一来真理の、写真。
窓際のカーテンが揺れた。1つの机を覆い隠すように大きく靡いた、ばさばさ、空中で手招きするように靡いた。
「お久しぶりです。一来先生。」
「いつもの席なんだな。眞嶋。」
窓際、カーテン近く、広屋の隣で榎元の斜め前、走月の前の席が僕の席だ。
「今まで一来先生のとこ、お借りしてました。」
「知ってるよ。やっぱこれが落ち着くな。」
「そうですね。」
一来先生はいつものように気だるそうに、寝癖の酷い頭をかきながら言った。
「一来先生、写真どんなの、撮りましたか?」
写真部の顧問歴3年、担当教科は古典で、独身。新聞や小説、読むことが趣味らしく写真部の活動の時も授業で暇な時も何かしら読んでることが多かった。
写真については謎、3年間、お世話になってきたがどんな写真が好きでどんな写真を撮るのか、そもそも写真を撮るのかすら分からない。顧問とは言え無知な可能性だって十分にあるんだから。
だから僕は今回一来先生に写真を撮るように頼んだ。写真部の最後に、思い出に、先生の写真が見たかった。普段の先生として以外の何かがもしかしたら知れるんじゃないかって期待もあったし、普段の先生としてのどんな写真を撮るのかという好奇心もあった。
「それがな、まだ撮ってねぇんだよ。」
「え!!撮ってないんですか!!」
あははと笑う一来先生。笑いごとじゃないぞ先生。立派な発表の一つなのに肝心の先生がサボったら困る。何より部長の僕が困る。
「なんで撮ってないんですか!!」
僕はガタッと席から立ち上がった。じっと先生を見つめる。
「いや…撮ってないんじゃなくてよ。撮れなかったんだよ。」
「撮れなかった!?」
撮れなかったというのはどういうことなんだろうか。先生の好きな景色というのはそこまで撮ること自体が難しいものだったんだろうか。いやもしかしたらカメラが無かったとか、たら単に撮るのを忘れていたとかなのかもしれない。
「なんで撮れなかったんですか?」
「そりゃ、まぁ…」
言葉を濁す一来先生。
これは後者か、撮るのを忘れていたのかカメラなかったのか?
「いなく、なっちまったしな。」
「え?」
居なくなった?どういうことなんだろう。
「でも今なら撮れる気がするんだよ。“今まで見させられて来たから”多分そういう事なんだろ?」
ばさり、と大きくカーテンが揺れた。
僕の隣には広屋、その後ろには榎元、その隣には、走月。
先生はカメラを構えた。
「俺もさ、この景色が一番好きなんだよ。眞嶋。お前がこの景色を撮ってたのと一緒。お前らが写真部の活動をしているのを3年間見て俺も写真が撮りたくなって、実はこっそり色々撮ってたんだ。星の写真、カラスが飛ぶ時の写真、お前らが真剣に部活してる時の顔とか。」
「でも気恥ずかしくて結局最後まで言えなかった。眞嶋はこの景色が好きなのと。そして教師に憧れてたんだよな。行きのバスで俺に言ってきたよな。」
「でも結局撮れずじまいだった。いなくなっちまったから。俺は切り取り忘れたんだよ。お前は写真部が確かにいる空間の存在を写真に切り取ったけど、俺が今取ってもただの空間しか残らない。」
「だから俺に、“今まで見せてくれた”んだろう?俺にこの景色を撮らせてくれるために。」
先生は少し使い古されたカメラを構えると僕らの方にレンズを向けた。
僕と全く同じアングルだけど、決定的に違うのは。確かにそこに僕らが存在すること。
そして撮る理由。
「先生、ありがとう。」
カシャ、
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