第30話 眠らない暴れん坊


「はい!と言う事で一週間後に春の遠足が決まりました。」


僕はプレイルームにみんなを集め、今朝話した"春の遠足"について軽くレクチャーをしていた。とは言えもちろんみんな意味は分からずキョトン顔である。


「石田先生!春の遠足ってなに?」


一番に食いついてきたのはやはりと言うべきかドランくんだった。白銀の尻尾を左右に振りながらキラキラした瞳で僕を見上げる。


「みんなでお弁当…ご飯を持って少し遠出しに行くんだよ。」

「「旅?みんなで?」」


ルルちゃんとアイちゃんは相変わらず物分りが良いものの、どうしてそれをするのかは分からない。と言った風だった。


「そそ外で、ご飯なんて。え、衛生的に大丈夫なのっ?」


単眼のアルゲールくんはどこで覚えてきたのか衛生面を心配しているし、不死鳥のベンヌくんに至っては少しウトウトしている。あ、身体治ったんだ。よかった。


「先生、私も少しその"遠足"って言うのは聞いた事が有るけれど…どこか行く場所みたいなのがいるのよね?」

「あ、あたしも!それぐらい知ってるわよ、先生ぇ!」


そしてなぜかレイミアさんに対抗するリトちゃん。昨日二人でいた時に何かあったのか、興奮気味に手を上げる。これはリトちゃん…本物の妖艶を体験したな?


「実はまだ決まって無いんですけど…僕もこの辺りは魔王城とこの施設しか知らないし、良い機会かなと思って。みんなも昨日初めてあったお友達と仲良くなれるチャンスだよ!」

「仲良くなれる…チャンス?」


そんな僕の言葉にチラチラとリトちゃんを見るジムくん。実に分かりやすくて微笑ましい。僕にもこんな頃があったか無かったか。


「あら先生。それならハピーに聞いてみたらどうかしら?」


対抗してきたリトちゃんにカラカラと笑いかけながら、レイミアさんはそんな事を提案した。大人の余裕である。


「あ、そう言えばハピーちゃん。今何してるんですか?」


昨日の夜も今朝も魔王城で見かけなかったので、もしかしたらここに来れば会えるんじゃないかと踏んでいたのだけれど。二日目にして遅刻?いや、ハピーちゃんの事だから忘れているだけなのかも。


「ハピーなら……あ、来たわよ、先生。」


そうレイミアさんが言うのが早いか、プレイルームの天井が落ちた。いや天井とハピーちゃんが落ちてきた。


「みんなーおはようだねー。僕ちゃんちょっと勢い余って入り方間違えちゃったねー。」

「元気にも程があるっ!」


パタパタと自分にかかったホコリを払いながら、瓦礫から這い出てくるハピーちゃんに、おはようよろしく突っ込んだ僕だった。


肩から手首まである緑色のグレデーションがかった羽根を器用にふるふる振りながら縮めてゆくハピーちゃん。なるほど、羽根から手へと変化させられるのか。これなら日常生活で支障もないし細かい作業も字も書けるな。これは魔物大全集には載ってなかったので少し驚いた。


「っじゃなくて!おはようハピーちゃん!」


いやそれも違う!


「あらー、きーちゃんおはようだねー。」


知らない間にハピーちゃんに謎のあだ名を付けられていた。


「ハピーおはよう!」

「おおおおおはようございますっ。」

「「おハピー。」」

「鳥女、おはようだな。」

「ハピーちゃん、おはよう~」


そして子供達とも馴染んでいた。


「ハピーちゃん、みんなと面識あったの?」

「んー。」


もしかして魔王佐藤さんとレイミアさんの予想通り、昨晩は一緒に遊んでいたのだろうか?


「んー?僕ちゃんなんで知ってるんだっけー?」


まさかのそこを忘れてしまっていては本末転倒だ。子供達に囲まれながら、軽く頭を傾げるハピーちゃん。謎多き不思議っ子。もしかしてレイミアさん、この忘れん坊さんに遠足の場所を聞けと仰る?僕はチラリとレイミアさんを見る。


そして、そんな僕の杞憂をお見通しとばかりにカラカラと舌を出して微笑むレイミアさん。人が、いや蛇が悪い。


「ハピーはね、きっとこの魔界の有りと有らゆる場所を知っているし、この魔界にいる有りと有らゆる魔物や魔族と知り合いなのよ。本人が覚えていないだけで、ね。」


レイミアさんは子供達に混じって遊び始めたハピーちゃんを優しく見守りながら、少し儚げにそう言った。


「ああ言う性格だから、どこにでも行けちゃうし誰とでも仲良くなっちゃうのよね。」

「だけど忘れてしまう。」


それはとても繊細で儚い一瞬だろう。

あんなに楽しそうに笑っている今を、明日には、いや数時間後には忘れてしまうなんて。そんな忘れた事さえ忘れるから、あんなに無垢に笑えているのか僕には分からないけれど。少しだけ胸の痛む話だ。これ、シリアス回じゃないのに。


「あ、でも僕思うんですけど…」

「何かしら?先生。」

「ハピーちゃんって忘れっぽいと言うか、記憶の引き出し方が苦手なだけなんじゃ…?」


子供達と戯れるハピーちゃんを見つめながら、一瞬だけ切ない感傷に浸ったけれど、僕は昨日の晩から思っていた。ハピーちゃんは自分の名前やレイミアさんの事、そして魔王佐藤さんや僕の事は覚えている。そしてこの施設の場所も。伝達係をしていた時の話を聞いていても、魔王城には帰って来ていたりするのだ。


もしかして余りにも膨大な体力で色々な事を一日に経験し過ぎ、情報を記憶してしまうから、頭の中で整理整頓が追いついていないだけなんじゃないだろうか?と。


ハピーちゃんにとって一日は24時間じゃなくて、一生。なんじゃないだろうか?と。ほとんど眠らないのも原因だろう。昨日の事が整理できない内にまた新しい、それも僕では想像つかないほど沢山の記憶が流れこんで来るのだ。忘れて…いや思い出せなくて当然である。


「なるほど…ね。考えた事も無かったわ……。」

「レイミアさん?」

「先生。貴方ってやっぱり………」


「「先生。ハピーが机壊した。」」


何かを言いかけたレイミアさんを遮ったのはルルちゃんアイちゃんだった。見れば机に見事ダイブをかましているハピーちゃん。天井は落ち、机は殆どは半壊、なんだこの初日よりカオスな惨状は!


「レイミアさん、すいません。ちょっと…」


僕はハピーちゃんに駆け寄る。机から引っ張り出したハピーちゃんは「勢いがねー」と柔らかく笑っていた。勢いでしか生きていないのかこの子は。それでも怪我なんて無く、周りでその惨状を笑う子供達と微笑むハピーちゃんに釣られて、僕もついつい笑ってしまった。


「あー、きーちゃんの笑顔。初めて見たんだねー。」



笑った僕を見てそう言った彼女は

僕の事をやっぱり覚えていて、忘れっぽいだけじゃないんだって事を確信させてくれた。

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