第16話襲撃と

 次第に日が暮れ近くの店から笑い声が聞こえてきた。大人たちは今日を頑張りを労い明日に向け酒を飲んで楽しみ、語らっていた。


 少し歩いた後近くの酒場からいい匂いがして入ってみる。


「おいクソガキ!!ここはお前みたいなやつが来るところじゃ……」

「ギャハハハハそうだぜ?お前はどっか行っちま……」


 店に入るといきなり絡んできた男たちは俺の顔を見るとすぐに黙り込む。何故かは俺が席に着いた後男たちから聞こえた会話で分かった。


「ん?おいどうした?まさかガキに睨まれてブルっちまったか?」

「いや、そんなんじゃねぇよ。あのガキなんて目をしてやがるんだ。あれは人殺しの目だ」

「ああ、ああいう目をした奴にはかかわらない方がいい。たとえそれがガキでもな……」


 俺は相当ひどい顔をしているようだ。確かに今俺の頭の中にある事は故郷を見捨てた伯爵への恨みと殺意しかない。きっと今の目は憎しみが溢れているのだろう。


 店員も俺を見て何か言おうとしたが睨むと黙り注文だけ取って裏に消える。


 伯爵は現在屋敷にいることは分かっている。だが警備が厳重でとても侵入はできない。いや、出来るかもしれないが正直自信がない。


 出てきた皿の上の肉を何度も突き刺しながら頭をフルに働かせて考える。周りからは変な目で見られているだろうが今の俺にはそんなことどうでもよかった。


「……ああ、あのスタンピートの少し前からだろ?この辺の冒険者の中じゃ有名な話だ。」

「ああ、なんだやっぱり知ってたか。俺も伯爵様みたいに毎晩遊女と遊びたいもんだぜ!!」

「馬鹿野郎!声が出けぇよ。あんまり伯爵様の悪口言うと牢屋にぶち込まれるぞ?」

「大丈夫だって。今伯爵様は俺らのそんな話よりも女に夢中だからな!」

「ちげぇねぇ!!がっはっはっは!!」


 先ほど入り口で絡んできた男性たちは相当酒が入り声が店中に響いていた。だがおかげでかなり有力な情報を得た。俺は大きな肉に一気にかぶりつき食べきると急いで店から出て夜の先ほどの噴水前に座る。


 もし彼らの言うことが本当なら屋敷のどこかから夜の時間帯に伯爵が抜け出してくるはずだ。


 周りの酒場では賑わいが増し夜もだんだん深くなってきた頃、伯爵邸から一台の馬車が出てくる。

俺は急いで路地裏に入ると壁を蹴り足から「ウィンドボール」を出し一気に駆け上がる。


 屋根から屋根へ飛び移り急いで馬車を追いかける。俺は伯爵の容姿は何も知らない。ここで逃したらもう今日中に見つけることは困難だろう。


 何とか馬車を見つけ屋根の上から後をつける。馬車はだんだん暗い路地裏に入っていくと、急にそこら一面だけ明るい道に出る。道には様々な露出の多い女性たちが男性を引き連れて建物の中に入っていく。


 恐らく歓楽街と言うやつだろう。


 馬車はその中でも一等にきれいな建物の前で止まり、中から大きく太り、高そうなコートとハットを被った男性が下りてきた。恐らく彼が伯爵だろう。


 彼が建物に入った後馬車は路地に止まり従者は被っていた帽子を深くかぶり休みだした。


 今建物の中に侵入するのは難しいと考え、近くの路地裏に飛び降りると静かに馬車の裏に回り込み伯爵が出てくるのを待つ。


 近くの通りからは男女の楽しそうな声が聞こえていたがだんだん静かになっていく。恐らく大半の女性はすでにお客を捕まえて建物の中に入っていったのだろう。


 俺はできるだけ息を殺し、寒い冬の風に耐えながらじっとその場で蹲り伯爵から何をどう聞くか必死に考え続ける。冷静に話せる自信はない。だがここで聞かなければもうチャンスは訪れないだろう。


