第40話 安定した乗り物


僕が生死を賭けた戦いを強いられるんじゃないかと冷や冷やした二時間後、ハピーちゃんは通い慣れた道を行くかのようにロアゾブルの森に籠を降ろした。そしてぐっと身体を伸ばす。


「ハピーちゃんご苦労様、ありがとう。」

「なんて事ないんだねー。」


軽く身震いして羽根をしまい込むハピーちゃんは、いい運動になったとニコニコ笑った。


ちなみにハピーちゃんの籠は、飛び立つ前に抱いた不安感なんて忘れてしまう程に安定していてとても気持ちが良かった。少しでも彼女を疑った僕を叱ってやりたい。


「よぉ!お前等!やっと着いたかー」


森の入口には、転移魔法で先に着いていた魔王佐藤さんと鈴木さん、そしてレイミアさんがいた。転移魔法と言うのを僕は知らないので何とも言えないが三人の様子を見るに、籠で二時間少し掛かる距離を一瞬で移動出来るのだろう。少し待ちくたびれた顔を見るにそう思う。


「あっ!魔王様だ!」


そんな三人の姿を見つけ、真っ先に声を上げて駆け寄ったのはドランくんだった。その後にルルちゃんとアイちゃんが続く。


「「魔王様、お久しぶりです。」」


他の子供達も、まるでヒーローが登場したかの様にわらわらと魔王佐藤さんの周りに集まった。みんなにとってやっぱり魔王佐藤さんは絶対的な存在であり、この国の王様なのだろう。


「お、アインスの息子のドランか?それと、ルルにアイ!久しぶりだなー!」


魔王佐藤さんは集まったみんなの頭を順番に撫でながら、名前を呼びその成長を確認していく。


「凄いな、佐藤さん。みんなの名前覚えてるんだ…。」

「佐藤様は、この国に住む全ての魔物達の名前を記憶しておられますからね。」


僕の小さな呟きが聞こえたのか、鈴木さんが補足してくれた。なんと、それは尚更のこと凄い。魔族に名前が無いのだとしても、魔物だけで何十、何百、何万といるだろうに。その全ての名前を記憶しているだなんて。学生時代、クラスの半分も名前を覚えられなかった僕とは大違いである。


ずっと駄魔王だ駄魔王だと心の中で思っていたが、レイミアさんの事と言い、子供達に対する考え方と言い、本当にこう言う事においては素直に尊敬せざるを得ない。


魔王佐藤さんはドランくんを肩車し、その両手にベンヌくんと少し照れるジムくんを抱いて楽しそうにくるくる回る。腰に抱きついているルルちゃんとアイちゃんも含めて。


「みんなー、そろそろロアゾブルに入りましょうかー。」


僕はハピーちゃんの籠に乗せていた荷物を下ろし終わった後、魔王佐藤さん達に声を掛けた。


「よーし!今日の為に我はこの一週間、鈴木の小言に耐えて来たんだ!お前等!その体力が底を尽きるまで!いや、底が尽きても遊ぶぞー!」


魔王佐藤さんは先頭に立ち、子供達以上にはしゃぎながら我先にと走って森の中へ入っていった。鈴木さんは「そんなに走られては転びますよ!」と、保護者みたいな事を言いながらその後を追う。子供達と僕、レイミアさんとハピーちゃんも各自荷物を持つと後に続いた。


ロアゾブルの森は出発前に聞いていた通り、とても豊かで美しい森だった。空気がとても美味しい。木々の隙間から差し込む光が、今朝降った雨をキラキラと照らし神秘的にさえ思える。


「どう?先生、初めて遠出した気分は。」


レイミアさんは器用に木々を避けながら、僕の隣に並ぶ様にして歩いていた。


「みんな楽しんでくれてるみたいで、良かったです。」

「また先生は…みんなの事ばかりなのね。」


僕の答えにレイミアさんは少し困った様に笑いながら、前を歩く子供達を見た。


「おい、石田!今日は何して遊ぶんだ!?」


穏やかな空気の中、一番前を歩いていた魔王佐藤さんが突然思い出したかの様に僕にそう呼びかける。


「まぁ、確かに遠足ですけど…一様はこの国の生き物の生態調査って感じで、昆虫でも採取しようかと思ってますよ!」


まぁそうは言ったもののこの国、この森に僕の想像する昆虫はいない。それはレイミアさんの管理する魔王城資料図書室で生物図鑑を見て学んだ事だ。


やはり…と言うべきか、こんなに僕が馴染んでいてもここは異世界なのだ。普通のバッタやカブトムシなんかが生存しているはずがない。形は似て非なるもので、簡単な例えを出すならばそうだな…蝶々は妖精の様な形をしているし、カブトムシには角が三本ある。


勿論、毒を持っている昆虫も多い。毒ならまだしも、幻覚作用のある鱗粉を撒き散らす蛾がいたり、死にはしないが永遠の睡眠へと誘う液体を噴射するカエルがいたり…まだ生態の分かっていない生き物も沢山いるのだ。


今回は、そんな中で子供達が触っても捕まえても大丈夫な生き物と危険で近寄ってはいけない生き物を教える為の遠足だとも言える。


「じゃあアレだな!誰が一番でかい生き物捕まえられるか勝負だな!」

「それだと佐藤さん圧勝じゃないですか。」

「僕ちゃんも大きいの捕まえられるんだねー。」


今日は佐藤さんにハピーちゃんと言うライバルがいたみたいだ。もちろんレイミアさんも大きい獲物を捕まえて来そうだけれど


「ん?あれは…」


魔王佐藤さんとハピーちゃんが何を捕まえるか二人で算段し始めた時、僕が頭上の木の枝を見上げると、そこで珍しい生き物を見つけた。


「みんな、ちょっとこれ見てごらん?」


僕は前を歩く子供達を呼び止め、手招きした。「なになにー?」と興味津々に僕の周りに集まる子供達。


「あそこ、みてごらん。」


僕は少しかがみながら、上の方を指差す。


「わっ、何だあれ?」


ドランくんがキラキラした瞳で僕の指差す"それ"を見つけ、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。他の子達も興味深そうにその生き物を見つめる。


そこにいたのはドールハウスの様に小さいけれど、精巧に作られた一軒家を背負った一匹の生き物だった。

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