榎元透子の写真
ばさり、と大きくカーテンが靡いた。
「おひさしぶり。眞嶋くん。」
窓際近く、柱横の広屋が座っていた席の後ろに三つ編みお下げの少女、榎元は静かに座って、そう微笑んだ。
「おひさしぶり、榎元。」
「なんだか変な感じだね。眞嶋くんがそこにいるのって。」
なんだ、榎元も同じことを言うのか。
僕は本来は一来先生の立っているであろう教壇に広屋の時と同じく立っていた。
「いつもは私の隣の席だから、新鮮で。」
「そうだね。でも、今日は特別にここなんだ。」
「部長だから?」
「勿論。」
ふふ、と彼女は控えめそうに笑った。
一見して大人しめの榎元は、話してみるとよく笑い明るい人間だった。だがイメージ通り文学少女でもあって、成績優秀、性格も良くクラスの人間から慕われ、3年時には生徒会長になる程だった。写真部の時にはお喋りな一面を見せ、もう1人の女子部員と1年の時に意気投合し3年にはもうすっかり親友になっていた。
撮る写真は、彼女もまたらしくない写真を撮る人だった。
彼女の撮る写真は躍動感のあるものが多かった。体育祭で額に汗を滲ませながらそのバトンをしっかりと握りがむしゃらに走る選手の写真、水泳部の飛び込みの時の水飛沫まで鮮明に捉えた写真、校外学習の時に乗ったフェリーに着いてきたカモメの写真。彼女のイメージとは裏腹にアクティブで動きのある写真を撮るのが得意で、
撮る時も、普段の控えめそうな微笑みとは違ってにかっと楽しそうに笑いながら撮るのだ。彼女もまた広屋と同じらしくないらしい写真専門の人間だった。
「榎元は、どんな写真を撮ったの?」
「私はね。」
榎元はスクールバッグの中から1枚の封筒を取り出した。広屋とは違いしっかりと教科書もプリントも整理された鞄から何も書かれていない白い封筒を取り出すと、丁寧にそれを開けて、僕に見せた。
「これが、私の撮った写真だよ。眞嶋くん。」
そう、榎元が微笑んで見せた写真は、
夕方の教室、扉の近くに置かれた手作りの「写真部」の看板、3年間使われてすっかり薄汚れたそれを、ローアングルから奥のオレンジ色に染まる教室をバックに撮った、大人しく、少し切ない写真だった。
切り取られた場面は、普段の動き出しそうな写真を撮る榎元とは真逆の静止した空間を静かにそのまま切り取ったもので、少しボケたバックの夕に染まる教室がいっそうその情景を引き立たせている。
「らしくないけどらしい写真で、らしいけれどらしくない写真。」
「そう、言われると思った。」
広屋の時とは違う“らしさ”を感じた。
普段の彼女のイメージなら情景を切り取った淡い静かな写真、でも本来の彼女が撮るのは躍動感のある動き出しそうな写真で、
動き出しそうな写真を撮る彼女らしくない大人しい彼女らしい写真であって、尚且つ、大人しい彼女らしいけれど躍動感を求める彼女らしくない写真だ。
「なんで、この写真を?」
「動き出したくなかったの。」
「え?」
「いつもの私はね。その瞬間が動き出す写真を撮るのが好きなの。これからの動きを想像させるような写真。でもね。今回の好きな景色を撮ろうと思って、私は写真部の時間が動く写真を撮ろうとしたの。でも、私達は卒業して、写真部は1度無くなる。そう思ったら、動き出しちゃいけないかなって、」
「今、その時間。そしてその時間までを撮ることにしたの。今まで私は先を撮ってたけど、今回は今と過去を撮った。写真部で3年生の自分をそこに留まらせるために。」
素敵でしょ。と彼女は少し寂しそうに笑った。
いつも“先”を撮る彼女が動き出したくないと思う気持ちは、卒業や写真部への思い出の為なんだろう。
今、この瞬間に留まりたいという気持ちを写真にするなんて普段の「動く」写真を撮る彼女にしか撮れないものだ。
「うん、素敵だよ。」
「ありがとう、眞嶋くん。」
「この写真に留まらせた思い出で、これからの僕達は動くんだろうね。」
「…うん!そうだね。」
彼女は僕の言葉に目を輝かせると、優しく笑った。
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