く陣頭にお立ち下さいますように」

 部下の慌ただしく去っていく背を送り、エリカが脱いだ鎧を手にする。

「やはり、私にはこの道しかないようだな。コヘントの誉を守らねばならぬ」

 闘って闘って、私は死ぬのだな。

エリカの寂しげで、なおも凛然とした横顔に、エドガーが思わず目をふせる。

「あなたにその言葉を言わせるようになるとは。ひとりの男として無念に思いますよ」

「男としてとは聞き捨てならんことを言う」

 エリカのあざ笑うような調子にもエドガーはめげない。むしろ主人のその傷ついた白い指をとって、唇を落とす。

「お約束しましょう。あなたを先に死なせることは致しません。あなたが死ぬ時は、私はこの世にありません」

 ◆

 「ええ!! 我がキャラながらエドガーめっちゃいいキャラじゃない!! 死なせるの惜しいわ。どうしよう!! 」

――その頃、極限の世界から遠く離れたエリカは悶絶していた。どうしよう。われながらエドガーという尊いキャラクターを生み出したことは尊敬に値する。女主人への報われぬ恋心を抱きながら、それでも主人の気持ちを察してひたすらに命がけで守ろうとするこの男の尊さときたら!! えええ、前世でどんな功徳を積んだらこのキャラクターが生み出せるのよ。

そうまで悶絶し自賛していたエリカも、ふいに我に返る。

……いや待てよ。いつものあれだ。小説を一読した時はどんな作品にも比すべくもない精巧な完璧なファンタジー作品だと思っていたが、しかし。熱が冷めてくるとあらが見えてくるあれだ。待て待て。まず、コヘント軍って変じゃね? コヘントって何だろ。何だかものすごく言いにくい。早口で言ったら舌が負傷しそう。

 あと、何行目か忘れたけれど。急激にいい雰囲気になる二人の部屋って、言い回し微妙じゃない? エアコンで温度が上がったり下がったりしそうな表現そのものじゃない。

ああ、ダメだ。携帯で投稿サイトにアップした我が作品を見直していたが、違和感がめっちゃある。ダメじゃん。

「ああああ、どうしよう。ここから出たくない。これをアップした罪でいなくなりたい。このまま便器の中に吸いこまれて見えなくなりたい」

「ちょっと。意味わからないこと言ってないで。エリカ、出てきて」

そこで、エリカはまた我に返った。そう、ここは田舎都市の片隅、高くもなく安くもない居酒屋のトイレの中。そこでエリカは、自身のアップした作品を夜に読み直すという愚行を行ってしまったのだ。それを見抜いたのはエリカの幼馴染のさあやである。さあやは鬼の形相でトイレの戸をやや強引にこじ開けると、エリカの腕をとり、ずんずん歩き始めた。土曜の夜八時は居酒屋が繁盛する。ビル二階にある和風居酒屋【忍べども家】、大通りに面したここのガラス窓からは道行く人が見おろせる。

「またあんたは合コンが始まるって時に腹痛を起こして! もう! 早く自己紹介しなさいよ」

 薄暗い店内には老若男女がうぞうぞ集まりそれぞれに楽しんでいる。その中を行きさり、奥の個室に入ると、そこには戦場が待っていた。

「はーい、お待たせしてごめんねえ。この子がお待ちかねのエリカちゃんでーす」

 さあやがワンカールの栗色の髪の毛をゆらして、エリカの手を掴んでぐんと引っ張りお辞儀させた。ひるがえるはエリカの長い黒髪。そしてそこそこに整った顔が髪の隙から見えると、男たちはわあと喜ぶそぶりをみせた。ここまで来ると、人見知り傾向のあるエリカも腹をくくり、

「はーい、桜森エリカ二十八歳、県庁臨時職員でーす!! よろしくお願いしまーす」

 と、年に似合わぬ嬌声みたいなものをあげた。そしてこの時初めて、合コン相手の男性たちの様子を認識した。しみじみとした気持ちになった。

 そう、桜森エリカは二十九に足を踏み出しかけている二十八歳、女性。黒髪黒目。可愛いと思う人は可愛いと思う顔。肌は綺麗だし、鼻梁も高いが、眼が眠たげなだけでさして大きくない。

普段は県庁で臨時職員として働きながら、夜はしこしこ小説を書いている。あとは記すまでもなくふつうの女性。ただ、早く結婚したいという思いが強いのと、小説を書いて昔はそこそこ成績を残していたのが、特筆すべき点か。

