第36話 犠牲無くしては何も得られない


それから約二時間後───




グラウンドには歓喜に満ちた笑い声が大きく響き渡っていた。倒れる子供達と砂煙が舞う中、上機嫌で高らかに笑う。


「見たか!ハピーちゃん!」


それは僕である。


「これでこの勝負は僕達の勝ちだ!」


年端もいかないハピーちゃんを遊具に縛りつけ、辺りに倒れる子供達を一切気にすること無く、勝利に酔いしれる非道な人間。


それも僕である。


先生と言う職務を忘れて、本気で子供達と遊んだ結果。またもやグラウンドを半壊寸前にまで破壊してしまった大人。


もちろん僕である。


「むーーーう。まさかまさかきーちゃんに捕まるなんてー。思っても無かったんだねー。」


けほけほと咳き込みながら、ハピーちゃんは笑顔でそう言った。一様、勇者が捕まればゲーム終了と言うことなので、ハピーちゃんは縛られた後大人しく降参してくれた。そう、僕達は勝利を掴んだのである。


不可能と思われたこの勝負に、見事黒星をつけたのだ。その代償として僕は多くのものを失ったような気がしないでも無いけれど。


それでも勝ちは勝ちである。


この二時間を振り返ると、それはそれは僕の歴史上これまでに無い程の激闘であり死闘、無益な争いだった。





陽動にと、警戒されないようにミノタウロスのアイちゃんをグラウンドの真ん中に立たせた僕は、ドランくんと共に遊具の上に隠れてハピーちゃんが現れるのを待った。


数分後、空から現れたハピーちゃんがグラウンドに降り立ち「アイみーけ!」と叫んだのを合図に、土の中から姿を現したタロくんがハピーちゃんの両足を掴む。


足の速いケンタウロスのルルちゃんがその隙にアイちゃんを助け出してそこから離脱。ハピーちゃんを捕まえられるのは極わずかな時間だろうけれど、そこは抜かり無い。


遊具の上では僕とドランくんがジムくんの作った罠である鳥網を持って待機している。


網の両端を持って、下にいるハピーちゃん目掛け飛び降りる僕とドランくん。ドランくんは飛べるので問題無いだろうけれど。僕にしてはかなりの強行突破であり、下手すれば骨折ものだった。


「観念しろーーー!ハピー!!」


ドランくんが勢い良く鳥網を被せる。


しかしそこはハピーちゃん。間一髪の所でタロくんの拘束を解き、寸前で鳥網を交わすと一歩前へと踏み出した。


良し。ここまでは計算通りである。上には鳥網を持った僕達がいるので、必然的に飛び上がることは出来ない。


ハピーちゃんが踏み出したそこには、ジムくんが地中に仕掛けた罠があるのだ。どんな罠かは仕掛けたジムくんしか知らないが、かなりの自信作らしく「鳥女が掛かりさえすればこっちのもんだ!」と豪語していた。


そのジムくんの自信作である地中のブービートラップに、一歩ハピーちゃんが足を踏み入れたその時───


ガシャン!!!


と言う大きな音と共に、罠が発動した。


それは鋭いギザギザの歯が特徴的なトラバサミだった。小さい物でも人間が掛かれば足の骨を砕く威力を持っていると言うのに、地面から勢い良く飛び出したそのトラバサミは、僕の知っている物とは違い、捕まれば下半身の骨を丸ごと砕いてしまうんでは無いかと思う程に大きかった。


僕がその巨大なトラバサミに目を丸くして驚いている間に、ハピーちゃんはその罠をクルリと前転で交わすと、次に仕掛けられていた有刺鉄線が張り巡らされた落とし穴も難無く回避。


そして、その先の括り罠も身体を器用に捻る事で避けきった。


一体ジムくんがいくつブービートラップを仕掛けたのかは分からないが、これはもはや捕獲用罠では無く殺傷用罠である。

捕まれば確実に無傷では済まない。


「石田!左だ!!」


罠を仕掛けたジムくんが僕の背後から叫ぶ。僕はポケットに忍ばせていたハピーちゃんの好物である木の実を取り出すと、親指で左方向に弾き、彼女の意識を左に向ける。


「わー!アシの実だー。」


こんな状況下でも僕の弾いた木の実を見付け、それを食べようと左へと旋回したハピーちゃんの素早い動きが止まった。


何事かと思えば、ハピーちゃんの足元には粘着罠が仕掛けられていた。鳥黐か。


「え、なになにー!ベタベタするー。」


その鳥網は普通のモチノキから採取した樹皮では無いらしく、ハピーちゃんはバタバタと暴れながらもジムくんお手製である強力な鳥黐からは逃れようが無いみたいだった。


「よし!捕まえたぞー!」


ドランくんが意気揚々とそう言いながらハピーちゃんに駆け寄ろうとしたその時


「待て!ドラン!そこにはっ!」


ビリビリビリビリ───!!!


一瞬、眩しく光ったかと思うとドランくんはその場に倒れ込んでいた。


「そこには、電気罠が…。」


倒れたドランくんを見て、ジムくんは力なくそう言った。

そして同じく駆け寄って来たルルちゃんとアイちゃんも…


「お前等!来るな!そこにはっ!」


ガコンッ!!!


地面から突如現れた大きな籠の中で、その衝撃と共に気絶した。


「そこには…カルバートトラップが…。」


そしてハピーちゃんを縛る為にいそいそと縄を運んできたベンヌくん。彼も当然……


「ベンヌ!止まれ!そこには地雷がっ!」


木っ端微塵にぶっ飛んだ。


「ジムくん、一体いくつ罠を仕込んだの!?」


僕は生き残る者が少なくなってしまった中、唖然としているジムくんを見た。


「いや、あの地雷で最後だ。」

「本気すぎて先生ビックリだよ!」


ジムくんは申し訳なさそうに頭を掻きながら、ハピーちゃんに近づく。まぁとりあえずハピーちゃんを捕まえる事に成功したとは言え、この惨状には目を覆いたくなるものがある。

レイミアさんが見たらなんて言うか…。今は考えたくないな。


「まぁ仕掛け過ぎたのは謝るが…こうして結果的に鳥女を捕まえられたんだ。石田、それだけで俺様達の勝利と言え───


バチンッ──!!!!


「って、ジムくーーーん!!」


あと数歩でハピーちゃんに辿り着くと思った矢先、ジムくんは地面に埋められた輪っかに足を取られ、吊し上げられた。


「こ…ここにも括り罠を仕掛けたんだった……。」


それがジムくんの最後の言葉だった。


そして僕は慌ててジムくんに駆け寄ろうと走り出した時、誤ってドランくんの尾を踏んでしまった。


電気罠で意識を失っていたとは言え、尾を踏まれたドランくんの口からは容赦なく炎が吹き出された。


「あ……。」


その炎は鳥網の中でバタバタともがいていたハピーちゃんに直撃。ハーピーはその性質が鳥である為、炎属性には弱いのだ。


意識を失ったハピーちゃんを鳥黐から引き剥がし、その身体を無言で遊具に縛り付けた僕はもう何が何だか分からず、高らかに勝鬨かちどきを上げた。


まさに外道の魔王軍である。

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