第32話 提案される自由


僕の勘違いで本当に良かったと言うべきか、どうやら胸を痛めるシリアス展開にはならなかった。真実はいつも残酷だけれど、やっぱり知らなくていい真実って言うのもあるんだな。


僕はこの歳になって改めて勉強したのだ。こらからはレイミアさんの憂いた表情は信用しない、と言う事と共に。


「それじゃあみんな、描いた絵は後ろに貼るからねー。」


僕は気持ちを切り替え、みんなの絵を飾る事にした。何とか時間はかかったものの、みんな完成までに至っている。


ドランくんはご健在であるお父さんのアインスさん

ベンヌくんは「寝るのがすきー」と言う事で自身の涎、まぁ既に絵では無い。

アルゲールくんは理想であるワーウルフ…どっかで聞いた名前だ。

タロくんは円かと思ったが、好きな食べ物である石。

ルルちゃんとアイちゃんは悪戯しまくっていた割にはお互いの絵をしっかり描いている。

ジムくんは逃げ回っていたリトちゃんの尻尾。

リトちゃんは画用紙を黒く塗り潰していた。

そしてハピーちゃんは奇抜な森。


何はともあれ全員分揃って、後ろの壁に貼る事が出来た。何も無かった空間に、こうやってみんなの思い出が増えていくのかと思うと中々に感無量だ。これが第一歩、か。少しリトちゃんの絵は気になるけれど、彼女は夢魔なのだからもしかしたら暗闇が好きなのかもしれない。


「ねぇ、先生。私達は描かないの?」

「レイミアさんと僕、ですか?まぁ…普通は描かないんですけど…描きますか?」

「そうね…絵と言うよりは、このクレヨンってものに興味があるんだけどね。」


レイミアさんは興味津々にクレヨンを一本手に取り眺めた。そう思えばこういった備品なんかは魔王佐藤さんがその魔力を行使して、レイミアさんが知識を駆使して作ってくれているのだけれど実際問題、彼女達が使った事や見たことが無いものがあったりする。


クレヨンもその内だ。書く道具は一様あるものの魔族は自分の魔力で書くので使わないらしいし、あっても黒一択。


こんなにカラフルな筆記道具は無いらしいのだ。試しにお絵描きに集中していたドランくんに聞いて見れば、普段は岩に爪で彫って描くと言っていた。又は枝で地面に描くらしい。そりゃあ知識のあるレイミアさんでも興味津々な訳だ。


「それじゃあ何枚か画用紙持って帰って、魔王城で描いてみますか。」

「良い案ね、先生。きっと佐藤様も喜びそうだわ。」

「あれ?レイミアさん、魔王さんのこと佐藤さん呼びに変えたんですか?」

「ええ、今日から変えることになると思うのよね。」


なんだか会話が噛み合わなかった様な気もするけれど、カラカラと舌を出して妖艶に笑うレイミアさんの事だ、きっと何か分かってるんだろう。本当に敵には回したくないタイプの人だ。いや、蛇か。


「それは帰ったら分かるとして…今日はこの後何をするのかしら、先生?」

「そうですね…お昼前に、自由遊びでもと考えていたんですけど…あの子達の自由遊びってちょっと怖い結果になりそうな…。」


そう、僕は昨日の出勤時で体験しているのだ。彼等の体力は人間の子供達のそれとは、まるで比べ物にならないって事を…。

遊び方のスケールがまるで企画外なのだ。


プレイルームでお城作りしている内はまだ良かったのだけれど、みんな揃ったし午後はグラウンドで遊ぼうと言ってしまったのが運の尽き。


もはやここが戦場なのでは?と思ってしまう程、その遊び方は豪快かつ大胆だった。そしてさんざん遊び散らかして半壊したグラウンドが一晩で直ってるんだから、やっぱり魔王佐藤さんの魔力って凄いんだな…と改めて実感する。


きっとハピーちゃんが派手にぶち壊した屋根や教室も、明日には直ってる事だろう。


「あ、ハピーちゃん。」


そうだ、遊びの天才。体力馬鹿のハピーちゃんが今日はいるではないか!


「これは…いける…!」

「どうしたのー?きーちゃん。」


名前を読んだのが聞こえたのか、僕の隣にパタパタと寄ってきたハピーちゃん。緑色のくせっ毛がふわりと揺れる。


「先生が体力馬鹿のハピーに自由遊びを任せたいんですって。」

「ちょっ!レイミアさん!」


心の中で体力馬鹿って言ったのがバレてた。


「わぁー!いいのー?それって次は僕ちゃんが授業ってのをするってことー?」


体力馬鹿なんて単語を一切気にせず、ハピーちゃんはとても嬉しそに大きな瞳を期待と喜びに輝かせていた。


「あ、うん。僕達も一緒に付いてるけど…そう、この園内での自由遊びはハピーちゃんにしか頼めない重要で重大な授業なんだ。」

「おおーーーう。なんか僕ちゃん先生みたーい。」

「いや、一様は先生なんだよ。」

「よーし、任せてきーちゃん。こう見えて遊ぶのは僕ちゃん大得意だからねー。」


そう言いながらハピーちゃんは腰に左手を当て、僕の目の前で右手の親指を立てた。そのグッジョブを今は信じることにしよう。


「みんなー!僕ちゃんと一緒に外に出るよー遊ぶよー!」


そしてハピーちゃんが教室にいるみんなにそう声をかける。やっぱり外での遊びに一番食いついたのはドランくんだ。


「みんなで遊ぶのか!何して遊ぶ!?」


次いで起きてきたベンヌくんが


「ふぁ~あ。お昼寝、とかどうかなー?」


と提案したのをきっかけに


「「魔勇まゆう鬼ごっこ。捕まったら今日の晩ご飯バージョン。」」


と、物騒な事を言い出したルルちゃんとアイちゃん。そんな子供みたいにはしゃげるかよ、とかっこつけるジムくんに安定して夜の遊びを連呼するリトちゃん。赤面して慌てるジムくんの横で石を貪るタロくん。


うん、相変わらず笑える程まとまりがない。


「そうだねー…魔勇まゆう隠れんぼにしよー!」


そんな、僕では到底まとめられない自由な空気を制したのは、もちろん遊びの天才ハピーちゃんだった。

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