第46話 泉との別れ
僕の頭上を軽々しく飛び越えた大きな毛むくじゃらの生き物。その生き物に生えている角に掴まりながら、盛大に現れた佐藤さんとハピーちゃん。
「なにしてんだー?こんな所で!」
佐藤さんは自分の掴んでいる方の角を自身の手前に強く引き、上手くスピードを落とすとドリフトするかの様にその毛むくじゃらの生き物を止めた。
無理矢理止められたその生き物は強く地面を踏み込み、その衝撃で土がえぐれた。
「さ、佐藤さんこそ!何してるんですか!?」
グルグルと鳴いている生き物を目の前に、驚きながらも聞き返す。すると佐藤さんとハピーちゃんは声を揃え
「第一回ロアゾブルの森で発見!巨大生物大会の開催中だ!」
「第一回ロアゾブルの森で発見!巨大生物大会の開催中だよー!」
と高らかに叫んだ。
さて、第一回ロアゾブルの森で発見!巨大生物大会とは何か?まぁ詳細を聞かなくても何となくそのタイトルで分かる。
そして2人が乗ってきたであろう毛むくじゃらの大きな生き物。2mはありそうな佐藤さんが乗れるサイズの生き物だ…かなり大きい。
むしろこんなに大きいのにも関わらず、森で迷子になっていた僕が1度もこの生き物に出会わなかったって事が奇跡だ。
「で?石田よ、お前は何をしてるんだ?と言うか何か痩せたか?」
ひらりとその生き物から飛び降りながらそう言った佐藤さんは、僕へ近付き手を貸してくれた。僕はその手を取り、起き上がる。
「いや、何と言いますか…久しぶりですね、佐藤さん。」
三日間のブランクを感じさせない対応の佐藤さんに比べ、僕はすっかり久しぶり感を隠せなかった。
「ん?久しぶり、か?いやいやいやーさっきぶりだろ!」
「え?」
「あ!もしかして今のってボケてた?」
「いえ、特にボケたとかでは…。」
あれ、おかしいな。魔界では三日は久しぶりじゃないのだろうか?そもそもハピーちゃんならまだしも、この佐藤さんの対応は三日間も行方不明だった相手に対してのものでは無い。
かと言って佐藤さんは冗談みたいな性格だけれど、そんな冗談を言うタイプでもない。
「お前は我の壮大な企画にも参加せずに何してたんだよー!お、タロも一緒じゃん!」
僕の後ろから顔を覗かせるタロくんに笑いかけながら佐藤さんは続けた
「よし!お前等は今から参加な!」
と。
なんだか状況も状態も理解できないままに"第一回ロアゾブルの森で発見!巨大生物大会"に参加させられてしまった。
誰かこの空白の三日間を説明して欲しい所々なのだけれど…今の佐藤さんに聞いても「分からん!」の一言で一蹴されそうな気がした。
「ライバルが増えたんだねー。」
ハピーちゃんも呑気にそんな事を言っている始末。いやこの場合、一番呑気で阿呆なのは僕だろうか。
「タロくん…。」
「………思い…出した………。」
「うん、僕も思い出したよ。」
「………………。」
タロくんが感じていた違和感はこれだったのだろう。どうして今までこれ程濃い存在を忘れてたいたのか、どうして三日間も行方不明だった僕達と佐藤さん達の間にズレが生じているのか…。
全くと言っていい程に何も解決していないけれど、佐藤さんのテンションを見るに、この大会からは逃れる事は出来ないみたいだ。
「とりあえず参加はするんで…一旦僕とタロくんをレイミアさんの所に送ってもらえないですか?」
何にせよ僕は今、レイミアさんに会いたくて仕方がなかった。問題解決とかそんなんじゃあない。きっと彼女に会って心から安心したいんだろう。それに大会に参加するならタロくんを安全な場所に移動させたい。
「えーーー、しゃーなしだぞ。これでハピーに出遅れたら石田にペナルティだからなー。」
「身体の一部が無くならないペナルティなら喜んで受けます。」
「何そのドM発言!」
「捉え方が酷いっ!」
「いやまだ捕らえてないぞ?」
「とりあえず巨大生物から離れて!」
そんなやり取りでさえ久しぶりに感じる僕を豪快に笑い飛ばしながら、佐藤さんは今しがた乗ってきた毛むくじゃらの生き物に僕とタロくんを乗せた。
これだけの人間(と魔族)を乗せても何ら変わった様子の無いこの生き物の大きさを改めて実感し、意外と柔らかかったその毛を掴む。
「しゅっぱーつ!なんだねー」
「ちょっ、ハピー!そう言うのは我が言うセリ───
佐藤さんが言い終わる前に走り出したその生き物は、まるで弾丸か何かのような勢いで泉から飛び出した。
突風に煽られながらも、僕は少し後ろを振り向く。美しい泉がどんどん遠く離れていくのを見ながら、なぜか僕は少し胸が痛かった。
犬の様な毛むくじゃらの生き物に乗って走ること数分、いや数秒だろうか?僕とタロくんはあっという間にレジャーシートの広がる元いた場所へと戻って来ていた。
戻った僕とタロくんを見て少し驚いた顔をしたのは勿論レイミアさんだ。
ドランくん、ルルちゃんアイちゃん、ジムくんは魔王佐藤さんの主催する大会に参加しているらしく、その場には居なかった。
「先生?この数時間会わない間に随分と痩せてしまったみたいね?」
レイミアさんは驚いた顔のまま僕の方へと近付くと、そっと頬を撫でながらそう言った。ヒヤリとしているはずのその手のひらから、なぜか暖かさを感じ、僕は言葉が出ない。
「あら、もしかして…毒に当たったのかしら?」
そしてそのままその手を僕の喉元へと下ろす。
「───っ──。」
まだこの状況に頭がついて行っていない僕は、困惑しながらレイミアさんをただ見つめた。
「なんだか先生に聞きたいことが沢山あるんだけれど…佐藤様がワクワクしながらこっちを見てるわよ?」
体感時間で3日間ほど遭難していた僕的には、巨大生物を探しに行く気力なんて無かったのだが…振り向けばそこには満面の笑みを浮かべる魔王佐藤さんがいた。
「おい石田!早くしないとハピーに先越されるぞ!」
ノリノリで小躍りをする魔王佐藤さんを見て、参加すると言った数分前の自分を恨んだ。ここに帰って来たかったとはいえ、なんて軽率な発言をしてくれたんだ。
と言うかこの大会の優勝者は僕達を乗せて来たあの犬のような生物で間違いないんじゃないかな、とかなり本気で思うんだけれど。
それにレイミアさんが驚いた顔をした理由も気になる。彼女は僕達が迷子になっている事に気付いていなかったのだろうか?あの探知能力に優れた彼女が?
だとしたらあの泉はとてつもなく危ない場所だったのでは無いだろうか。
レイミアさんでさえ見つけられない場所…
僕は安堵と共に身震いした。この魔界に来て、初めて感じた恐怖だと言っても過言じゃあない。
そんな恐ろしい所にタロくんを連れて行っていたなんて。
「僕は…先生失格ですね。」
痺れを切らして出発してしまった佐藤さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、僕は小さく声を洩らした。
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