第8話 需要と供給の成立

デュラハンさんの名前を勝手に高橋さんに決めたとこで、他の部下にも名前を決めてやろう!と意気込み、盛り上がり始めた魔王佐藤さんを鈴木さんが「明日からは本格的に大仕事が待っておりますので。」と遮り、僕を魔王佐藤さんから引き離してくれた。

危うくあのままでは、朝まで命名式と洒落こみそうな勢いだったので凄く助かった。


魔王佐藤さんはそんな鈴木さんに文句を言いつつも、僕の日本名チョイスをいたく気に入ったらしく、名札まで制作し立て札として王座の脇に添えていた。かなりシュールな魔王の王座となったけれどまぁ僕の知った事では無い。


大広間を出て、鈴木さんに案内されながら広く長い廊下を歩く僕。ちなみに僕は、異世界から急に呼ばれた(召喚された?)と言う事もあってこっちの世界に家なんて無い。どうやって自分の元いた世界からこの世界に通勤しようかと考えていたのだけれど、鈴木さん曰く、客間を僕の部屋へ改装してくれているらしい。今後はそこに住んで良いとの事だった。



望んだ就職先とまでは行かなかったが、トントン拍子に就職も決まり。それがまさかこんな魔王城で寮付きだなんて。新社会人としては至れり尽くせり。割と幸運である。幸運の基準値レベルが僕の中で下がっているのは致し方ない。


「ところで石田殿。」


廊下を着いていく僕に鈴木さんは静かに呼び掛けた。無機質な廊下に骸骨面でくぐもった声が響き、ここに来て初めて、少しだけ背筋がゾクリとする。


「先程、サトウ様が話を逸らしてしまわれたので説明仕損じたのですが……」


さらりと"魔王様"呼びから"佐藤様"呼びに変えた鈴木さんは中々に覚えの良い、出来る側近だ。僕と順応力と比較してもその順応性は高い。


「この国の幼魔族、魔物達の事です。」


そう言えば、命名式的なものの前に鈴木さんは何やら話をしようとしていた。僕も教育係だ育成係だとよく分からない魔王佐藤さんの適当な説明を軽く受けただけで、実質の所では明日から何をしたら良いのか全然分かっていなかった。


なぜ僕なのか。

なぜ僕が採用されたのか。


僕はここで何を求められ

何を成し遂げれば良いのか。


その理由も基準も含め、ここで聞いておきたい。気持ちを新たに引き締めた僕を伺うように少しだけ振り向き、鈴木さんは話を続けた。


「私達、魔族や魔物が長きに渡って人間や勇者と戦争を続けていると言う話には少し触れましたね?その余りにも長い戦果の渦中、軍事力の増強、拡大、有用性にばかり着目し続けてしまった結果…お恥ずかしい話、子供達の教育や生活環境に至っては全く頭が回らず手付かずの状態になってしまったのです。」


鈴木さんは頭を抱えながら溜息を吐いた。その骸骨面から表情は余り読み取れないが、心から嘆き悲しんでいる様子は声色から察せる。その心中は確かにお察しする。

だって僕のいた世界だってそうだ。


日本は割と平和な国で、戦争や内戦なんて起こらないけれど。世界的に見て戦争孤児は数え切れない程存在する。親を無くし、家族を失い、家を追われ、大人のエゴで生まれる負のしわ寄せ。

いつどの世界でも、戦争の最大の被害者は子供達だ。それはここ異世界だって変わらないのだろう。


「サトウ様はそれに御心を痛めております。いつもは怠惰でやる気も無く、まともに椅子にも座れない上に自分の楽しいと思った事にしか腰を上げない口を開けば頭の悪い発言ばかりが目立つサトウ様ですが。子供達の件に関しましては、平和で健やかなる発育を望まれております。」


ん?割と本音が駄々漏れだった気がするのだけれど大丈夫か?


「子供とは、親の愛と豊かな教育環境で育てていくものだ、と。」

「良い、魔王さんなんですね。」

「えぇ、とても。」


悪態をついていたものの、鈴木さんも魔王佐藤さんの事を敬愛しているのだろう。とても魔族とは思えない、穏やかな声だった。


「しかし…」


一変して鈴木さんは言う。


「今のこの現状では、それも叶わない。」


私達には戦う術しか無いのです、と。


そもそも魔界に住む者は出生の仕方がみんな異なるらしい。

交配を経て産まれるゴブリンやトロール、ドラゴンやサイクロプス。魔物達は家族を作り子供を産む。勿論、親もいるし家も在る。

彼等は我が子に愛を与え、在り方を教え、立派な魔物や戦士に育てて行くのだ。


逆に鈴木さんは俗に言う"悪魔"であり、魔族。

その生まれ方は至って単純。突然、何の前触れも無くその空間に生まれるとの事。

魔王佐藤さんに至っても、いつ何処から生まれ、いつからそこに存在し、いつから魔王様なのかは分かっていないらしい。


ただ、そこに突然現れる。

存在するからそこに在る。


だから親や家族や家なんてものは無い。生まれた時からその形で、現れた時から既にそう言う者。


だから、戦争孤児となってしまった魔物達、家や居場所を失ってしまった子供達をどうして良いのか分からないのだ。


成程。育てられた記憶のない者は、他者の育て方が分からないと言う事か。


それは他の魔族にしてもそう言えるし、かと言って子供達を育てられる可能性のある大人の魔物達は目下戦争中。教育に割く時間も余裕も人材も、この国には全く足りていないのだ。


そこで、保育士資格と言う教育の免許をこの度見事に取得した僕が呼ばれたと。しかし話は分かりやすく単純だけれど、どうも簡単では無さそうだ。まさか童話や逸話でしか聞かない争いの影に、こんな深刻な問題が隠されていたなんて、仰天ニュース。


「つまり僕にその戦争孤児である魔物達の面倒を見て欲しいと?」

「至極その通りです。異世界の石田殿に突然こんな事をお願いするのも心苦しいのですが…。」

「分かりました。さっそく明日から児童養護施設の設立を進めましょう!」

「ですよね。履歴書をお出しになったのは石田殿ですし。」


僕は鈴木さんの態度の豹変ぶりに驚いた。流石は魔王佐藤さんの側近。流石は悪魔。下手をすれば僕に対して心苦しいなんて微塵も思って無かっただろう。


まぁ結果として子供達の役に立つのだ。僕が叶えたかった夢がここにはある。悪魔との利害関係も一致しているし…あれ?これ後で魂取られたりしないよな?


「では、石田殿。明日からそのジドウヨウゴシセツ?とやらの設立の為に、私達も最大限の助力をさせて頂きたいと思います。」


鈴木さんは児童養護施設に幾らかの疑問を持ちながらも、詳しい話はまた明日に致しましょう。と、僕を部屋まで送り届け、今しがた歩いてきた廊下を音も立てず戻って行った。


僕は客間を改装したと言う部屋(今日から寮)に入り、唖然とした。

一人暮らしだから別に良いかと選んだシングルベッド。お気に入りの梟ランプ。朝日が苦手だから買った第一級遮光カーテン。いつも勉強するのに使っていた折りたたみテーブル。


「ここ、僕の部屋だ。」

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