第5話 異世界に来たのにみんな冷静だよね


さて、何が起こったのか整理したい。気付けば見知らぬ大広間。目の前には王座とも形容できる大きな椅子に、2mぐらいは有りそうな大男。見た目は、そうだな…この前クリアし終えたRPGに出て来た魔王っぽい。


そしてその隣に控える様に立っている執事姿の細身な男。いや、男はかどうかは服装で判断しただけだ。なにぶんこの執事、山羊の様な骸骨面を被っていて顔が見えない。その長い角の山羊からは嫌でも悪魔を連想させる。


うん。余り整理出来ない。夢かも。だって僕はさっきまで自分の家で、自分のベッドで眠っていたはず。


今朝は早起きして美容室にも行ってきた。前髪を少し切ってさっぱりして。いつも通り晩御飯もしっかり食べて、勿論歯も磨いて。それで…眠った。


部屋に響く大きなラッパ音に目が覚めるまでは。


「やっほー!石田!」


目の前の魔王っぽい大男が、左手を軽く上げてそう言った。やっぱり夢だ。夢だからこの大男は僕の名前を知っているのだろう。だとしたらどんな夢だ?これから何が起こる?


「魔王様。軽率な挨拶は控えて下さい。」

「いや、ほら、緊張してるっぽいからフランクに行こうと思って。」


隣の執事らしき男が諌める。魔王様。ぽいじゃ無くて、本当に魔王なんだ。へー。僕の中の魔王像ってこんな感じか。


「石田殿、私は魔王様の側近を務めさせて頂いている者です。この度は急にお呼びだて致しまして申し訳ありませんでした。」


側近を名乗った男はペコリと軽く頭を下げた。僕もそれにつられて会釈する。何とも律儀な方だ。


「それで、来て頂いて早速なのですが。石田殿の履歴書を拝見させて頂いた所、魔王様が採用をお決めに成りまして。」

「よろしくだな、石田よ。」


履歴書?採用?よろしく?僕は疑問符ばかり浮かぶ頭を捻った。話が全く見えない。


「えぇーと、履歴書って、あの履歴書ですか?」


僕は昨日書いた履歴書を思い出しながら質問した。夢なのに履歴書やら採用やら。これは就職活動のストレスだろか?ストレスになる程まだ就職活動のしの字もしていないのだけれど。これから先が思いやられる内容の夢だな。


「はい。昨日の夜に履歴書を取りに伺いました。」


あー。なんか1枚無くなってたのはそれか。ん?なんで夢なのに実際履歴書が無くなっているんだろう?


「え、ちょっ、これ夢ですよね?」


僕は胸騒ぎがしていた。何だか嫌な予感と言うか。第六感が働いたと言うか。


「困惑するのも無理は御座いません。しかし…実際問題、履歴書を出されたのは石田殿。我々は出された履歴書を見て、採用させて頂いた次第ですので。」

「いやまぁ、確かにそうですよね。」


余り答えにはなっていないが、正論だった。取りに伺ったと言う事はアレだろう。あの、黒い張り紙。プロフェッショナル募集。履歴書を書いて頂ければ、こちらから取りに伺います。


こう見えても僕は順応性が高い。そろそろこの現状にも頭が追いつき、だいぶ冷静になって来た。

どうやら僕は魔王さんの元に履歴書を送ってしまったらしい。やってしまった。ここまで順調に進んできた僕の人生はここで悪の道へと逸れるのか。保育士を目指していた筈なのに、まさかのまさかだ。


「それで、採用されたって事はアレですか?僕は魔王軍か何かに配属、的な?」


ピアノで童謡を弾くくらいしか特技は無いのだけれど、やっていけるかな?


「はっはっはっは!石田は面白い事を言うなー」


僕の心配を他所に、魔王さんは豪快に笑う。


「軍兵なら足りている。今欲しいのは子供達の育成係だ!」

「子供達の育成係?」

「そうそう、育成係。まぁー教育係とも世話係とも言えるが…なんかそんな様なやつだ。」


割と適当な魔王だ。


「私共は勿論、魔界は今大変な危機に直面しております。長きに渡る勇者との戦闘で、親や家族、家を失った子供達が教育を受けれず荒んだ生活を送っており。このままではいずれ───

「はいはーい。取り敢えず側近の長い話は後にしてくれ!」


魔王さんは側近さんの話を途中でぶった切り、ゆっくりと立ち上がった。大きい。座っている時から勿論分かっていたが、立てば余計にその大きさが分かる。

後ろでは話を切られた側近さんが少し怒りながら何やら話しているが、その声が巨体に掻き消されている。


「取り敢えずだなー、石田。最初の仕事に取り掛かって貰おうかなーなんて!」


魔王さんは側近さんの小言を無視して僕に近付くとニヤリと笑った。何やらイメージしていた魔王像とは良い意味で似ても似つかない、フレンドリーな魔王だ。


「初仕事、ですか?」

「いいねー初仕事。その響き我は大好きだ。」


ふふふと笑う魔王さんは何だかその巨体に似合わず女子高生が恋バナでもしているみたいな表情だった。そして何故かチラチラと僕を見つつ悩んでいる。

何を頼まれるのか全く予想がつかない。何せ魔界の王からの頼み事なんて人生で一度も無い経験だ。無理な頼みならどうしようか、とも思ったが大丈夫だった。


「我にニホンの氏名とやらをつけてくれ!」


魔王さんは満面の笑みでそう言った。

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