広屋慎の写真。

ばさり、と大きくカーテンが揺れた。


「よっす、眞嶋。」


窓際近く、柱横の席に写真部の1人、広屋はいつも通り座っていた。


「お前がそこなのかよ。」

「いいだろ!たまにはここだって。」


僕は教壇に立っている。いつもの一来先生の位置だ。

「俺はいつもの席なのに。お前もいつもの席座ればいいじゃんかー」

「僕は部長だからいいんだよ。」


なんだよそれー、と広屋は不服そうに口を尖らせた。こいつホントにガキっぽいんだから。僕がどんな用で呼び出したのかもきっとすっかり忘れてるだろう。


「そんな事より広屋、お前僕がなんで呼んだか忘れてるだろ!」

「おう、なんで呼んだんだ?」


ほら、やっぱり、予想通りだ。

広屋は気分屋で適当。お調子者でクラスの所謂ムードメーカー。写真部でもそれは変わらず賑やかしが得意で、

なのに撮る写真は意外にも素朴なものが多かった。

木漏れ日の写真、雨の日の露に濡れた紫陽花の写真、川の蛍の写真。

普段の彼とは真逆の静かな写真を撮ることが得意で。心做しかそんな写真を撮るときの彼はいつもの賑やかしとは程遠い素朴な青年のように見えた。

でも、普段の広屋が適当なのに変わりはない。


「文化祭の写真、どんなの撮ったのかって話を聞きたいから呼んだんだよ。」

「あー!そういやそうだったな!」


思い出したように手をポンと叩いていっけね、と笑う広屋。

おもむろにリュックサックを漁り始めてカメラを取り出す。恐らく全くもって整理されていないプリントやら教科書が散乱してるリュックサックからガサゴソと音を立てて、でもそれとは裏腹にきっちりとしたケースに入った綺麗なカメラが出てきた。

広屋はカメラを一度取り出すと、中のケースから1枚の写真を出した。


「俺はこれだよ。眞嶋。」


広屋は自慢げににかっと笑って僕にその写真を見せた。

その写真は、


僕ら写真部の後ろ姿を写した写真だった。


星の写真を撮ろう!と言って夏の夜、学校の屋上に行って、天文部から借りてきた天体望遠鏡を使って写真を撮ろうとしてた時のものだ。


切り取られた場面は、写真部3人と先生が天体望遠鏡を覗く後ろ姿。俺も見たい、私も見たいって天体望遠鏡で見る星に興味津々で楽しそうな僕らの、後ろ姿。

奥には澄んだ空、薄い雲があって、まさに広屋らしい、1枚だった。


「ほんとに、お前らしくないけどらしい写真だな。」

「なんだよそれ。褒めてんのかよ。」


素朴な写真を撮る青年広屋らしい写真で、ムードメーカーの気分屋な広屋らしくない写真。最大限の褒め言葉のつもりだ。


「言い直すよ。今までで一番お前らしくてお前らしくない写真だよ。」


写真を見て、会話が自然にすぅっと蘇る、光景が頭に浮かび、声が聞こえて、その時の澄んだ空気までわかる。清々しい程に素直で飾らない広屋じゃないと撮れない写真に違いはなかった。


「そっか、ありがと。」


広屋は照れくさそうに笑った。


「なんでこの景色にしたんだ?」


いつもの広屋なら自然の中の無機物を被写体に撮ると思っていた。そう言えば人が写る写真は広屋にしては珍しい。


「そうだなぁ…」


広屋は少しうーん、と唸った。


「好きな景色は沢山あったんだけどさ、よくよく考えたら俺の好きな景色、全部写真部に関わってる事だなぁって、思ってさ。」

「うん。」

「俺の写真部で、一番好きな景色を考えたんだ。そしたらぱってすぐ思いついた。お前らの楽しそうなとこが好きだなって思ったんだよ。一来先生と眞嶋達が楽しそうにしてるとこ。」


「俺達、色々なもの撮ってきたけどさ。自分達って余り被写体にしてこなかったなー…って思って。この写真にした。」


なんてな、と広屋はまた照れくさそうに笑った。言われれば、自分達のことを被写体に撮ったことはこの3年間で無かったに等しかった気がする。撮るのはいつも学校の行事の一コマや、自然ばかりで…

ほんとにらしくない奴だけど、広屋じゃないと気づけなかっただろう。真っ直ぐで飾らない広屋でしか。


「凄いな、広屋。」

「それほどでもー」





「間違いなく広屋にしか撮れない写真だよ。見せてくれて、ありがとう。」


「…おう。」



広屋はそう小さく返事すると、ひらひらと手を振った。




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