第38話 後日談ならぬ前日談


それから慌ただしく毎日は過ぎて行き───


僕は筋肉痛に悩まされながらも魔王佐藤さんとお互いを労いつつ、晴れて遠足の前日となった。


場所は結局レイミアさんと相談して、ハピーちゃんが子供達と僕一人を乗せて飛べる距離にあるらしい"ロアゾブルの森"と言う所に決まった。


この森は魔界の中でも一番穏やかで緑豊かな森だそうで、ハピーちゃんもよくここで遊んだり木の実を探しに来ているらしい。人間の僕と子供達が行くにしろ、瘴気も少なく空気も綺麗だと言う。まだ肌寒いので遊ぶ事は無いだろうけれど、森の中には小さな泉もある。


ちなみに魔王佐藤さん、鈴木さん、レイミアさんに至っては転移魔法とやらで森の入口まで移動するみたいだ。それならみんな転移魔法で森まで行けば?と思われるかもしれないが…


折角の遠足なのだ。普段飛べない子供達にも空の旅を味わって欲しい。そういう理由で子供達と僕はハピーちゃんの籠に乗り、ロアゾブルの森へ行くことにしたのだ。


遠足のしおりを子供達に渡し、明日の用意をするだけで今日一日が終わってしまった訳だけれど。子供達はみんな初めての遠足に心踊っていたみたいで、あれやこれやアレがいるコレがいると騒ぎながらも楽しそうにリュックに荷物を詰めていた。


ここは魔界なので、遠足の鉄板である

「バナナはおやつに入りますかー?」などと言った平凡な質問は出なかったけれど、代わりに

「トラップは遊び道具に入りますかー?」と

「「友達はお弁当に入りますか?」」と言う物騒な質問はされた。


用意が終わってから僕はみんなにこれまた遠足の定番である"てるてる坊主"の作り方をレクチャーする。みんなの個性豊かなてるてる坊主が完成した頃にはもう夕方になってしまっていたけれど、僕はそれを窓辺に並べて吊るした。


これで明日は晴れること間違い無しだ。


魔王城に戻ってから佐藤さんと鈴木さんに明日の用意はバッチリか確認した僕は、魔王佐藤さんのしおりが既にボロボロになっている事に突っ込みを入れずにいられなかった。


「佐藤様は…遠足が楽しみ過ぎて、しおりを何度も何度も読み返しておられたので。」


鈴木さんが少し呆れたように言う。そんなに読み返すほど日程の詰まったしおりじゃなかったんだけれど…。


「あ、じゃあ良かったら佐藤さん達もてるてる坊主作りますか?」

「なんだ!?てるてる坊主?どこの坊主だ、それは!」


僕はテーブルの上にあったナフキンを手に取り、軽くてるてる坊主の形を作りながら説明した。鈴木さんはその様子を興味深そうに見ている。


「ほうほう…布を人形に見立て、首を絞め、吊るし上げるのですね。」

「鈴木さん、表現が物騒です。」

「こいつに天候を左右する程、強大な力があるのかー…やるな、てるてる坊主とやらよ!」


魔王佐藤さんは等身大のてるてる坊主と肩を組みながらくくくと笑った。何だかそのサイズを吊るすのはちょっと気が引ける。


「まぁ僕の世界に昔から伝わる"おまじない"みたいなもので、確実では無いんですけどね。」

「そうなのか?」

「あ、でも実際に魔力のある佐藤さんや鈴木さんが作ったてるてる坊主なら本当に効きそうですねー。」


僕はなんと無しにそう思った。流石に天候まで操るなんて無理だろうけれど、魔王佐藤さんならその持ち前の魔力と気合いでどうにかしてしまいそうだ。


「晴れてくれないとまじで困る!明日の為だけに我は、今日まで死ぬ気で仕事をこなして来たんだからな!」

「まぁ、一日目は佐藤様の新しいお名前を発表する命名式を開いただけですけれどね。」


頑張ったと胸を張る魔王佐藤さんに対して、鈴木さんが辛辣な内容の補足をした。にしてもレイミアさんが"佐藤様"呼びに変わっていたのはそれが理由だったのか。


「二日目は会議中にゲームに現を抜かしておられましたし。」


「三日目は視察と言う名目で各地の魔物と遊んでおられましたよね?」


「四日目は実地訓練だと言い張り鬼ごっこをして」


「五日目は瞼に目を描き執務中に堂々と居眠り。」


「六日目は石田殿からしおりを頂いて遠足の準備に大半を費やし。」


「そして本日は内容もご確認為さらずやたらめったら印章を押しまくり。いやー、成程。実に死ぬ気で業務をこなして来られた日々でございましたね。」

「おい石田……鈴木の嫌味が凄いんだけど!」


等身大てるてる坊主の影に隠れながら魔王佐藤さんは叫んだ。この駄魔王、全然まともに働いていなかった。


「これは僕でもフォローのしようが無いですね。」

「石田の裏切り者ぉ!」

「いや、裏切られた感あるのは僕の方ですけど!」


毎日の様に裸の付き合いをして、お互い明日も頑張ろうと励まし支えあったのに!僕の中で、あの時に芽生えていた友情が儚くも崩れ落ちる音が聞こえた。


そんなギャーギャーと騒ぐ僕達を、カラカラ笑いながら見守るのはレイミアさん。

僕達を無視して出来上がったてるてる坊主を静かに吊るし始める鈴木さん。


こうして今日も魔王城の夜は平和に更けてゆく。

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