第6話 執事の心労


魔王様は本日も、少々頭がお悪いようだ。朝からずっと「名前が欲しい、名前が欲しい」とブツブツ呟いている。


名前とは何か?私達には名前と言う概念が無い。魔族や魔物に関しても、種族名こそあれ名前なんてものは無い。


魔王様は魔王様であり。

私は悪魔だが、側近。


側近は別に名前では無い。いつも魔王様の側に仕えさせて頂いているから側近と呼ばれているだけだ。


では、名前とは何か?固有名詞であり、他の者と区別する為のラベルの様なものだろうか?魔王様に何か名前をつけてくれと言われても、私には出来ない相談だった。


私は"石田希月"とは種族名だと思っていたのだが、どうやら違う様だ。彼等の種族名は"ニホンジン"であり"石田希月"とは名前。


彼はいつ"石田希月"に成り

彼はいつから"石田希月"なのだろうか。

そしていつまで"石田希月"なのか。


魔王様は今まで、欲しいと思ったものは全て手に入れてきた御方だ。そんな御方が手に入れられ無いものなどこの世に無いと思っていた。

手に入れていないものなど私が知る限り何も無いはずだ。


この長く続く争いに置いても、最後には必ずや魔王様が勝利し全てを手に入れる筈だ。

そんな絶対的君主である魔王様でさえ、名前とは手に入れられないもの。


斯く言う私もまた、名前が欲しいと感じている1人である。別に側近と呼ばれる事に不備も不満も無いのだが、何か名前と言うものには憧れと言うか抗いようの無い引力の様なものがあるのだ。


こんな感覚は私が存在し始めてから初めて感じる感覚だった。

魔王様もそう感じておられるのだろう。

あの飽き性な魔王様が朝から昼過ぎである今の今まで、ずっと同じ問題に頭を抱えているのだ。


これは早急に手を打たねばならない。このままでは魔王様の集中と意識が戦禍から離れてしまい"名前と言う悪魔"に固執してしまい兼ねない。それでは困るのだ。

固執される対象であるはずの存在が、心を強く惹かれるはずの存在が、その対象が

別の"ナニカ"に囚われるなどあってはならない。

近郊が崩れ兼ねないほどの由々しき事態である。


私は未だに考え深そうにしている魔王様に申し立てた。


名前を持つ石田希月に候補を頂いては如何でしょう?


と。


これは苦肉の策ではあった。異世界とは言え人間から頂くものがあるなんて。人間から頂くものなど、魂だけだと思っていたのに。まさかこんな落とし穴があるとは。

しかしてそんな私の提案を笑顔で受け入れた魔王様は、とても嬉しそうに昼食を召し上がったのだった。


昼食を終えた後、夜まで待てないとこれまた駄々を捏ね始めた魔王様を無理やり王座に座らせ、騎士団長であるデュラハンの今日の進軍結果や戦況報告を聞いた。


どうやら勇者御一行様の魔法使いを、魔王軍の幹部であるワーウルフが倒したらしい。素晴らしい。魔法使いを倒せば、回復や復活は使えまい。次の魔法使いがパーティーに加わるまで、かなりの時間稼ぎが出来る。

私の憂いとは裏腹に戦況だけでも上々で良かった。


おい、魔王!デュラハンの頭でサッカーするんじゃない!話を聞け!


私は魔王様ばかをお叱りし、デュラハンに頭を返す。彼は「光栄の極みであります。」と言い残し、大広間を後にした。あいつはあれだな、ドMだ。


デュラハンを抜きにしても魔王様に心酔している者は少なくは無い。魔王軍の幹部然り、四天王然り。皆、魔王様を敬愛している。カリスマ性が高いと言えばそうなのだが、何せ魔界は実力者主義。強い者が絶対王なのだ。


今、目の前で大欠伸をしている男が絶対王だとは…


心労で禿げそうだ。悪魔だから禿げないけど。

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