第29話 真面目に働こうの集い
結局の所、僕は特に初勤の報告をする事もなくその日を終えた。鈴木さんはお風呂で済ませたのだろうと思っていたのか(本当にごめんなさい。)これと言って何も聞いて来なかったし、レイミアさんは一緒に働いていたのだから聞くまでもない。
それに気付いたのは夕食が終わり、自分の部屋に戻った時だった。なんたる不覚、である。ついつい魔王佐藤さんの軽口やレイミアさんの雑談に聞き入ってしまって、楽しい気分で就寝してしまった。
そして翌日。朝食を食べるために大食堂に顔を出した僕は、魔王佐藤さんの"まじで仕事したくない"と言う愚痴を聞きながらベーコンエッグを食べていた。
「はーあ。おい、石田。なんかヤル気湧くような楽しい話ないかー?」
「佐藤様。お言葉ですが、朝からそんな都合の良い話がある訳無いでしょう?」
まだ頭が目覚めきっていない僕の代わりに、鈴木さんが魔王佐藤さんに答える。魔界に来て数日しか経たない僕に、ヤル気の泉の場所を聞くのは間違ってる、うん。僕はまだこの魔王城と児童養護施設しか知らないのだから。
そう言えば、働き出したら少しこの辺りを見て周りたいなぁなんて考えていた気がする。その考えに添ってか僕の世界にある幼稚園や保育園では"春の遠足"なんて行事があったな…。
入園してまだ間もないこの時期に、同じクラスや園の子と仲良くなれる行事でもあり、団体行動を学ぶ良い機会だ。魔界に四季があるのかは分からないけれど、提案してみるのも一つの手だろう。僕も子供達と遠足だなんて久しぶりだし、一緒に近場を知る手立てにもなる。
「遠足…か…。」
僕は何気なしに呟いた。
もちろんその小さな呟きを見逃す魔王佐藤さんでは無い。楽しそうな事に置いては地獄耳なのだ。
「なんだなんだー?エンソクゥ?」
あ、遠足って言葉もここには無いのか。変な言葉は覚えてるし使うくせに遠足を知らないのも不思議だけれど、僕はなるべく近いニュアンスで伝える。
「遠足って言うのは…なんて言うか、皆で行くお手軽な旅?みたいなものですよ。」
「おぉ!!旅だと!?」
「えぇ、僕のいた世界では4月ぐらいに"春の遠足"って言う行事があって…それでみんなと親交を深めたりするんです。」
魔王佐藤さんの目がキラキラとしている。これはかなり好感触。瞳だけじゃなく身体まで乗り出している所を見ると、これは彼の中で"楽しい事"の部類に入る事柄みたいだ。
「よし!石田!旅だ!」
「ちょっ佐藤様!?軍議や執務の方はどうなさるおつもりですか!」
意気揚々と勢い良く立ち上がった魔王佐藤さんを牽制する鈴木さん。
「はい、でたー!出たよ!鈴木の水差す一言!いいじゃん別に一週間ぐらい休んでもっ!」
そんな鈴木さんの一言にドカッと座り直して悪態をつく佐藤さん。いや流石に一週間も春の遠足行かないからね。本気の旅じゃんそれ。
「旅は魔王道連れ、鈴木の世に情けってゆーだろ?」
んん、まぁ少し本来の意味はズレているけれど。その独特的に文字ったことわざからは鈴木さんの情けを求めている魔王佐藤さんの気持ちが良く伝わる。
「私に情けなどありません。」
鈴木さんには全く伝わらないみたいだけど。
「ちっ。詰まらん男よ。鬼畜!悪魔!くそっ!お前悪魔じゃん!」
「あ、でも今日行くって訳じゃないんで…その日までに仕事をある程度終わらせていれば佐藤さんも行けるんじゃあ…ね、鈴木さん?」
すっかり口を尖らせ拗ねてしまった魔王佐藤さんを庇うように、僕はそんな提案と共に鈴木さんの顔色を伺う。何度も言うが骸骨面なので顔色もへったくれも無いのだけれど。
「えぇーーー!それじゃあ我、めっちゃ仕事しなきゃいけないやつじゃん!だる!」
おい!佐藤!そこはしようよ!僕の最大限のフォローを返せ!この駄魔王!
「ふーむ、そうですね。日程の調節をすれば…あるいは佐藤様の同行も可能かと。」
鈴木さんは慣れたものだと言うように駄魔お…魔王佐藤さんの言葉を無視し、顎をさすった。
「佐藤様が今日から真面目に、真剣に、一途に、熱心に!執務をこなして頂ければ。楽しい楽しい旅への参加も可能かと。」
「うーーーーーーむ………。」
テーブルに突っ伏し唸り声を上げる魔王佐藤さん。それ程までに仕事するのが嫌なのかと、もはや感心するレベルだ。ブツブツと「まじかぁ…」と呟く姿は天下の魔王様では無く、母親にアルバイトしろと言われているニートの様だ。
「あの、僕も何かお手伝い出来ることがあれば手伝いますし。」
あまりにも悶絶しているものだから、僕もついつい助け舟を出してしまう。戦争事や軍事会議で僕が力になれる事はないだろうけれど、書類のホッチキス止めぐらいは出来る。微力過ぎて笑えるけれど。
「石田殿もこう言っておられますし。私とて、悪魔ではありますが鬼では御座いません。佐藤様が楽しい楽しい春の遠足に参加されたいのであれば、助力致しますよ。」
さっきから鈴木さんの「楽しい楽しい」に悪意を感じるのは僕だけだろうか?いやしかし、これで魔王佐藤さんがやる気になってくれれば万々歳だ。
「本当か?石田。」
チラリと顔をテーブルから上げ、僕に視線を向ける。
「はい。僕も微力ながらお手伝いしますよ!」
書類のホッチキス止めとか!
「ふぅ……しょうが無い、やるかー。」
大きな溜息と共にではあったが、どうやら腹を括ったらしい。鈴木さんも小さく頷いている。どうやら初めての行事はみんなで参加する大イベントになりそうだ。これは僕も準備に気合を入れなければいけない。
「それじゃあ、日程は大体一週間後ぐらいで大丈夫ですか?」
「そうですね。それだけ時間があればある程度の執務は終わるかと。」
もはや溜息をつく機械と化した魔王佐藤さんを無視し、二人でテキパキと日程を決める。僕の方も一週間あれば、遠足で行く場所も絞れるだろう。
「それじゃあ、しおりが出来たらまた渡しますんで。」
遠足と言えばしおりだ。しおりが遠足の高揚感を高めると言っても過言ではない。魔王佐藤さんはしおりと言う聞き慣れない言葉に一瞬だけ疑問を持っていたけれど、とてもワクワクしているようだった。そして意外や意外、鈴木さんも。
仕事人間だと思っていたけれど、鈴木さんも案外こう言うのが好きなのかもしれない。何せ僕の元いた世界にも何をしに行っているのかは分からないが、ちょくちょく行っているみたいだし。まぁどちらにせよ初遠足はみんな楽しみにするものだよな。
「あっ!そろそろ行かないと。」
僕は食堂に掛けられている大きな振り子時計の時間を確認して、慌てて立ち上がった。
「佐藤様、それでは私達も。」
「エンソクとやらの為だ…働くか。」
魔王佐藤さんもゆっくりと立ち上がる。
「いってらー、石田。」
「行ってらっしゃいませ、石田殿。」
「いってきます。佐藤さん、鈴木さん。」
僕達はそれぞれの職場へと向かった。
一週間後の"春の遠足"を目一杯楽しむために。
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