第44話 大きな忘れ物と大きな犬
そして次の日、僕は空腹で目が覚めた。天気は…まぁすこぶる晴天。
「おはよう、タロくん。」
「……おは…ようございます……。」
とりあえず僕は泉の水で顔を洗い、そのまま少し喉を潤した。タロくんは申し訳なさそうに石を取り出し、ポリポリと食べていた。
遭難二日目。
相変わらず誰かが探しに来る気配も様子も無く、これといってする事も出来ることも無い状況だった。幸か不幸かタロくんは小石でお腹が満たせるので餓死の心配は無さそうだけど。このままじゃ人間の僕が先に倒れてしまうかもしれない。
「タロくん、とりあえず周りを少し見てくるからここにいてくれる?」
僕は無言で頷いたタロくんを泉に残し、何か食べれそうな物は無いかと辺りを散策する事にした。こんな時にまたウロウロして!と思われそうだけど、大丈夫。流石に今回は泉が見える範囲しか移動はしない。
かと言ってそんな範囲で何か食べ物を見つけられる訳も無く、体力だけがただすり減っただけだったのだけれど。
「これはいよいよマズイ…かなぁ。」
小石を主食とするタロくんは、山で遭難したとしても辺りに石や岩が転がっているので空腹の心配は無いだろう。そして喜ばしい事に泉もあるので、水分補給も出来る。
問題は人間である僕だろう。こうなってはタロくんの心配も出来なくなってくる。正直に言うと、僕の方がタロくんより明らかにピンチなのだ。
このまま誰にも見つけてもらえなかった場合、確実に僕は餓死の一歩を辿ることになる。数日は泉の水でなんとかなるだろうけど。
僕は食べられそうな物が無いことを確認して、タロくんの待つ泉の方へと戻った。
「…先生……何か…見つかった……?」
「んー、さっぱりだね。明らかに食べちゃいけない感じの色をした木の実ならあったけど。」
僕は乾いた笑いを漏らしながらタロくんの隣に座った。
それから────
何をするでも無く次の日。
泉の水が美味しいと感じ始めて次の日。
もうこのままここに住もうかと考えだした次の日。
なんと僕達が遭難してから三日が過ぎた。
僕は泉の水を飲みながら生き延びていた。何度か助けは来てないかと辺りを散策したり声を上げてみたりはしたけれど、それらが実を結ぶ事は無かった。
この三日間で気付いた事と言えば"人間は水だけでも案外生きていける"って事だ。タロくんは僕を見て、少し痩せた気がすると言っていたけれど、僕自身はそうは感じていなかった。
それどころかこの泉の水があれば、いつまでもここに居られる様な気さえしていた。別にここに住んでもいいんじゃないかな?とまで考えた位だ。
タロくんは小石があれば生きていけるんだし、僕は水を飲めばいい。もう森から出ていく必要なんか無いんじゃないか?そもそもなぜ、この森から出ようとしていたんだろう?
そう言えば…はぐれていたタロくんも見つかったんだし、別に出る必要なんて無いか。
「…………………。」
「どうしたの?タロくん。」
「…………………。」
今日も今日とて泉の水を美味しく頂く僕を凝視するタロくんの視線に、違和感を感じて声をかけた。
「…先生……何か…忘れてない…?」
「何かって?」
「その……分からない…けど…。」
「タロくんはここにいるし…僕もここにいるよ?」
「……うん…そうだよね………先生もいるし……。」
「なんだか変な事を言うね、タロくんは。やっとはぐれた所を再会できて、こうして二人共揃ってるのに。」
僕は妙な事を言うタロくんに笑いかけながら、泉に吹く風が心地よくて目を閉じた。そよそよと僕の頬を撫でる風が気持ちいい。まるで時間が止まったように静かで穏やかな空気だ。
「……あれ?…何か……来るよ…。」
僕が静かな時にうとうとしかけた時、タロくんが森の奥を見ながらそう呟いた。
僕はゆっくりと目を開け、タロくんが視線を向けている森の奥を見る
─────────ドドドドド
耳を澄ましてみれば、遠くから微かだが音が聞こえてきた。
─────ドドドドド
次第に大きくなるその音はこちらに向かって来ているようだった。
──ドドドドドッ!!!!
何か大きなものが走るような音に僕は咄嗟にタロくんを後ろに庇い、目を凝らす。
──ドドドドドッッ!!!!
木をかき分け、薙ぎ倒す程の巨大な何かに備えて身をかがめた。
そして
ドドドドドッッ!
ガッサーーーン!!
「ちょっ!ヤバイヤバイ!速すぎるぞこいつ!!!」
「きゃっほーーーい!僕ちゃんウルトラはやーい!」
林の奥から勢いよく飛び出して来たのは大きな犬のような獣に跨った、大男と緑の少女だった。
僕はそれをみた瞬間、思い出した。
僕が魔界に呼ばれた理由。
魔王佐藤さん。
鈴木さん。
高橋さん。
レイミアさん。
ハピーちゃん。
まおう園。
魔族と魔物の子供達。
雨。
遠足。
遭難。
「あっ───!」
僕はさっきまでなんて事を考えていたんだろう。このままここに住むだなんて。タロくんと僕だけだなんて。どうして、どうしてそんな事を思ってしまったんだろう。僕達は遭難していただけだ。
「佐藤さん!ハピーちゃん!」
僕は頭の整理も追いつかないまま、2人の名前を叫んでいた。
「おっ!石田か!」
「あれー?きーちゃんだー!」
しかし2人の反応は至って普通だった。
まるでさっきまで一緒だったと言わんばかりの、ごく自然の反応だった。
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