第17話 先に砕かれたのは僕じゃない

「おぉーーー、凄い。」


次の日、僕は児童養護施設の前に立ちその全貌を見渡した。そこには無機質なビルやちょっと俗世間離れした魔王城とは違い、オレンジ色の外観に紺色の屋根の乗った可愛らしい建物があった。


門構えはカラフルな色鉛筆が柵になっている手動式。その門の右側には"まおう園 素晴らしの苑"と丸文字で書かれた表札が飾ってあった。堅苦しく児童養護施設と書くよりはマシだろうけれど、このネーミングセンスには驚愕だ。


それでも思っていたよりかなり本格的な、それでいて僕の理想的な建物だった。魔王佐藤さん、やる時はやる男だ。ここで今日から子供達と過ごして行くんだと思うと、昨日感じた不安もよそに、きりの晴れるような喜びに包まれていた。


隣にはラミアのレイミアさんとハーピーのハピーちゃん。魔王佐藤さんの謎の勘違いと配慮から、一緒にここで働く事になった同僚である。まぁ一人よりは二人、二人よりは三人だ。


ハピーちゃんに関しては昨日ワーム達と戦っていた記憶しかないし、まだまだ分からないことが多いけれど、新社会人生活としてはそれは何処に居てもみんな同じだろう。みんなが皆それぞれ新しい仕事や新しい場所で頑張る季節なのだ。それに分からないなんて、向こうもそれは同じだろうし。


「佐藤さん、流石ですね。」

「あら?先生。建物の設計は私なのよ。」

「そうなんですか?」

「当たり前じゃない。無骨な魔王様達にこんな可愛らしい建物創れると思う?」

「はは、それも確かに。」


博識なレイミアさんの事だろうから、僕の元いた世界から何件か保育所や幼稚園を参考にしつつ創ったんだろう。凄くありがたい。レイミアさんのセンスは彼女の部屋以外でも余すことなく発揮される様だ。


そんな可愛らしい児童養護施設にこれから起こるであろう目眩く楽しい日々を色々と想像していると、何やら建物の奥から叫び声が聞こえた。


ギャオォオオォオォォオ!!!!


叫び声と言うより雄叫び?轟?

グラウンドからかしらねぇ?と呑気に言うレイミアさんと音にビックリして固まっているハピーちゃんを置いて、僕は考えより先に施設内に飛び込んだ。


教室の内装をじっくり見る事無く走り過ぎ、グラウンドに出た僕がそこで見たのは地獄絵図。


いやここは魔界だし、地獄絵図なんて和製的な例えもどうかと思うのだけれど。日本人の僕はそう表現せざるを得ない。


大小四本の角を生やし、大きな鱗の並んだ白銀の尻尾を逆立てる男の子。


ピンと立てた耳をくるくる動かしながら前足で地面を蹴る、下半身が馬の女の子。


その馬の女の子の腰辺りにもたれ掛かる上向きで太く立派な角の生えた勝気な瞳の女の子。


そして──────


その牽制し合うかのような両者の間に、倒れる下半身のない小さな身体。


え、なんだこれは。どうなってる?まさかの初日目で子供が一人倒れている。と言うより下半身が無い。意味が分からない。

僕の心がハリネズミのように刺々しく逆立ち、気詰りする。

しかし、立ちすくんだままではいられない。


「ちょっとちょっと!どうした?何があったんだ?」


僕は棒のように固まってしまった足を何度か叩き、無理やり動かす。

そしてその非日常的空間に慌てて駆け寄り、目線が合うように屈んだ。下半身の無い子を見ると、出血は全くしておらず血の代わりに灰をぶちまけた後みたいになっていた。そして上半身はニコニコと両者を見つめている。


「え?」


僕は倒れていた子と目が合う。


「あ、気にしないでー。ぼくフェニックスだから大丈夫だよー。」


いやまぁそんな問題では無いだろうけれど。倒れたフェニックスに、ましてや子供に気を使われてしまった。穏やかに言うには少々発言が過激な気もするけれど、倒れた彼からは日常茶飯事だとでも言いたげなオーラが出ていた。


「お前等!いい加減にしろよなっ!!」

「「いいじゃない、別に。」」


白銀の尻尾をダンダンと地面に叩きつけ怒っている男の子に対し、声を揃え悪びれず言う女の子達。僕はこの状況を整理する為、お互いの間に割って入った。


「どうしてこんな事になったのかな?」


ゆっくりと男の子の顔を覗き込む僕。


「こいつ等、フェニックスが不死だからって!いっつも殺そうとするんだよっ!」


おっとそれはかなりブラックな内容だな。だからこの子は怒っていて、彼は今下半身が無いんだな。確かにいくらフェニックスが不死とは言え、殺そうとするのは良くない。


ましてや理由も無しに。理由があればいいのか?と言うのもまた話は長くなるのだけれど、無いよりはまだマシってだけで駄目なものは駄目だ。

これが親を失ってしまった魔物達の現状なのか、元から備わっている性質なのかは分からない。


「んー、確かにそれはいけない事だね。二人共ちゃんと謝ろっか?」


僕は女の子達に目をやる。


「「どうして?」」

「どうして」

「あたし達だけ」

「「謝らないといけないの?」」


二人は声を揃えて言うと、角の子が馬の子に跨り駆け出し、止める間もなく施設内へ逃げていってしまった。くそ、馬だからか足が速い!僕は怒っている白銀の子と下半身の無いフェニックスの子を置いては行けず、その後ろ姿を見ているしか出来なかった。


どうして、あたし達だけ。


とは一体どう言う意味なのかまだ理解出来ないままに

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