第33話 魔勇隠れんぼ


魔勇隠れんぼ【まゆうかくれんぼ】


それは一人の勇者を決め、残りは魔王軍となり勇者が魔王軍を追い掛け、見つけ出すと言う遊び。

僕のいた世界で言う隠れんぼである。


ここで普通の隠れんぼと違う点は、捕まった魔王軍は勇者によって敵にも味方にもなると言う所だ。


勇者は捕まえた魔王軍を【説得】または【拷問】する事ができ、【説得】に成功すれば味方、つまり勇者パーティーの一員となり魔王軍を捕まえる役に回る。


【拷問】に成功すれば、魔王軍にいる者の隠れている場所を吐かせられる。そのどちらにも屈しなかった場所は【捕虜】となり、まだ捕まっていない魔王軍が助けに来るのを待てるのである。


ちなみに【拷問】に屈してしまった魔王軍は勇者パーティーに入る事も助けてもらう事も出来ない。なぜならそれはもう敵でも味方でも無いからだ。しかしここでまた【拷問】に屈したとは言え、上手く取り繕えば勇者パーティーのスパイになる事も可能。


心を読み、いかに相手を屈服させるか。

仲間を信じて拷問に耐え、来るか分からない助けを待つか。

早々に裏切り、口八丁で取り入りスパイになるか。


と言った子供が遊ぶには些かシュールで暗い心理戦にとんだゲームだ。


「最近、流行ってるのよね魔勇隠れんぼ。」

「そうなんですか?こんな不条理で超現実的な隠れんぼが?」


勇者となり、数を数えているハピーちゃんを見守りながら僕とレイミアさんは談笑していた。5秒まで数えると、また1に戻っているように見えるけれど大丈夫だろうか?


「まぁみんな勇者をやりたがらないから、中々遊べないみたいだけれど。」

「一様は自分達の敵…ですもんね。ハピーちゃんは率先して勇者やってますけど。」

「あの子はみんなが楽しければいいってタイプだから…あんまりそう言うのは気にしていないみたいね。」

「流石、遊びのプロですね。」


既に5秒を何回か数えているハピーちゃんだが、子供達はすでに各自隠れ終わっていそうだった。


「他にも魔勇まゆう鬼ごっこって言うのもあるんだけれど…捕まると食べられちゃうから、余っ程の時以外やらないわね。」

「今日の晩ご飯バージョンって本当にあったんだ!?」

「それはそうと、先生。私達も隠れなきゃ。」


そう言って悪戯に小さく微笑むレイミアさん。シュルシュルと音を立てずにグラウンドを進む姿を見て、今日も僕は体力を使い切る覚悟をしたのだった。










「きーちゃん。僕ちゃんは手荒な真似はしたくないんだよー。お願いだから仲間になってー。」


僕は隠れて10秒で速攻捕まっていた。と言うか飛べるのはずるくないだろうか?割と童心に返った気持ちでわくわくしながら隠れたのだけれど。


「ねーねー、きーちゃん。」

「残念だったね、ハピーちゃん。僕は寝返らないし、仲間も売らない!」

「えー、それじゃあ捕虜なのー?助けに来るかなんて分からないよー?」

「いや、来てくれるさ。」

「このまま一年、二年、三年…永遠にここで過ごすことになるかもしれないよー?」

「くっ…例え…例えそうなったとしても…仲間を裏切って命を長らえる方が僕は嫌だ!」

「ちぇー、きーちゃんを拷問するなんて僕ちゃんには出来ないよー。」


僕はグラウンドにある大きな遊具に縛り付けられ、ハピーちゃんと対峙していた。いくら魔物達の遊びとは言え、本当に拷問なんてするはずが無い。そう思い僕は、仲間を売らない勇敢な魔王軍を演じている。これは確かに心做しか楽しい。


「でもなー捕虜になられると助けが来た時に困るしー。爪ぐらいなら剥がしてもいいかなー?」

「え、ちょっ、本気なの?」

「そりゃそうだよー。説得に失敗しちゃったから、僕ちゃん辛いけどきーちゃんの爪を剥がさなきゃー。他の子が隠れてる場所も分からないしねー。」


変わらない笑顔でそう言いながら、僕の靴をテキパキと脱がせるハピーちゃん。ちょっとちょっとちょっと!僕、人間だから!そんな軽く爪剥いで明日には完治!とか無いから!ハピーちゃんの純粋無垢な笑顔がとても怖い。


