第15話盗賊と女と

 翌日雨もすっかり上がり日の出と共に宿屋の裏庭に出て日課の素振りをする。昨日はあまり眠れなかった。心を落ち着かせるためにも剣をゆっくり一回一回しっかりと振る。


「あら、早いわね。……何貴方綺麗な顔してたのね。昨日は気づかなかったわ。」


 素振りをしていると宿屋のおかみさんが顔を洗うために裏庭に出てきた。俺はローブを着るのを忘れてまったようだ。


「ふふ。そんなに驚かなくてもいいじゃない。別にとって食おうなんてしないわよ。しかし偉いわね。朝から素振りなんて。お父さんに教わったのかしら?」


 俺は頷くが父さんについて、家族については離す気になれずそのまま俯き無言が続く。


「そう……。きっと辛い目にあったのね。ねぇ。良かったら家で働かない?今人手が足りないのよ。それに私達夫婦には中々子供ができなくてね……。さ、!!そうと決まったらこっち来て?」

「へ?」


 おばさんは俯いた俺の手を引き宿屋の中に入っていく。


「アンタ!!今日からこの子が働くことになったから!!名前は……。そう言えば名前何だっけ?」

「え……。チャールズ。」

「チャールズ?男の子みたいな名前ね。まぁいいわ。アンタ調理の人手が足りないって言ってたじゃない?この子に手伝ってもらいましょう。」

「ああ。分かった。」


 断ることもできずに今度は調理場まで案内される。振り向くとおばさんは「頑張れ」とウィンクしてきた。いや、その前に働くとは言ってないんだが……。


「……おい!!5番テーブル料理はまだか嬢ちゃん!!」

「だから俺は男だって言ってんだろ!!もうできるよ!!」

「お客様5人入ります!!」

「おう!!急げよ嬢ちゃん!」

「くぞっ。俺は何してんだか……」


 それから1カ月俺は宿屋で働き続けた。と言っても最近は雪がひどくてまともに旅ができない状況であったのが一番の理由だ。


 だがここの生活も悪くはなかった。俺に何があったかこの夫婦は何も聞いてこず、ただ優しく、時に厳しく本当の子供のように接してくれた。


 俺はそんな二人に少し救われていたのかもしれない。全てを無くしただ国に復讐だけをしようとしている俺の心を潤してくれた。


 おかみさんは優しく、オジサンは普段無口だが調理場に立つと人が変わったようにしゃべりだし厳しくなる。だがおかげで俺は料理の基本的な事、そして魔物の捌き方を覚えた。いや、覚えさせられたというべきか。


 恐らくこの二人は俺が長くはとどまらないことを気づいていたのだろう。その為おかみさんは俺に生活の知恵を、オジサンは毎日メニューをわざわざ変え俺に1から料理を叩き込んでくれた。特に野営の仕方や旅の知恵などを教えてくれたことは今後の生活に大いに役に立つことになる。


 本当の家族ではないが、ここはとても暖かく、そしてとても居心地がよかった。


 だがそんな生活も突然終わる。


 食堂の方から大きな声がして、俺とオジサンが見に行くと数人の偉そうな騎士が大きな声で話していた。


「という事だ!!もう一度言う。最近近くの「アニ」の街がスタンピートに合い滅んだ。生存者はいないらしい。だがそんな時に近くの伯爵邸に何者かが忍び込み大切な書類を盗み出した!!これは国家に対する反逆罪に値する!!もし「アニ」の街の生存者、及び近くにいる盗賊を見つけ試合我々軍に知らせる様に!!」


 そう言い残すと彼らは宿屋から出ていく。すぐに彼らの探している物が伯爵から手渡された書類だと気づく。伯爵は「誰が味方か分からない」と言っていた。恐らくあの書類は密かに手に入れたものなのだろう。


 もし俺がアニの街の生存者だと知られればこの宿屋の夫婦は国家反逆罪に当たる俺を匿った共犯者に仕立て上げられるかもしれない。……もうここにはいられないな。


 月が真上に上がった頃、外の雪が止んでいることを確認し旅支度をしてそっと部屋から抜け出す。カウンターに一か月分の料金と感謝の手紙だけを書き残しそっと家から出る。


「待ちな。……これを持っていきなさい」


 ドアに手をかけようとした時、カウンターの奥から二人が出てきて声をかけてくる。


「……起きてたの?」

「ああ、今日アンタが出ていく気がしてね。あんたアニの街の生き残りかい?……いや、そんなことはどうでもいいか。ほら、この弁当とこの上着を持っていきな。そとは冷えるから」


 オジサンは弁当を、おかみさんは毛皮で作ったローブのしたに着る上着を渡してくれた。


「全く、間に合ってよかったよ。これはあたしが丹精込めて編んだものなんだから感謝して大事に使いなさい。それとこれを」


 そう言うとおかみさんは俺に金貨一枚を手渡す。金貨一枚と言うと4人家族が1カ月は2,3カ月は生活できるほどの大金だ。


「……もらえないよ。こんなに」

「何言ってんだい。アンタは働いたんだ。対価を貰うのは当然の事さ」

「……でも」

「でもじゃない。子供は黙って大人のいう事を聞いてればいいんだよ。全く」


 おかみさんは俺に無理やり金貨を握らせると満足したように頷く。


「いいかい?アンタに何があったかは聞かないし、軍に何か話したりもしない。アンタはも一か月も一緒に生活した仲だ。もう家族みたいなもんさ。だから辛くなったらいつでも帰っておいで。待ってるから」

