第13話 事の始まり




サトウ様が消えた。


いや、勿論この世からでは無い。私の目の前からだ。それに気付いた瞬間、その隠密能力の高さと私にも感知できない程に魔力を均一にされているこの変わり身に感心した。

だが感心している場合ではない。


こんな抜け殻同然の変わり身を軍事会議に連れて行った所で何の役にも立たない。一瞬この変わり身を連れていこうかと思ったのだが、いくら怠惰でお馬鹿なサトウ様とは言え、変わり身と御本人では私の中で徹底的な差がある。


私は軍事会議室の前で昨晩から待っていたと思われる高橋デュラハンに、魔王様が逃げたので探せと命を出し、私自身もその捜索に加わる。


相変わらず高橋は何を勘違いしたのか「これこそ我輩の敬愛する魔王様。若輩者である我輩に自ら敵を追跡させる軍事訓練を施して下さるとは。なんと慈悲深く……長いので割愛するとして。そんな事を高らかに叫びつつサトウ様の探索へと向かった。


剣術は一流であり、魔王軍第一騎士団団長でもある高橋だが、魔王様の事となるとどうも解釈がねじ曲がりおむつの回転が弱くなる様だ。

これはこれで扱い易いので別に良いのだが。

さて、その肝心のサトウ様はどこに行ったのか。


答えは簡単だ。レイミアに聞けば良い。


しかし彼女もまた、いつからか高橋とは違った角度で魔王様を尊愛し始めた一人である。きっと聞きに行った所で素直に教えてはくれまい。私もなぜサトウ様が軍事会議から毎度の事逃げ出すのか、その理由は多少なりとも分かっている。


会議が面倒臭い。


それも勿論あるだろう。寧ろ一番の理由はそれだ。サトウ様は現場の事件はお好きだが、会議室での事件はお嫌いなのだ。ではなぜそこまで面倒臭いのか。


本当はもう戦争など止めてしまいたいから。


その一点だ。


元々戦いの好きなサトウ様は人間との戦争が始まる前、ご自身でコロシアムを創り狂戦士バーサーカーや力自慢の魔物を集めてはよく闘いに興じておられた。


それがある事件により起こったこの戦争。

50年程前に殆どの決着が着き、もう人間の世界から手を引こうと思った矢先に現れた勇者達。


サトウ様を筆頭に私達が手を引いた所で、事はもう収拾のつかない収まり所のない事態にまで発展してしまったのである。私達が手を引けば魔界は人間に圧制され魔物達が肩身狭く暮らさねばならなくなる。しかし手を引かず戦い続ければ民や子供達にしわ寄せが生まれる。


どちらに転がっても事態は最悪だ。


そんな状況に嫌気がさしているのだろう。事の発端であるサトウ様御自身にも。


始まりは小さな事件だった。


私達はこう見えて割と温和な種族であり、土地も資源も裕福にあった。その為特に人間界を侵略しようと思う事も人間に関与する事も無く、また彼等も私達を恐れ、時には敬意を払い、祀り、祈り、関わってくる事は無かった。


お互いに良い距離を保っていたのだ。


しかし100年程前、その事件は起こってしまった。


その日もサトウ様は御自身で創られたコロシアムにて闘いに興じておられ、魔物や魔族達の興奮も最高潮に達し、いつになくその試合は盛り上がっていた。

そんな時、サトウ様に一報が入ったのだ。


北の山脈を守っていたドラゴンの卵が人間に盗まれた、と。


卵を放ったらかしてコロシアムに来ていた当時の母ドラゴンもどうかと思うが、まさか人間が高等種族であるドラゴンの卵を盗むだなんて誰が考えるだろう。

現に私もサトウ様も実に驚いた。当然その卵の生みの親であるドラゴンもだ。ドラゴンの卵は羽化しなければ龍血晶となる。私達にとって無価値なそれは人間界で高価に取引されるらしく、それを狙っての犯行だった。


サトウ様は興奮し荒ぶる魔物と魔族を抑え込み、魔界に住む全ての種族の長として、その卵を盗んだ人間である盗賊と話し合いに行く事となった。


しかし魔王であるサトウ様の登場によりその盗賊達は困惑、混乱し、どうせ殺されるならと盗んだ卵を叩き割ってしまったのだ。


サトウ様は話し合いに行っただけであり、殺す気など微塵も無かったにも関わらず…。まぁサトウ様の事だ、きっと言葉を上手く纏められずオロオロして余計に盗賊達を脅かしてしまったのだろう。そんなお姿が目に浮かぶ。あの時私がお側についていればと、どれほど後悔した事だろう。


そして子供を殺され怒り狂った母ドラゴンが怒涛の勢いで近くの村を破壊し尽くし、全焼させたのだ。


サトウ様は人間と対立することを望んではいなかったが、その時ドラゴンを止めようとはしなかった。その実力があれば止める事は容易かっただろう。しかし御自身が交渉に失敗した負い目もあってか、サトウ様は燃え尽きる村をただただ見ていただけだった。


そうして始まったのがこの度の戦争である。


それから人間達は私達の見ていない所で、まだ子供である魔物や魔族をこそこそと狙い攻撃して来た。

私達はその度に村や街を破壊。


人間から多少の反発や反撃はあったものの、お互いの実力差は天と地より広かった。魔王軍の侵略は事なく進み、ここまで制圧すればもう逆らっては来ないだろうと思った時。


現れたのは勇者だったのだ。


勇者が現れてからの戦いはこれまでとは違い激戦を強いられた。沢山の血が流れ、その度にサトウ様は戦争を止めると言い、しかし倒される同胞を思えばそれも叶わず…


そんな負の連鎖が今日までずっと続いているのだ。

最近の口癖は目下"戦争止めたい"である。


現に私とて戦いを好む性格ではない。確かに好戦的な魔物も多く存在しているが、何も自分の生活を脅かし家族を不幸にしてまで戦いたい者などいないのだ。だからコロシアムで満足していた。


それが今や、何を誰の為どうして何の為に戦っているのか分からない状態。

何かを守りたいのか人間が憎いのか、もう分かっていない。


それに戦果に身を置くものはだんだんと心も荒むだろう。本来の目的を見失い、暴走している魔物もいると聞く。本当にこのままではいけないのだ。子供達の事を含め、この国の事も含め。


だからこそ、面倒臭くてもサトウ様には軍事会議に出席して頂かなければならない。


子供達の事は石田殿に多少任せるとして、この国の事に関してはやはり魔王様。サトウ様に一任があるのだから。

戦争を止めたいのなら、それはそれでどうすべきか話し合わなくてはならない。まぁサトウ様が一番それを理解し、責任を感じておられるのも分かる。今回の異世界からの新たなる人間召喚や、ジドウヨウゴシセツ建設に対しては珍しく張り切っているのがその証拠だ。

…だから取り敢えず人間側に話し合う意思がないのなら、国内の暴走する魔物達だけでも轡を握っておかなければ。


「仕方無いですね。奥の手を使いますか。」


私は一息つき、小さな声で囁いた。


サトウ様を難なく捕まえる事ができる魔法の呪文を………


「晩ご飯抜きにしますよ。」

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