第42話 まん丸い石
丸くてつるつるの石と言うのは、中々森には落ちていないものだ。僕はこんなに石があるのだから簡単に見つかるものだとばかり思っていた。しかし、普段意識しない物をいざ探そうとすると意外にも見つからないものだ。僕はあっちへフラフラこっちへフラフラと石を探し歩いた。
「あちゃー…。」
そして僕はそれに没頭する余り、なんと石の師匠であるタロくんとはぐれてしまったのだ。
これは保育士として、子供を預かる身としては有るまじき事である。森で園児とはぐれるだなんて責任感の無さにも程がある。どうしてちゃんと子供を見ていなかったのか、どうしてちゃんと傍についていなかったのか。責任問題を問われる所だ。
だが、言い訳では無いが聞いて欲しい。タロくんは土の中の移動が得意で、そのほとんどを地面の下で過ごしている。石を探す時も勿論のこと地面の下に潜っている。それは魔物として素晴らしい能力なんだけれど…なにせ一度潜られると人間の僕にはどこにいるのか皆目検討もつかなくなるのだ。
「タロくーん?」
僕はさっきまで近くにいたタロくんの名前を呼ぶ。どこにいるか分からなくても、名前を呼べば土の中から出てきてくれてる。さっきまでそうやって僕の集めた石の確認をしていてくれたのだけれど。
いくら呼んでもロアゾブルの森は静まり返るばかりで、むなしく僕の声が響き渡る。そんなに遠くまで来たつもりは無いんだけど、森と言うのはどこもかしこも景色が同じでなんだかさっきまでとは違う場所に居るような、居ないような奇妙な気持ちになる。
それも魔界に存在する森となれば、遭難したレベルで済むのか。感じる危機感も軽く二倍はある。僕の事は良いとして、問題はタロくんだ。いやまぁ偉そうなこと言って僕も迷子なんだけど。
「レイミアさん…気付いてくれてないかなー?」
かなり他力本願な願いまで口をついてしまう始末だけれど、きっとレイミアさんなら持ち前の探知能力で僕を見つけてくれるに違いない。
「まさか初遠足で迷子だなんて。」
割と切ない。そしてかなり自信を失くす事件だ。今頃みんなは楽しくお弁当を食べている真っ最中だろうか?食べ終わったら僕達が戻って来ない事に気付いてくれるだろうか?
「ターローくーん?」
とりあえず僕はもう一度タロくんの名前を呼んでみた。もちろん返事も無いし、地面からその姿を表す兆しも無い。
さて、僕に出来ることは無くなった。
迷子になると思っていなかったので荷物も持って来ていないし、今あるのは丸くてつるつるした石と…ポケットに入っていた飴玉1個。なんて役に立たない所持品の数々だろう。
幸いにも時計は着けてきているので、かろうじて時間だけは分かる。その針はもう昼過ぎの2時を指していた。石を探しに出掛けてからもうそんなに時間経ったかな?と一瞬不思議には思ったけれど、迷っている時間なんてあっという間に過ぎるもんだろう。
「お腹…減ったなぁ…。」
僕は空を見上げて呟いた。そろそろ誰か気付いてもいい頃合だと思うんだけどな。お腹も空いたけれど、喉も渇いた。そして水筒ぐらいは持ってこれば良かったかな、なんて考えながら僕はふと思った…そう言えばこの森には泉があったんだっけ。
暖かくなればこの辺りの魔物はそこで水浴びをしたり遊んだりすると聞いた。と言うことはその泉はそんなに森の奥深くにある訳じゃ無いのだろう。
「ちょっと行ってみようかな…。」
こういう場合動かないのが得策だとは思うけれど、まぁこの場にずっと座り込んでいるのと泉に向かうのではそんなに大差はないだろう。もしかしたら向かう途中でタロくんを見付けられるかも知れないし。
僕は腰を上げ、ゆっくりと歩き出した。もちろんタロくんの名前を呼びながら、地面に注意して歩く。すると10分程歩けば泉はすぐに見つかった。これは幸運と言うべきか。まさかこんなに近くに泉があるとは思っていなかった。
「僕、思ったよりも遭難してるのかな?」
気づかないうちに森の奥へと来てしまったのだろうか?簡単に泉を見つけてしまった事に対して逆に不安になる。そして問題は、この泉の水は飲めるのか…だ。魔界の森にある謎の泉。人間の僕が飲める代物なのだろうか。
しかしその泉は、そんな心配もどこかに行ってしまうほど透明感があり透き通っていた。水底を見れば、僕が昨晩食べた魚がゆらゆらと泳いでいる。つまりこの泉の水は飲めると言うことだ。
その瞬間、さっきまでの心配も吹っ飛んだ。僕は泉の淵に膝を付き、両手で水を静かにすくいゆっくりと飲んだ。
「ん…冷たい。」
その水はとても冷たく、カラカラに渇いた僕に優しく浸透していった。その後も何口か水を飲み、とりあえず喉の渇きが収まった所で僕はそのままそこへ腰を下ろした。
森の中にポツンとある美しくて透明感のある湖。やっぱり最初はみんなで来たかったな。この綺麗な湖を子供達にも見せてあげたい。暖かくなったらバーベキューをしたり、泳いでみたり。
まだまだみんなとやりたい事が沢山ある。経験させてあげたい事や、教えてあげたい事。逆に僕が教わることや学ぶ事も沢山あるだろう。
そうやって彼等と学んで、いつか大人になった時は僕が先生で良かったなんて思ってくれたら…いいな。
「まぁ…とりあえずこの状況をどうにかしてから言えよって話だけど。」
遭難しているのに妄想だけは一丁前な僕だった。本当に僕は、危機感というものを少し持った方がいいのかもしれない。
初めてこの世界に来た時もそうだ。魔王佐藤さんや鈴木さんと対面して、少し慌てはしたものの数時間でその状況にも馴染んでしまった。楽観的なのも時には困りようだ。今回は僕一人だけの問題じゃなく、タロくんも巻き込んでしまっているのだから。
僕はもう一口泉の水を飲み気合を入れると、タロくんを探し出す決意を胸に立ち上がった。
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