猫とパークの探検隊⑤
「これをこうして… いらっしゃいっ!」
母の犠牲を前に絶望と怒りが混濁し、俺はその場から動くことができなかった。
そんな俺と倒れた母の襟首を掴んだギンギツネさんはいつの間に用意したのかわからないかまくらへ俺達二人を勢いよく放り込んだ。
「母さん!母さん!?」
「落ち着きなさいユウキ!気絶してるだけよ!」
「くそ!俺のせいだ… もっと俺が強ければッ!」
「だから落ち着きなさい!アイツを見て!」
言葉に耳を貸さずにいると彼女は俺の頭を掴み無理矢理かまくらの外に顔を向けさせた。
目に映るのはだらしなく大口を開き痙攣するセルリアンの姿だ、母同様アイツも気絶しているらしい。
「あなたが打ち負けたのもこの子が倒しきれなかったのもアイツとの相性が悪かったからよ?二人とも相性が悪いのは多分親子だからだと思う… でも見て?アイツが火の玉を吐く瞬間ホワイトライオンの一撃が口を塞いだから暴発したみたい、だから今がチャンスよ!すぐに逃げましょう?体勢を立て直すの!」
確かに、彼女の言う通りここでは一旦逃げるのが正しい判断だろう。
相性というのがよく理解できていないが、ここで相性の悪い相手と疲労が残った状態で戦うよりも先に探検隊と合流していっきに叩くのが妥当だとは思う。
幸いにも奴は今動けない、逃げるなら今なのだ。
しかし、この時の俺がそんな聞き分けのいい状態なはずがない。
俺は心底ムカついてた。
「俺のせい… 俺のせいで…!よくも母さんを!」
ムカついてるのは俺が少し戦えるからと言って図に乗っていたこと、そのせいで母を危険に晒したこと。
そして目に映るセルリアン。
「ユウキ、ダメよ?抑えて?」
ギンギツネさんの言葉は勿論聞こえているのだが、届いているか?と言われると正直微妙だ、今俺の頭の中は「アイツを始末する」って考えだけで埋め尽くされているからだ。
体が熱い、底から何かが沸き上がり壁を破ろうとしている。
「今叩けば倒せる!そうだろ!」
「やめなさい!大体今のあなたに戦える力はないじゃない!逃げれば三人とも助かる!戦うのは論理的じゃないわ!」
わかっている、こうして感情的に動くのは俺の悪い癖だ。
こういうとき精神的にまるで成長していないと実感してしまう、俺はまだまだ子供だ。
だがそれでもだ。
家族を… 母親を目の前でこんな目に逢わされてこの俺が黙っていられるとでも思ってんのか!しかも原因は俺のバカだ!
ぶっ潰す!アイツだけは!絶対に!
そのためには…。
「野生解放すれば…!」
そう野生解放。
フレンズの力でいっきに畳み掛ければいい。
俺は目の前のことで頭がいっぱいになり判断力を欠いた、後先のことなど考えていなかった。
やってやる!そう思った時…。
「ユウキ!」
彼女、ギンギツネさんの声と共に俺の頬には鋭い痛みが走る。
ぴしゃん!という乾いた音がかまくらで反響し、俺の視線はそのままセルリアンから逸れて倒れた母へ向けられた。
目を閉じて動かない母… その姿を見ると怒りよりもまた罪悪感が心を支配していく。
やがて、ギンギツネさんの怒号が耳にキンと響く。
「一時の感情に左右されないで!それをやったら確かにアイツは倒せると思うわ!ホワイトライオンの敵も討ててさぞ気持ちがいいでしょうね!でもその後はどうするのよ!何故封印されてるか私に話したじゃない?今無理をしてあなたがあなたでなくなってしまったら残された家族はどうするの!強くなって家族を守るんでしょ?帰ってお母さんにちゃんと謝るんじゃなかったの?答えなさい!」
「…」
何も言えなかった。
何も言えないのは…。
彼女の言う通りだから。
「わかった…」
だからおとなしく従うと血の昇った頭を冷やすように深呼吸を繰り返す。
そうだ… 自棄を起こすな、また失敗するするぞ?彼女の言う通り冷静に論理的にだ。
「落ち着いたかしら?」
「うん、ゴメン…」
「じゃあ行くわよ!ホワイトライオンをお願い!いっきに洞穴まで走って!」
今の俺では思考が止まってまともな判断ができない、ここは従うんだ… 彼女ほどの状況判断力ならば間違いはない。
俺は母を背負うとギンギツネさんの後を追い洞穴を目指した。
そう長い距離ではない、すぐに着くだろう。
ほんの数十メートルだ、母を背負っていたところで一分も掛からない。
だがそう簡単にもいかない。
「ッ!?まずいっ!ユウキ急いで!」
前を走るギンギツネさんが一度こちらを振り向いたのは、何か気配を感じたり不信な音を聞いたからかもしれない。
俺は振り向ていないが、あれほど焦った顔を向けられてはこちらも何かまずいことになってることくらいすぐに理解できる。
音も近づいてくる。
ギ ィ ア ア ア ア ア ア !!!
