第15話 豆の気持ち
準備万端、順風満帆とは言ったものの
少なからず僕の心の準備は頼りないものだった。
ここへ来てからトントン拍子に話が進み、魔王佐藤さんや鈴木さん、レイミアさん、それに今目の前にいるハピーちゃん
彼等や彼女達にはすんなりと僕と言う存在、人間を受け入れてもらえた。
異世界から教育者を呼ぶとなった時点で
魔王佐藤さんや鈴木さんには少なからず心の準備が出来ていたのかもしれないけれど…。
それにデュラハンの高橋さんだって怪訝そうではあったけれど
出会い頭に仇だなんだのと襲われることはなかったし。
これが大人の対応だと言うのなら
明日会う子供達に、僕はどんな顔で会えばいいのか。
僕はお皿の上の豆を見つめながら小さく溜息をついた。
まるでこの白くて大きなお皿の中に一つある、緑色の異質な存在になったみたいな気持ちだ。
出会ったばかりの面々、それも他種族中の他種族達と食卓を囲んでいるわりに
僕がこんなにも冷静でいられるのは
受け入れる側の体制がしっかりとしていたからだろうし、ここに来た理由も明確だったからだと思う。
これが突然どこかのライトノベルみたいに異世界召喚や異世界転生したのならば
もっと戸惑っていたはずだし、少なからず正気を保てず夕食なんて喉を通らなかったはずだ。
不安に駆られる中、この国の人間では無いと言うのが僕の中にある唯一の希望だ。
だからってすんなり子供達に受け入れられるのかは分からないけれど…
「ねぇ、先生?大丈夫?」
コロコロとお行儀悪く豆を転がす僕を見て
レイミアさんは机をトントンと指で叩きながらそう言った。
「あ、すみません。」
僕は慌てて顔を上げる。
「石田殿、何か煩いごとですか?」
間髪入れずに鈴木さんが僕に聞く。
そんなに不安そうな顔をしていただろうか?
いやしかし悪魔の観察力を侮ってはいけないだろう。
僕の顔色を抜きにしても、本心を見抜くことに一番長けている存在ではあるだろう悪魔なのだから。
「いえ…少しだけ気がかりと言いますか…心配事といいますか…。」
僕は無駄なことだと知りつつも言葉を濁した。
これは僕の性分なのか日本人としての質なのか、気持ちをハッキリと伝えられないのは良くも悪くも…いや、悪い癖だ。
「解決出来る事なら、今話しておいた方が得策じゃないかしら?」
レイミアさんは見透かしたように正論を放つ。
まぁ隠しても仕方の無い事なので、僕はゆっくりと口を開く
「正直、不安なんですよね。」
分かっていたかの様に顔色を変えることの無いレイミアさんと
キョトンとしている魔王佐藤さん、骸骨面なので表情の分からない鈴木さん、そして未だにワーム達と戦っているハピーちゃん。
まぁ反応は予想通りだ。
「フアン?」
その意味も意図も理由も根本も存在さえも分からないとでも言うように口を開いたのは魔王佐藤さんだった。
そりゃあこの地を統べる魔王様なのだから不安なんて感情は理解し難いものなのかもしれないけれど、いくらなんでもその間の抜けた顔は無いだろう。
「恐怖を感じたり期待ともつかない、何か漠然として気味の悪い心的状態や、よくないことが起こるのではないかという感覚の事ですよ。」
「まぁ…気のせい、とも言うわねぇ。」
辞典のような鈴木さんの的確な説明に、ごもっともと言うべき補足をしたレイミアさんは、やはりカラカラと舌を出して笑っていた。
「フアン……か……」
ここまでずっとふざけ倒してきた姿しか見た事のなかった魔王佐藤さんが、言葉に詰まった姿を見て
僕は悪いとは思いながらも微笑んでしまった。
そうだ、この人は駄魔王だけれど
国の事や部下の事を一番に考える、木の芽のように柔らかく優しい人なのだった。
「我にはそのフアンとやら、わからんけどなー…心配ってやつならなんとなーく分かるぞ!だから、なんかあるなら今言っとけ!ほら!相談しろ!」
強引に、竹を叩き割ったかのようにそう促すその豪快さに、今僕の心は救われていた。
「サトウ様もこう仰っておられますし、我々も微力ながら石田殿の憂いを晴らすお手伝いを致しますよ。」
「そうよ、先生。私達、もう骨がらみの関係じゃない?」
いや、骨がらみってもうズブズブじゃないかそれ。
そんな事を言いたくなる気持ちを抑えられたのは、胸が苦しくなるほど嬉しかったからだ。
非日常の現状だけれど、良い職場に就職出来たんだなと改めて思った。
そうして僕はポツポツと話し出す
戦争相手である人間と言う種族の僕が、明日子供達に受け入れられるかどうか、みんな納得出来るのかどうか。
気付けば話の途中で居なくなってしまったハピーちゃんを抜きに、三人は一瞬沈黙した。
空気が重く澱んだような気がしたその直後───
「はっはっはっー!しょーもな!石田!しょーもないぞ!」
と魔王佐藤さんは大爆笑した。
それにつられるようにレイミアさんもいたずらっ子のような目付きで笑った。
心做しか鈴木さんも笑っているように見えるけれど、骸骨面が変わるはずもない。
「え、ちょっ、なんですかみんなして!」
僕は笑われた恥ずかしさを隠すようにみんなに講義した。
「ふふふ、杞憂よ、先生。」
レイミアさんは僕の不安の種を包み込むかの様に優しく、穏やかにそう言った。
耐えようにも耐え切れず、その笑が口角に浮かんでいなければ完璧だったんだろうけど。
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