「ひゅーひゅーエリカちゃん可愛い~!! おじさんくらくらしちゃう~!!」

 エリカはいま親友のさあやに誘ってもらった合コンに出席中、なのだが。うん、どうもこれは。髪の毛のあやしいおじさん方に囲まれエリカは顔をひきつらせながら、頷く。

「あの、えっと」

「うわー、言葉に詰まっている様子も可愛いね! お肌もぴちぴちして二十代前半みたい!」

別な、ふっくらを通り越しておにぎりみたいになった四十代も笑う。いや、あんたはデリカシーって言葉をさあ。

「あの、みなさんはご趣味とか」

「僕? 僕は前はお馬さんが好きだったんだよ。あー乗るのじゃなくてロマンを賭けて闘うのがね。さあやちゃんたちには乗りたいけど。あ、違う違う。間違えちゃった。店員のおねーさん? 生追加でひとつ」

「俺も俺も」

ぶん殴るぞエロおやじ。そう思ったエリカも、さあやが軽くおじさん方をいなしているのを見て、かろうじて冷静さを保った。とたんにさあやと目が合う。

(さあや、もう帰りたい……というか、フェイスブックで知り合ったにしろもっと違う奴らもいるはずじゃない? いやひらいてもらっておいて何だけども)

(すまぬ、すまぬ……でもこの地方では一流企業の総合職なんだって~もうちょっと頑張ろうよ。後輩とか紹介してくれるかも)

(こいつらは絶対そんな器でかくない)

眼と眼で会話するも、すぐに話し合いは決裂。あとは

「おじさん五十まで女の人と無関係できちゃった男子だからさ。キッスとかそういったことしてみたいんだよね~」

というおじさんのねっとりした声が聞こえたのを、笑っていなす他なかった。エリカは窓から見上げた空の星を見つめた。母さん、今日の合コンもやはり不毛です……。

「いやー五十歳男子には驚いたわー」

 散々だった合コンの帰り道。街灯のまばらなひろい夜道を、さあやとエリカは歩いていた。さあやが淡々と話す。

「でも、ああ見えて年収はあるし、それなりに安定しているんだよ。顔だって頭髪はあやしいけど悪くはないでしょ」

「それでも無理なもんは無理だよ。本当にさあやにはお手数かけて申し訳ないんだけど」

「でも、なかなかうまくいかないねえ」

 そう、かもしれない、とはエリカも思う。田舎は初婚年齢が早い。二十八、九にもなると、あちこちのおばさま方からも「結婚しないの」と尋ねられることが多い。ただでさえすくなかったのに、震災後、若い人の人口が格段に減ってしまったこの鄙で。確かに前向きに婚活はしていかねばならない。

「でも、いきなり現実を突きつけられると落ち込むさ。私はまだ戦士のつもりなんだもん。そりゃ非正規実家住みで、バリバリの企業戦士とはいかないけど……夢があるんだもの」

「小説家になる夢ですか」

「そうだよ」

「最近は選考に残っているの」

 さあやの問いかけに、エリカははきとは答えかねた。一時期は何を書いても選考に残って、大手出版社の編集さんからも眼をかけてもらっていた。ような気がしただけで、一時期の幸運期が過ぎればふたたび選考に残ることはなくなった。鳴らぬ電話を待つことにも疲れた。

十二の時に亡くなった母のことを、星を見ると思い出す。簡単な物語を作ったエリカを、母はいつも褒めてくれた。そしてふっくらした頬をして言うのだ。

【この子はきっと将来、すごい作家になるでしょうね】と。あれから十六年、母さん、あなたの娘を信じなさい。ではなくあなたの娘は最近、小説が書けないのです。あんなに大好きだったのに。大卒実家暮らし非正規職員、実質フリーターの自分の現実が、たまらなく不安なんです。私は何を間違えたのでしょうか。就活に失敗して心が折れたことでしょうか。父からも【早く結婚してこの家を出ていけ】と毎日どやされています。いろんな不安が混ざって、私の筆を力づくでとめてしまうのです。それで安易に婚活に逃げているのです。いや、母さんあなたみたいに早くなりたいというのは、言い訳じゃありませんけども。

