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心なしか空が曇り始めたような気がしたなつめは、心の中で焦りが出始めていることに気付いた。焦れば、また怪我をする。これ以上の怪我は本当に危険だ。ざあ、と背後から舐めるように走ってくる風に身震いする。さっきまで自分を癒してくれた山が、違う顔を見せ始めているかのようだった。冷や汗が背筋にすーっと流れ星のように流れ落ちて行く。体温は高いはずなのに指先が震え出す。怯えている? と心の中で自分に問いかけた途端、足が止まった。呼吸が荒くなっている、痛みも少し強まっている。やっぱり下るべきだったかもしれない。我慢してでも手当をするべきだったかもしれない。自分の弱点が露呈することを恐れたせいで、状況も体調も悪化してしまっている。
馬鹿なことをしたものだ、と呆れながら膝に手を衝く。一縷の望みか、登り切れたら何か吹っ切れそうな気がした。ここで諦めなければ――と、なつめは腹をくくり、この場で手当てをすることにした。
他の登山客の邪魔にならないように端っこへ移動する。ザックを下し、中からテーピングを取り出す。登山靴の上から固定することもできるが、一度靴を脱ぎたいと思ったなつめはゆっくりと靴紐を解く。ゆっくり、ゆっくりと、痛みが走る足首に顔をしかめながら解いていく――下を向いていたなつめの耳に足音が届く。上の方、下山してくる人がいる。単独だろう、軽快な足取りからしてベテラン勢の登山客か。なつめの行動を知ったら、きっと怒るだろう。怪我をしたにもかかわらず登り切ろうなんて考えているのだ。観念して、挨拶をしようと顔を上げる――その瞬間、なつめの中にぼうっと温かい光が灯った。
「良かった……引き返してきて正解だった」
精悍な顔つき、真面目そうな性格が滲み出る真っ直ぐな瞳は、どんな服装であろうと、帽子を被っていようと見紛うことはない。なつめはそう思った。
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