第28話 忘れ物

お風呂から上がり、一息遅れて食堂へと向かうとそこには魔王佐藤さんとレイミアさん、脇に鈴木さんが控えていた。最近、日常になってきた光景だ。


そこで僕はふと何かが引っ掛かった。なんだろう?この違和感と言うか腑に落ちない、モヤモヤした気持ちは…。何か足りない様な…何かを忘れているような…んんー…


「あぁーーー!!!」


「なんだ!?急大きな声出して!」

「あら?先生、どうしたの?」

「どうかなされましたか、石田殿。」


年甲斐にも無く食堂で大声を上げてしまった僕の顔を、それぞれが不思議そうに見ていた。


「ハピーちゃん!」


そう、思い出した。日常化してきたこの風景に一人足りていない、忘れていた存在を。ドランくんの声に驚いて施設の入口で固まっていたハピーちゃんだ。


「あぁ、ハピー?」


レイミアさんは特に慌てた様子も無く、聞き返す。


「そうですよ、すっかり忘れてましたけど…ハピーちゃんまだ施設にいるんじゃ!?」

「大丈夫、大丈夫。あの子なら。どうせ驚いて固まっていたのも忘れて、今頃遊んでるか蟲でも追いかけてるんじゃないかしら?」

「なんかよく分からんが、あいつなら多分そーしてるだろ。」


レイミアさんも魔王佐藤さんもいつもの事だと言わんばかりの余裕だった。僕は割と慌てたのだけれど、いいのかそれで!?そんな適当な感じで大丈夫なのだろうか?


僕よりハピーちゃんと付き合いの長いであろう二人がそう言うなら、心配ないんだろうけれど…。いやもうそれでいいの?ハピーちゃん!


「そーゆう生き物だからな!」


魔王佐藤さんが笑う。

初対面の時に聞いてはいたけれど、まさかここまで忘れっぽいとは思っていなかった。と言うかそれならハピーちゃんを施設の先生にって無理があるんじゃないだろうか?どうして魔王佐藤さんは彼女を先生に任命したのだろう。


「あのままじゃないなら…いいんですけど…。」

「あら、先生。何かご不満がありそうね?」


レイミアさんはそんな僕に鋭く突っ込む。


「いえ、不満と言うか…失礼かもしれないんですけど…どうして佐藤さんはハピーちゃんを先生にしたのかな…って。」


正直ハピーちゃんは天真爛漫で忘れっぽくて、今日だって固まっていただけだ。レイミアさんならまだしも、子供達に何かを教えるって事は出来なさそうな性格だし、寧ろハピーちゃんがまだ大きな子供の様な気もする。


「んー、あいつはなぁ、遊び相手にどうかなーって!」

「遊び相手?」


魔王佐藤さんは顎に手をやり、何か考えながら言葉を選んだ。


「あいつは、ドが付くほど天然で忘れっぽいんだけどさ、楽しい事を思い付く天才だからな!石田、お前は子供達の世話や教育をするだろ?レイミアはそんなお前の補佐。じゃあ誰が子供達と馬鹿みたいに騒いで遊ぶ?そう!ハピーだ!」

「理には…かなってる…んですかね…。」

「あれだ、あれ。バランスのいいパーティーみたいな?勇者と騎士と遊び人、みたいな的な?」


道理は分かるけれど、そのパーティーなら遊び人じゃなくて魔法使い辺りが欲しい所だ。


「何も考えてないでさー、子供と素直に遊べる奴もいるだろ?」

「まぁ…そうなんですかね。」


まだハピーちゃんと事をよく知らない僕には少し具体的さが欠けるけれど。徐々に分かっていくのだろうか。


「そんな難しい顔すんなよー石田!鈴木が小言言ってる時みたいな顔してるぞ!」


冗談を言って笑っているのは良いとして、ちょっとその顔の変化は分からない。何せ鈴木さんは骸骨面だ。


「石田にもその内ハピーの良さが分かるってもんよ。」


部下に絶対の信頼を寄せているかのように魔王佐藤さんは断言した。確かに一日やそこらで他人の良さなんて分からないのだから、僕の心配も愚考なのかもしれない。


どうやらただのハーレム作りでハピーちゃんやレイミアさんと働く事になった訳でも無さそうだし。魔王佐藤さんはちゃんと考えてこの二人を選んだみたいだ。


「ま、他に誰も居なかったんだけどな!ははは!」

「あら魔王様、それは言っちゃ駄目でしょう?」


笑いながら二人で顔を合わせる姿に、僕はさっきまで考えていた事を訂正したくなった。結局、人材が足りて無かっただけか!


「それでも魔王様の人選は素晴らしいと思うわ。ハピーは体力もあるし、魔物の子供達と遊ぶのにはもってこいよ、先生。」


レイミアさんはチラリと僕の方を見る。まるで今日一日子供達と過ごして、根こそぎ体力を奪われていた僕に"明日は大丈夫?"と言いたげな表情だ。


「リトちゃんなんて、夢魔だから…今も起きてるはずよ?寧ろあの子は夜が本番、かしら?」


怖い怖い。レイミアさん、その挑発するような目を僕に向けないで頂きたい。


「じゃあ…。」

「そうね、もしかしたらハピーが相手しているかもしれないし…そうじゃないかもしれないわね。」

「我は"ハピーがまだ遊んでる"にこの魔ダコのスープを賭ける!」


いつの間にか運ばれていた紫色のスープを指差しながら魔王佐藤さんは言う。その勝負、心の底から勝ちたくない。ちなみに僕のスープはどうやらコーン的なスープみたいだ。良かった、紫じゃない。


「あの子、昔魔王軍にいた頃は伝達係で飛び回っていたけれど…一週間寝ないで飛ぶなんてザラだったものね。」

「伝達係出来るんですね…」


割と失礼な事を言う僕だった。だって忘れっぽいって言うから。


「懐かしいなぁ!そう言えばあいつに頼むのが一番早かったな!たまに忘れるけど!」

「そうそう、たまに道草して寝ちゃってたりねぇ。」

「前線の報告の時など、本隊が帰って来てから伝達が来たりな!」

「電報を忘れて飛んでっちゃったり。」

「来たはいいものの、我に渡し忘れたりなぁ。」

「取りに行くの忘れたりね。」


「………はぁーーー。駄目じゃん。」

「………はぁーーー。駄目ね。」


良い思い出が一つも無かった。二人で溜息を吐きながら遠い目をしている。この先かなり思いやられるパターンの話だ。


「ま、まぁそれでも体力は魔界で一二を争う奴だからな!」

「そ、そうね。体力だけなら魔王様にも匹敵するかもしれないわね。」


フォローが痛々しい。僕はハピーちゃんの昔話に花を咲かせている二人を横目に、静かにスープを飲み干した。これは子供達を含め、前途多難そうだな。

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