 ふいに、さあやが口をひらく。

「あの先輩とはどうなったのよお」

「宗也先輩、ですか」

 エリカは大きくため息をついた。宗也先輩は今は別の課に異動になった、最強スペック集まれと号令をかけて集まったような男性だった。浅黒い肌よし顔よしがたいよし。声までよくて正職員で次男。甘いルックスと仕事ぶりと時折の何気ない配慮で、みなから慕われていた。エリカだってすぐに慕った。好きになった。こんな人と結婚出来たらいいなあと思っていた。時折、彼がバイトの子を集めて指令をだす時、自分のことだけ名前呼びなのをうほほと勘違いし、嬉しく思ったのを覚えている。 

彼に好かれるためならと、変人の自分でなくふつうの女の子に自分を装った。小説を書いていたいだけの夢追いびとでは、家庭を持ちたい人に愛されまい。

流行りのラブソングを聞いては涙する、ふつうの可愛い女の子にならんとした。現実にのめりこむたびに、小説からも自然、離れた。

 その彼が結婚した。あとには小説家志望の抜け殻だけが残された。

「私の人生、何のためにあるんだろう」

 家近くになって、さあやにエリカはぽつり呟いた。さあやは、にっこりしてこれからわかるよ、と言った。

夜襲によって引き起こされた小競り合いは、熾烈な血で血を洗う闘いになった。

「まだか……」

 白い髪に鬚を伸ばした、長老がローブをはためかせながら杖を振り廻し、魔法陣を描いては敵を排除していく。

「我らが主、エリカはまだなのか! 」

「それがいないのです」

 弓を射かけ、鉄剣を振り乱して迫ってくる敵陣。それへと火の魔法をかざして応戦するのはまだ幼いリュウヘルである。おさげに整えられた黒色の髪が、揺らぎながら炎を描いては敵をなぎはらう。ほかにも千を超す敵軍と自軍が入り乱れ、戦は混迷を極めた。

「まさか、逃げた訳ではあるまいな」

 女騎士カルムーンが思わず叫ぶ。その時。

「待たせたな!!」

 敵が一路目指してきた自軍の城より、エリカが旗をかかげながら現れた。その旗はすでに敵の血肉に染まっていたが、それでもエリカは旗をそよがせながら、少しもひるまない。恐れることなく騎士を引き連れて敵陣の中心に突っ込んでいった。そして敵を切っては鍋に入れ切っては鍋に入れ、見事せん滅した。

「あのねえエリカさん、ねぎは小口切りでね」

「あ、はい。小口切りで」

 またそこで、エリカは我に返った。ここは駅前のお料理教室。自分は今そこで、窓に近い席で味噌汁の具材を切っている。かたわらの白髪のおばあさま先生が困惑している。

「うーん? エリカさん? あなた、小口切りの意味わかってらっしゃる? どう見てもねぎを大胆に切っているだけみたいなんだけど」

 二十名ちかいお料理教室の面々の前で言われ、エリカは塩をかけられたなめくじみたいに小さくなった。

「いや、本当にすいません。敵をせん滅する気でいたものですから」

「そんなたけだけしい女騎士気取りは結婚できませんよ」

 わあ、と、教室が笑いに包まれる。うん、私という犠牲のもとの和やかな雰囲気。いいね、とエリカは思った。ちなみに一番爆笑していたのはさあやだった。

「あー、笑ったわー」

 夜の星々がひしめきあう空のした。エリカとさあやは公園のベンチに座っていた。コンビニでソーダアイスを買ったのでそれをなめながら。

「笑いすぎだよさあや。しかし、私の何を見抜いたんだろうあの先生」

「いや、でも笑うわ。あれはどっかんどっかんだわ」

そう言いながら、さあやは急に星を見上げ呟いた。

「でも私、そんなエリカが嫌いじゃないよ。昔から」

「はい?」

「昔から、夢の国の住人みたいなことばっかり言っていたあんたが、私は嫌いじゃなかったんですよね」

「女から口説かれても嬉しくなーい」

「あはは、こいつ」

 さあやが柔らかに微笑む。可愛い。さあやは、私とは違う、とエリカは思っていた。優しいし明るいし、正規社員だし。お料理もお勉強も気遣いも出来る、完璧超人。

「……さあやさん、明日おひま。よかったらまた話さない?」

 そうエリカが言うと、さあやがごめんね、と首を振って、穏やかに微笑した。

「明日、実はおデートなのです」

「うそっ誰とだれとっ」

「前の前の合コンで知り合った人。ちょっと様子だけ探りますわ」

「お、おう」

 じゃーまたねーと、二人は歩きだして、家の前で手を振りあった。エリカは気が重かった。家に帰れば父からのお小言が待っている。それだけじゃなくて。さあやが羨ましいな、と友の幸福を願えない自分と向き合う時間があることが、たまらなくいやだったのだ。