 2時間程経った頃、コツコツと足音が聞こえ先ほどの男性がゆっくり馬車に近づいてきた。馬車に乗っている従者はまだ気づかずに帽子を深くかぶり横になっている。


 今しかない。


 俺は勢いよく飛び出しと馬車にたどり着く寸前の男性を捕まえてそのまま奥の路地へと突き飛ばす。


「な!?」


 いきなりの事に驚いた男性の喉元に剣を突き立てる


「声を出せば殺す。少しでも動けば殺す。俺の質問だけに答えろ。いいな?」


 できるだけ声を低くして脅しながら話すと伯爵は黙って慌てた顔で何度も素早く首を縦に振る。


「お前は伯爵か?」


 男性は首を何度も縦に振る。


「お前はスタンピート計画を知っていたな?」


 男性は驚いた顔をして固まるが、剣を喉に軽く刺すと震えて首を何度も縦に振る。


「お前は国王と手を組んでそれに賛同した。そしてそれは書類として残っている。「誓いの契約書」にな。違うか?」


 伯爵は少し考えた素振りをしたが首を縦に振る。全く正直な奴だ。色々考えた脅しや拷問の必要がなくなって良かった。


「ならその書類を渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」

「その必要はない。お前はここで死ぬのだから」


 突然背後から声がして振り返ると剣が俺の喉元に向けて振られていた。ギリギリのところで剣で防ぐが相手の力が強く俺は横に吹き飛ばされてしまう。


 俺は転がり立ち上がろうとした瞬間すでに敵は俺のすぐそばに立ち剣を振り下ろす。


「……ちっ!?」


 再び剣で受けるが勢いを殺しきれずに俺の右腕に剣が深々と刺さり、一瞬痛みで意識が飛びかける。


 俺は後ろに飛び何とか腕を切り落とされずに済むがこのままではすぐに出血多量で死んでしまう。


 歯を食いしばり残った左手を使い「混合魔法」で霧を発生させて視界を奪い屋根の上へと逃げる。


 俺の行動が予想外だったのか敵は驚いた顔をして固まったため何とか逃げ出すことが出来た。そのまま何軒かの屋根を飛び越え薄暗い路地裏に降りて、急いで腕を直す。


 季節はまだ寒い冬の真っただ中だが額からは大量の汗が流れ落ちて、俺は悔しさで顔を歪める。


 失敗した。


 ただそれが悔しくて、次第には涙が出てくる。


 しばらくその場に蹲り涙が止まり落ち着くのを待っていたが、だんだんと辺りが騒がしくなり衛兵が辺りに現れだす。さすがにこの街を収める伯爵が襲撃されたとなると衛兵たちも黙っているわけにもいかないのだろう。


 重たい体を引きづりながら俺は宿屋に何とか戻ることが出来た。流石に深夜という事もあり店員はおらず静かに部屋に戻ることが出来た……。


 次の日は体調が悪く部屋で一日休み、次の日に店員のお姉さんから心配されたが宿屋にから出る。もうこの街にはいられないだろう。


 外に出ると先日よりも衛兵が多く歩いているのが見られた。流石に警戒しているのだろう。噴水前に行くと伯爵邸中にも以前より多くの衛兵がいる。もう侵入は不可能だろう。俺はそのまま東門から町を出る。門番も2人から4人に増えていたが何とか怪しまれずに街から出ることが出来た。そのまま北東にある街を目指す。


 現在アニの街の周りの街を渡り歩き残るは次の街だけとなった。その後の事は考えてない。兎に角次の街で何か見つけなくてはならない。


 とりあえず先ほどの街では証拠はなくても伯爵の言質はとった。やはり彼はスタンピートにかかわっていた。だが物的証拠を得られなかった為それだけではいざと言うときに役には立たないだろう。


 今回の件で分かったことはもう一つ。


 やはりスタンピート計画に関わった人間は皆「誓いの契約書」にサインをし、約束を破らないように強く結ばれているという事だ。それさえ集めれば誰がかかわっているのか分かり、いざと言うときに役に立つ気がする。


 少し雪解けの季節になり始めていたが風は冷たく肌に突き刺さって感じる。本当なら今頃家族と楽しく団らんしながら暖かい食事を食べ幸せな時間を過ごしているころだろう。


 空を見上げるとそんな俺の心とは正反対に青空が澄み渡り太陽が元気よく燃えていた。


 次の街に着くまでに俺は坑道を歩かずに道を逸れ歩く。坑道にはたまに忙しく馬を走らせている騎兵の姿が見られた。方角から目的地は先ほどの街だあろう。もしかしたら伯爵が兵を集めているのかもしれない。


 「スタンピート計画」を知っている犯人は確実にアニの街の生き残りだと思われているだろう。そしてそのものは少年で模倣が使える、という所まではばれているだろうな。これからは慎重に行動しなければ。


 確かに今回の襲撃はうかつだった。伯爵に護衛がいないはずがない。そこを考えてはいなかった。きっと俺を斬った奴は彼の専属の護衛だ。次の街の伯爵にも護衛が居る事だろう。


 必死に頭を働かせて足を動かし歩いていると先ほどいた街の方から坑道を急いで走る一台の馬車に出会う。どうやら魔物におわれている様だった。


 放っておこう、そう考えたが気づけば体が動いていた。馬車の後ろに立ち追ってきていたウルフを全て斬り伏せる。


 すべて終わった時振り返ると馬車が遠くで止まっており中から少女が出てきた。


「ありがとう!!貴方毛怪我はない?」


 少女は綺麗な金髪をなびかせて綺麗な服装をしていた。恐らく高貴な家の者だろう。俺は声には出さずただ首を振るだけで答える。


「お嬢様いけません!!知らぬものにそんなに近寄っては……」

「あらセバス。命の恩人に何の礼もしないなんて「レミス家」の名に恥じますわ。あら?あなた女の子だったのね?綺麗な顔しているわ」


 馬車から少女の後を追うように執事が追いかけてくるが、それを少女が嗜める。「レミス家」とは確か次の街の伯爵家の名前だったはず。この少女はそこの家の者のようだ。


「ねぇ。良かったら私の家に来ない?何かお礼がしたいのだけれど。それにあなたのような可愛らしい女の子が一人で旅なんて危ないわ。馬車に乗っていきなさいな」


 これは願ってもない話だった。伯爵邸になんの疑いもなく侵入できるのだから。だが即答すると怪しまれると思い少し悩んだふりをする。


「全くお嬢様はお人が良すぎます……。そこの少女よ。できればお嬢様の言う通りにしてくれないか?お嬢様は貴族の出なのだ。確かにここで礼をしないと伯爵家の名に恥じることになる。どうかお嬢様の為に……」


 そう言うと執事は胸に手を当て綺麗なお辞儀をする。ここまで言われては断る理由もなくなるだろう。いや、断る方が不自然だ。俺は首を縦に振り一緒に馬車に乗る。


 そのフードの下の笑みを彼女たちに悟られないように気をつけながら……。

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