「……おいチャールズ。俺には最後までお前が何に悩み、何を考えているか分からなかった。だがこれだけは分かる。お前はいい子だ。きっとご両親の育て方が良かったんだろう。……人は一人では生きていけない。気づかずとも人は誰かに影響を与えそして助けられて生きている。いいか?人に感謝することを忘れるな。そして人を愛することも。他人に感謝し愛した分だけいつか自分に返ってくるもんだ。その事だけは覚えておけ」

「なんだいアンタ。珍しく喋ったと思ったらいいこと言うじゃない」

「……うるせぇ」


 俺は頷きフードを深く被り外に出る。二人は俺の背中が見えなくなるまで外で見送ってくれた。


 毛皮の服は暖かく、冷え込んだ夜でも耐えられそうだ。今夜は月が綺麗だったが俺にはそれが涙で歪んで見えていた。また一人、俺は旅に出る。


 それから数日間俺は街道から少し離れながら歩き続けた。時頼兵士達が急いで街道を走り回る姿を横目に見ながら静かに進んでいく。


 恐らく彼らは書類を探し、そして持っていたものを殺す気だろう。


 静かに、そしてしっかりとした足取りで次の街を目指す。


「……ここもか」


 アニの街の南に位置する街を訪れたがすでにそこは人はいなかった。恐らく北から攻めてきた魔物たちはアニの街を飲みこみそのまま南の街3つを飲み込んでいったのだろう。来たことはないがこの3つの街もそれなりに大きく多くの人たちが生活をしていたらしい。だがアニと違ってここは魔物などに襲われる確率が低く城壁のない簡単な造りとなっていた。


 俺は空き家でオジサンに習ったように料理をし今日はそこで休む。他人の家だが久々のベッドでの睡眠で気づけば夢の中にいた。


 街を出発して2日。だんだん野宿にも慣れてきた。最近では土魔法で簡単な屋根付きの家を作り、まぁ家と言っても四方を壁で固めただけの簡素なものだが、そこに寝るようにしていた。魔法の袋には先ほどの家からベッドも貰い割と快適な生活を送れている。


「ギャハハハハ!!報告通り女のガキ一人ですぜお頭。」

「ほう。こいつは中々可愛い顔してるじゃないか。いい金になりそうだ。もちろん俺たちで楽しんでから売り払うがな」

「ギャハハハハ!!さすがお頭!!俺たちにも味見させてくれよ!!」

「ああ、幼女たまんねぇ……」


 街道を逸れて林の中を進んでいた時汚い恰好の男たちに囲まれた。話の内容から彼らは盗賊か人攫いだろう。よく軍の捜査から逃れたものだ。


「おい、ガキ!!素直についてくれば酷いようには……・え?」

「死ねよ」


 男が一人近寄ってきて手を伸ばした瞬間俺はその手を切り落とす。男は痛みに叫び周りの男たちが剣に手を伸ばした時には俺はすでに男たちに斬りかかっていた。


 確実に殺せるように心臓を突き、首を跳ね飛ばす。


「ま、待て待て!!許してくれ!!俺達はただお前と遊ぼうと思ってた……だ、け。」


 最後の一人の首を切り落とすやっと辺りに静寂が戻る。いや、こいつらは「報告通り」と言った。近くに仲間がいるはずだ。


 木の上に飛び移り辺りを静かに飛び回り他の仲間を探す。が、それはすぐに見つかった。近くの丘に洞窟のようなものがあり見張りが数人立っているのが見える。


 俺は遠回りをし洞窟の上に回ると上から飛び降り見張りが声を出す前に首を斬り跳ねる。


 中からは女性たちの叫び声と男たちの笑い声が聞こえた。中に入らなくても何が行われているかは分かる。中に入ると予想通り男たちが酒を飲みながら女性たちを犯していた。そこは酒と腐った匂いで充満しており人の吸う空気ではなくなっていた。


 俺は怒りのまま男たちの首を跳ね女性を解放する。時間にして10分もかからなかっただろう。


 女性たちは腕がない者、体中が切り刻まれて死んだまま犯されている者様々いた。


「……遅くなって済まない。今治す」

 

 近くにいた女性から助けようと手を伸ばすとその手を女性に捕まれ止められる。


「……助けてくれてありがとう。でも私達は大丈夫よ。こいつらの仲間が戻ってくる前に早く逃げなさい」

「でも……」

「いいの。大丈夫。私たちの事はいいから。助けてくれて本当にありがとう。貴方は小さいのに勇敢ね」


 他の女性たちも同じことを言い決して治療をさせてくれなかった。


 不思議に思ったがこのまま説得しても無駄だと判断し彼女たちに近くにあった服を渡し、洞窟内で見つけた金になる物を拾い集め渡し、今後の無事を祈って外に出る。


 が、なんだか不思議に思ってしばらくそのままに留まっていると洞窟の中から泣き声とうめき声が響いてきた。


 何事かと中に戻った時にはすでに彼女たちはお互いの心臓にナイフを突き立て自害していた。


 後に知ったことだがこの国では盗賊に捕まった女は性奴隷にされて売られるか玩具にされ殺される。もし助かったとしても盗賊たちに侵された女性を男たちは軽蔑し一生独り身になりものが多いらしい。つまりどちらにしろ捕まった時点で明るい未来はない。


 俺は叫び泣いた。なぜ彼女たちは自殺したかこの時点では分からなかったが、きっと辛すぎるめにあって生きる気力を亡くしたんだと思った。俺は何もできなかった。そして誰も彼女達を助けに来なかった。それだけは分かった。


 この国は腐っている。


 それを俺は街から出て改めて実感した。

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