 その頃、女騎士エリカは戦のさなか、友や自軍からはぐれ、ひとりで森の中を歩いていた。腰にさげた剣に覚えがあるのは猛獣たちとて知れるらしく、暗い森にも襲いかかってくるものはなかった。 

「はあ、みな、どこだ。誰か、いないのか」

「ここにいます」

 突然聞こえてきた声に、女騎士エリカは驚いて森を見回した。

「誰だ。この塩を存分にふりかけられたなめくじのような声の主は」

「私です……」

 森のひらけたあたりにある大木の影より、それは姿をあらわした。

「私です……エリカさん。作者の私です」

しおしおと青いワンピース姿であらわれたは現実世界のエリカ。ふたりはようやっとこの世界で巡り合ったのだった。

 美しい湖畔で、二人は火を燃やして魚を焼き、微塵も遠慮なくほうばっていた。現実世界のエリカがひとりでぽつぽつと語っている。

「私は自分が嫌いなの。いくら就活の失敗といろんな疲れで心身やつれ切ったとはいえ、正規にもなれず、結婚も出来ず、夢も叶えられなくて」

これに騎士は呆れたように言い放った。

「そんな、ふぬけたつらをしながら言いおって。正規にもなれず結婚出来ぬとも申すなら、せめて夢だけは貫いたらどうだ。最近はちっとも小説を夢想するだけで筆をとってはおらぬではないか」

 現実世界エリカが自嘲するような調子で言う。

「無理だよ。私の書いた作品なんて最近は選考も通過しないし、きっとつまらないんだもの。ほんとごめんね、エリカ。別な作者さんところに生まれたらよかったね」

「あのな」

 騎士のエリカが魚の刺さっていた木の棒を砂にさして、しおれたエリカに詰め寄った。

「お前が前に書いたラブコメ作品があるだろう」

「あの、あまたのイケメンに求愛されながら最後は自分の道を貫く話?」

「それだ。それが今、集字社の選考で三次に残っている」

 えっと、しなびていたエリカは驚いて眼をみひらいた。女騎士エリカの眼は強く作者を睨み、なおも語る。

「お前はもうどうせダメだろうと選考の発表を見ることさえ怠っていたが、お前の生み出した作品たちはけなげに頑張っていた訳だ。次は最終選考だ。今が一番大切な時期なんだ。なのに、お前はその未来より、安定とやらが好きなのか? なぜそんなに自分のことが信じられない! 」

 厳しい女騎士の物言いに、作者エリカは少し苦悶の表情を浮かべたが、すぐに否定の言葉が口をついた。

「でも、どうせ最終でダメだよ……もう私なんて、私なんて希望も先もないんだ……」

 これに、女騎士は舌打ちをして、立ち上がった。明けの明星があがる空を背に。

「もう、お前なんて知らん! 好きに生きて勝手に死ねばいい」

そうして女騎士はすたすたとどこかに消えていってしまった。 作者エリカは湖畔に取り残されて、うなだれた。ついに、自作品キャラクターにまで見捨てられるのか――。

 次の日も合コンだった。夜景の綺麗な駅前のレストランで。さあやが力を入れて主催した合コンだけあって、男たちはエリートで顔もよかった。五対五で集まった男女ともに酒も入ってわいわいしていた。ひとり、エリカをのぞいて。あの後、エリカは集字社のホームページをのぞいてみた。確かに自分の作品が三次まで残っていた。

【なぜそんなに自分のことが信じられない!】

 女騎士の言葉もこころに残っていた。私だって、信じたくない訳じゃない。信じていたいよ。だけど、たくさんの非情な現実が押し寄せて、無理になってしまったんだ。宗也先輩は私を抱いたけど彼女にはしてくれなかった。家庭では父にいつもつまらん夢ばかり追ってとどやされる。同窓会にだって顔だけ出せばみんなに、将来どうするの、なんて言われて。私だって、私だって。

(ほらほら、エリカしっかりしなよー)

