第31話 認めたく無い事は大体真実


こうして魔界での仕事も2日目を迎える。だからなんだって話だし、慣れる事はまだ無い。


「こらー!ルルちゃん!アイちゃん!アルゲールくんの目をクレヨンで刺そうとしないっ!」

「「先生。殺しては無いよ?」」

「いやいやそう言う問題じゃないんだけど…ってアルゲールくん、どこ行くの!?」


春の遠足について少し触れた後、幼稚園さながらお絵描きタイムを取っていたのだけれど、どうもみんな静かにお絵描きをしてくれるタイプじゃないみたいだ。


目を離せばルルちゃんアイちゃんは持った物を凶器にしようとするし、タロくんは石を描くつもりが食べちゃうし、ジムくんはリトちゃんを描こうと追い掛け回してるし、言わずもがなベンヌくんは画用紙の上で爆睡。アルゲールくんは逃げた。もうしっちゃかめっちゃかだ。


意外にも熱中しているのがドランくんだった。人一倍元気っ子で、外を駆け回るのが好きな子だと思っていたけれど…真面目に画用紙と向き合って静かにお絵描きしてくれていた。


ちなみに今日のお絵描きのテーマは

"自分が一番好きなもの"


食べ物でも場所でも風景でも、思い出でも物でも者でもいい。みんなの好きなものとなれば、それぞれ個性も出るだろうし何より僕がみんなを知れるきっかけになる。


「レイミアさん、とりあえずここ頼めますか?ちょっとアルゲールくん探して来ます。」

「分かったわ、先生。きっとグラウンドの遊具の方じゃないかしら?」


レイミアさんの助言を有難く頂き、グラウンドへ向かう。教室を出る時ハピーちゃんに目をやれば、彼女も何やら楽しそうに絵を描いていた。ちょっと個性的過ぎてアレだったので何を描いているのかは凡人の僕には分からなかったけど。本人が楽しそうならそれでいいか、と思う。


それはそうとアルゲールくんだ。レイミアさんのお陰で簡単には見つけ出せた訳だけど。案の定と言うべきか、泣き出してしまっていた。僕はなんとかこうにかどうにかこうにかアルゲールくんをなだめ、ルルちゃんとアイちゃんにごめんなさいをして貰う約束で、教室へと戻った。


まぁ二人は素直にごめんなさいしたのだけれど、これはまた悪いと思っていないやつだなと思った。アルゲールくんが納得したので今回は良かったけど。彼女達の反応を見るに、これはただの悪戯なのだろう。


目にクレヨンを突き刺そうとするなんて、どんな悪戯なんだって感じだけど。アルゲールくんも「ビックリしただけだから。」とか言っていたし、僕は魔物の悪戯レベルの高さに驚愕した。


レイミアさんいわく、ベンヌくんとまではいかないものの多少の怪我や傷なら魔物や魔族は簡単に治してしまうらしい。僕にはまだ分からない魔力ってやつの力なのだろうか?それでもクレヨン目潰しは嫌だけど。それを分かっているからルルちゃんとアイちゃんの悪戯はかなり度が過ぎているのか…理解はしたが納得し難い事実である。


「見て見てー、きーちゃん。」


するとハピーちゃんが絵を描き終わったのか、僕の所へその画伯ばりに奇抜で個性的な絵を持ってきた。もう子供達に混じって、と言うより子供だ。


「それがハピーちゃんの好きなもの?」

「そうだよー、森。」

「森…だったんだそれ。」


森と断言した割には緑を一切使っていないその奇抜な配色に、僕は魔界の森の恐ろしさを知った。


「石田先生!俺も出来たっ!」


二番手は真面目にお絵描きしていたドランくん。


「これは…」

「そう!父上だ!」


なるほど。魔王軍第二騎士団に所属していると言うドランくんのお父さん、アインスさんか。


「父上はこの世で一番強くてかっこいーんだ!いつも戦場では最前線で戦ってるし、倒した敵も一番多いんだぞ!今も魔王様のために一生懸命頑張ってるんだ!凄いだろー!俺は父上が一番好きなものだ!」