「ではではきーちゃん。失礼しまーす。」


僕の親指の爪にハピーちゃんの指の爪が食い込み、もう絶体絶命。明日から少しの間は歩くの辛いだろうな、やっぱり僕じゃあ魔物達と遊ぶのは無理があったな、と腹を括り目を強く閉じたその時───


「っおっとっとー。」


ハピーちゃんの屈んでいた地面が急に盛り上がり、それによってバランスを崩したハピーちゃんは一瞬でその腕を羽根に変え上えと飛んだ。僕は粉塵の舞う中、目を開ける。盛り上がった地面の中に何かが見える…。


「……タロ、くん?」


所々に草の生えたその頭は確実にゴーレムのタロくんだった。


「…………………。」


まぁとりあえず返事は無いけれど、地面から突然現れるなんてこんな荒業はタロくんにしか出来ないだろう。


「おい、石田!俺様もいるぞ!」


その声に辺りを見ると、タロくんが起こした砂煙に隠れてジムくんが僕の後ろに立っていた。そしてジムくんは腰に付けているポーチから小さなハサミを取り出すと、僕の縄を素早く切ってくれた。


「助けにきた。逃げるぞ、石田!」

「あ、うん。ありがとう。」

「礼は後だ!あの鳥女は手強い。タロが気を引いている間に一旦ここは引こう。」


僕とジムくんは手を繋ぎ、園内へと駆け出した。振り向くとハピーちゃんはタロくんを捕まえようと何度か降下しているものの、素早く土の中に姿を隠すタロくんに苦戦している様だった。


「全く。開始早々捕まるなんて。石田はこの魔勇隠れんぼの恐ろしさを分かっていないな?」

「あーごめんね、ジムくん。それから…改めて、助けに来てくれてありがとう。」


服についた土を叩き落としながら、仏頂面なジムくんに僕は改めてお礼を言った。


「ま、まぁ仲間だからな。拷問されるの覚悟で俺様達を売らなかったその心意気は…その、評価してやるっ。」


プイっとそっぽを向きながらジムくんは頭をかいた。僕はそんな姿を可愛いな、なんて思いながらもこれからどうしたものかと考えていた。


笑顔で僕の爪を剥ごうとしたハピーちゃん。本気で助けに来てくれたタロくんとジムくん。この隠れんぼは僕が思っていたより何倍も本気まじだ。


あのまま助けが来なければ、僕は確実に爪を持っていかれていただろう。他の子が隠れている場所なんて知らなかったので、数枚は剥がれていたはずだ。


これは僕も本気で取り組まないと本格的にヤバイ。なんだこの自由遊び。自由過ぎだろ!と言うかやっぱり魔界怖い!


「さて…これからどうする、石田。」


ジムくんはちょこんと僕の隣に体操座りしながら、深刻そうにそう言った。もはや僕達は窮地を共に乗り越えた戦友の様だ。


「タロの陽動もそこまで長くは持たないだろうし。ここでこのままじっとしていても、あの鳥女に見つかるのも時間の問題だ…。」

「そうだね。ところでこの隠れんぼってどうやったら終わるの?」


僕の疑問点はそこだった。この殺伐とした隠れんぼの終止符はどう打つのか。それが分からなければ取り組み用がない。


「みんなが勇者に捕まり、最後の一人となった魔王軍が降伏するか…俺様達が勇者を捕まえるか、だな。」

「もう隠れんぼの要素あんまりないね、それ。」


それに前者の終焉はかなり今後のメンタルに堪えそうだ。


「じゃあ、ハピーちゃんを捕まえるのが一番いいのかな?」

「そう簡単にもいかないぞ、石田。」

「そうなの?」


僕はニコニコ笑いながら蟲と戯れる普段のハピーちゃんを想像した。体力は魔王佐藤さんクラスとは言え、あの天然ハピーちゃんを捕まえるのにそれほど苦労するかな?と開始早々捕まった事を棚に上げた僕は、そう思わなくも無い。


「そもそもこの魔勇隠れんぼで勇者を選ぶ奴ってのは、大体そのグループで一番の強者だ。一人で魔王軍を潰そうって言うんだから…。」

「んー、まぁそうなんだろうけど。でもハピーちゃんだよ?」

「石田はあの鳥女の恐ろしさを知らないのか!?」

「え、そんなに怖いの?ハピーちゃん。」


普段は強気なジムくんがここまで言うハピーちゃんとは一体。僕の中のハピーちゃんは天真爛漫でちょっと抜けてるけど、いつもフワフワホワホワしているイメージなんだけれど。


「あれは俺様がまだここに来る前の事だ───」



あ、回想入るんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る