 小声でさあやが言いながら、打ち沈むエリカの手を黒子みたいに後ろから動かして、明るく挨拶させる。

「桜森エリカ、趣味はお料理でーす! この子のこともよろしくお願いしまーす」

 そう、さあやが言った、その時。

 「あのさ、さあやさんって、非正規?」

 ひとりの男の声が走った。エリート軍団の中のひとり。黒髪を撫でつけた、にやけたいやらしい顔つきの若い男。さあやが思わず言う。

「違いますけど……」

「だよねえ。この時代大卒非正規って終わってるし! え? エリカさんは?」

 男はなぜか白いソファで足を組み、かっこよくふるまわんとしていた。

「あれ? もしかしてエリカさんって非正規? だったらごめーん。でも俺が言うことも絶対百理あるって。こんな婚活して無理にエリートと結婚を夢見るんじゃなくて、早く就活すべきなんじゃないの。先輩からのじょげ~ん」

 男が酒をかたむけながらなおも笑っている。あははーと、他の男たちも困り顔ながら乾いた笑い声を出す。

凍り付く雰囲気の合コンで、エリカはなおも力なく笑っている。殴りたいのに、力が出ない。深い沼に引き込まれていくみたい。そうだね、あんたが正しいね。私が間違っていたんだ。なにもかも。私が。

「うわあああ」

 突然に男の悲鳴があがった。エリカもさすがにぼうっとする現実に覚めてくる。見ればさあやが思いっきり男の頭に酒をふりかけていた。じょぼじょぼと、そりゃあ勢いよく。

「あーごめん、手がすべっちゃってね」

そういうさあやの眼は座っている。

「あ、ごめん、私の手がよごれちゃった。洗いたいし、ちょっと今日は帰るわ。じゃ」

 さあやはエリカの手をひいて、またあの公園のベンチに座った。エリカは困ったように言う。

「あの、さあやよかったの……? ごめんね、私のせいで」

「あのさ、うち、小さい頃から両親が仲が悪くてさ」 

 さあやの突然の告白に、エリカが言葉をなくす。

「小さい時からふたりで罵詈雑言言い合っていて。私は夫婦喧嘩のひどい時は、押し入れにこもって耳をふさいで泣いていたの。ほんと、世界中が灰色だった」

 だけど、とさあやは語る。

「そんな小学校時代、友達になったあんたが書いた物語を読んだの。すごくよかった。お姫様と王子様、夢のように綺麗なお城。素敵なドレス。私もいつかこの生活から出ていける。そして幸せになれる。今はどんなに不幸でも、大丈夫だって、エリカの物語は教えてくれたの」

 さあやの眼がエリカを射た。

「だから、負けないでよ。諦めないでよ。確かに現実は非情な時もある。でも私は、確かにあんたの作品に力をもらったんだから」

 そこで、エリカは女騎士エリカの作品冒頭を思い出した。あの作品の冒頭は古歌から始まる。


【星輝かしきを掴みし時、

我が衣は血にしとどに濡れ、

我が身はいたく傷ついているであろう。

 それでも戦え、友のため国のため    誉のため

 

 そして自らのために】

「さあや、ありがとう」 

エリカは星を見た。輝かしい星たち。あれはもう手に入らないかもしれない。でも私は大丈夫。確かにもう、大切な星は手の中にあるのだから。

【このたびは集字社小説大賞にご応募して頂きありがとうございました。今回は四百五十二作品の中から、三作品が最終選考に残りました。選考の結果、今回は大賞、佳作ともになしという結果になりました。どの作品も質は高いのですが小粒で、際立った個性や展開が見られなかったことが選考結果の大きな理由です。ですが、最終に残った中でも、きらめく何かが垣間見える作者もいました。文章、展開、構成ともにまだ粗さはあるのですが、話の中に情熱と希望があり、読む人に力を与えられる作家だと思いました。皆さまのまたのご応募を、心よりお待ちしています】

 戦場は今日も血の匂いに満ちている。あふれる敵軍の騎士の中を、エリカは今日も駆けている。隣を離れないで、エドガーが問う。「エリカ様、ご結婚されるとはまことで?」

「お前、今忙しいのだ。後にしろ」

「しかし、長老が思わせぶりに言うのですよ。以前、あなた様もそうしたいとおっしゃっていましたでしょう」

「気にいたすな。長老は人をたばかるのがうまい」

 エリカは敵の首をはねてから、エドガーへ微笑してみせた。

「結婚はまだ先だ。なにせ私は私らしく生きるので精いっぱいだからな」

 それがかなった後なら、考えてやってもいいぞ、エドガー。

 エドガーがたまらないと言った風に破顔した。

「いつまでもついていきますよ、私のエリカ」

「さあ、いくぞ!!」

 エリカは敵陣の中を風のように駆けながら、思った。

【母さん、私は今日も私らしく、戦場をかけています】              了

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