あぁ、駄目だ…シリアス展開にはなりたくないのに胸が痛い。この眩しい笑顔に押し潰されそうになる。事実を伝えるのが遅くなればなるほど、知った時の衝撃は大きいだろう。


せっかくみんなと少しづつ仲良くなれて来ている今、これを伝えてしまうのは僕としても辛いけれど…目の前のドランくんを見ていると、先延ばしにする方が残酷なのではないかと思えた。ここは心を鬼にして、ドランくんにアインスさんが亡くなった事実を僕が伝えなければ。


その後で優しく抱きしめてあげればいいじゃないか。お父さんは亡くなってしまったけれど僕がいるから、と。代わりには決してなれないけれど、僕やレイミアさん、ハピーちゃんや友達達がついてるから、と。


「あらーアインスにそっくりね。つい一昨日、そんな感じで勇者軍の剣士を食べてたわよ。ドランくん、絵が上手なのね。」


ん?


つい一昨日?


つい一昨日そんな感じで?


剣士を食べ……え?


「えぇーーーーーー!!!」

「どうしたの、先生。そんな大きな声を出して。昨日から流行ってるの?それ。」

「え、ちょっ、ドランくんのお父さんって亡くなったんじゃ!?」

「あら?何を言ってるのかしら、先生。ドランくんのお父さんは今も健在で、それはそれは今日も勇者軍を喰い散らかしてると思うけれど?」

「だ、だってレイミアさん!昨日アインスさんの話した時、顔が曇ってたって言うか憂いてたって言うか"惜しい戦友を亡くしたわ"みたいな顔してたじゃないですか!」

「したかしら?」

「してましたよ!だから僕、てっきり…ドランくんに真実を伝えなきゃって。辛いけれど、受け止めて一緒に頑張って行こうって…。」

「まぁ…ある意味で真実は残酷…ね。」


それってつまり…。無事ではあるけれど五体満足じゃない、だとかそう言った意味だろうか?それならそれで残酷だけど。命あっての物種なんて言葉もある位だから、亡くなっているよりはまだ幾らかマシだろう。


「ドランくんのお父さん、アインスはね…」


レイミアさんはドランくんに聞こえない様、僕の耳元で小さく囁いた。


「究極のマゾなのよ、先生。」

「え?」

「流石の先生でも意味は分かるでしょう?マゾ。ドMの範疇を凌駕する位の、マゾ。」


僕の耳元でマゾを連呼するのは止めていただきたい。いくら僕でも意味は分かる。


「だからいつも最前線で戦ってるのよ。打たれるのが好きだから。一番戦歴が長いのも、勝利数が多いのも戦いが好きだからじゃないのよ…マゾだからただ単に前に出たいの。」


え、何その真実。いや確かにこんな事、実の息子であるドランくんには口が裂けても言えないけれども。あの顔は"あぁ、この子あの変態マゾの息子なんだ"と思って曇ってただけ!?


「当たり前じゃない、先生。他にどんな意味があるのかしら?」

「いや、あの…なんかごめんなさい。」

「あんなに純粋無垢に父親を慕うドランくんに"貴方のお父さんは変態のマゾだから最前線に立って活躍してるのよ"なんて…流石の私だって顔の一つや二つ曇るわよ?」

「まぁ、そうですよね。」


僕は苦い顔をしながら落胆した。落胆と同時に安心もしたけれど、最前線で戦う気高く気品溢れる白銀のドラゴンが、喜び打ちひしがれながら息を荒くして勇者軍の攻撃を受ける姿を想像すれば…その安心も不安に変わるだろう。僕の痛めた胸が更に痛くなる。


「なになに!父上の話しなら俺も混ぜてくれっ!」


描いた絵をパタパタさせながら、父の栄光と華々しさを信じて止まないドランくんの目を、僕はもちろん直視出来なかった。

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