走月爽音の写真
カーテンがばさばさと揺れた。
「やほ、眞嶋。」
窓際のカーテン近く、榎元の隣の席の机に彼女、走月は茶髪の巻いた長髪を指で弄りながら腰掛けていた。
「相変わらずで安心したよ。走月。」
「軽いって言いたいんでしょ。もー、いつもと違うところだからってえらそー!」
みんなしてなんで僕が一来先生の場所にいること突っ込むんだか。僕だって教壇に立ちたい時はある。
「今日は教壇に立ちたい気分なんだよ。」
「なにそれ、んじゃあたし、眞嶋せんせーって呼ぼっかな。」
なんちゃって、悪戯っ子のように笑う走月は顔が広く明るい人間で、髪は染めているしスカートは短いしで要するに陽キャって奴だった。でも素行が悪いわけでは決してなく寧ろ彼女はリーダーシップを持ってクラスを団結させていたし、友達に何かあれば熱くなる良い奴だった。運動神経はいいが成績はイマイチで容姿も色々と正反対な榎元とは写真部を通して意気投合し親友になったらしく、世の中何があるかは分からないなとその経緯を聞いた時は率直に思った。
そんな彼女が撮る写真は人物がメインで、表情や日常を切り取るものが多かった。
榎元が人の動きなら走月は表情。授業中の眠そうなクラスメイトの欠伸の写真、優勝が決まった時の野球部員のガッツポーズをしての喜びの写真、花火を眺める女友達の横顔を撮った時もあった。
彼女は広屋、榎元と違い、自分らしい写真を撮ることが得意で、切り取るのが日常の一コマなだけに写真部の中でもまた個性を放っていた。
写真を撮る時の彼女は分からない。何故かと言えば彼女は日常の一コマを撮るから本人に許可を撮って極自然に撮る。表現するなら彼女の写真は彼女の目に映る一場面なんだろう。
「どんな写真、撮ったんだよ。」
「まーまー待っててよ。」
彼女はカバンから写真が入ってるであろうファイルを取り出してペラペラと捲り出した。何枚か取り出してうーんと、唸ると。これだ!と僕にばっと勢い良く見せてきた。
「これにするよ!眞嶋!」
見せてきた写真は僕と広屋と榎元が喋っているところの写真、後ろには新聞読んでる先生も背景に溶け込んで居て、3人とも笑ってる。広屋なんて腹抱えて涙流して笑ってる。榎元も楽しそうに、僕も大笑いしてる。いつの間にこんな写真撮ったのか。と思ったけどそう言えば「今度えのちゃん達撮るから」といつかに言われた気がする。
彼女にしか撮れない彼女の目に写るものを切り取った写真。ここぞという時を逃さずに切り取れるのは彼女の才能と言っていいだろう。
「いつの間に撮ってたんだ。」
「許可はとってあるからね!」
「知ってるよ、前に言われた気がするし、
」
「いい写真っしょ。」
「最高。」
よっしゃ、と小さくガッツポーズをする走月。彼女らしいが彼女は写真部の中では良い意味で一番写真部らしくないんだろう。
「でもさ。聞いてよ。」
「ん?」
そう言うと走月は先程取り出したファイルから写真を1枚1枚取り出して、机に広げた。
そこには真剣に授業を受ける榎元の写真、弁当を食べている広屋の写真、写真部が使う教室の窓を開けている僕の写真、先生が居眠りしている写真。
写真部の部員と先生の写真が2枚ずつそこにはあった。
「好きな景色、って言われてさ。迷わず写真部の表情が浮かんだんだわ。」
「でもあたしみんなの全部の表情が好きだからさ。さっきまで何にしようか、実は決まってなかったんだよね。」
走月は頬を気恥しそうにかきながら言った。
「でも、結局は笑顔が好きだなってなって、3人と先生が好きだなってなって、じゃこれしかないかなって。これにしたんだ。」
「これはその全部揃ってるしさ!」
すごいだろーと自慢げに写真を持って笑う走月。
表情という人によって何もかもが違う所謂無限のものを題材にする走月にとって、実はこのテーマは1番難しかったんだろう。日常の好きを切り取り続ける彼女にとってその無数の好きから一つを絞るのは至難のものだ。
ただそれでも。
「ホントにいい表情してるよ。」
「こんなにいい表情を撮れるのは、引き出す力を持ってる走月だから出来ることだよね。」
「走月、ありがとう。引き出してくれて。走月の目に写った僕らを写真にしてくれて、ありがとう。」
「…こちらこそ。いつもいい表情ありがとうございます、」
走月はそう言うと照れくさそうに俯いて微笑んだ。
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