ヤツが目覚めたようだ、力強い咆哮が耳にビリビリと響き渡る… そしてそれは俺を焦らせる。
恐れは心と体を萎縮させていく。
ドンッ!ドンッ!と地面を抉る大足が徐々に近づいてくる、やはりそれは俺を焦らせる。
間に合わない…。
ごめん母さん… なんで俺はいつも苦労ばっかり掛けるんだろうな?
ごめん…。
「えぇい!」
「ギンギツネさん!?」
「行って!早く!」
諦めていた俺を見兼ねたのか、その時ギンギツネさんが高く飛び上がりセルリアンに己の大きな尻尾を叩きつけたのだ。
あの一撃がどれ程のものだったのか想像もつかないのだが、なんと俺が渾身の一撃で打ち負けたあの突進をその尻尾で相殺したのだ。
「私とは相性がいいみたいね? …今よ!早く行って!」
自信があるのか彼女はあぁ言うが、あのサイズを一人で相手するのは無茶なのに変わりはないだろう、止めなくてはならない。
「ギンギツネさん!囮なんてダメだ!」
「少し食い止めたらすぐに追いかけるから!早く逃げて!」
これしかないってのかよ?
悔しい… 悔しいがしかしこれしかないのなら俺は…。
已む無く母の為に逃げる。
頼む、どうか無事でいてくれ…。
ギンギツネさんを背に洞穴に向かい真っ直ぐと走り抜ける、ただ無心に真っ直ぐだ。
そうしてようやく俺は目当ての洞穴に逃げ込むことに成功した。
「よし着いた!母さ… ホワイトライオンさん大丈夫か!」
「んん… はわわ…」
かなりダメージはあるが無事なようだ、とにかくここでしばらく休んでもらって… それからギンギツネさんは?ギンギツネさんは無事なのか?
安否が知りたくて外の様子を見ようとした時だ、少々目にするには辛い現実が飛び込んできた。
「きゃあっ!」
「ギンギツネさん!」
飛び込んできたのは囮になり俺達を逃がしてくれたギンギツネさんその人、そんな彼女が体から煙をあげながら満身創痍な状態で今俺の前に横たわっている。
「どうして!?相性がよかったんじゃ!?」
「アイツだけじゃない… もう一匹いたの…」
嘘だろ…?
再度外を見るために入り口に目を向けるとそこには確かにいる。
「あんなのが2体も… どこから…?」
先程の黄緑のやつと同じ恐竜のような形をしたやつ、色は赤だった。
2体は入り口から大きな顎を広げ無理矢理中に入ろうと暴れている、ここも時間の問題かもしれない。
「ここまでなのか…!」
こんなとこで、結局二人を犠牲にして終わるのを待たなくちゃならないって?そんなのダメだ!運命なんてくそ食らえだ!俺が変えてやる!
そのためには!
「ユウキ… ダメよ?やり過ごして?」
「いやもう止めないでくれ?後は任せて、休んでて?」
「ユウキ…!」
ギンギツネさんありがとう、俺のこと気に掛けていてくれて。
母さんもありがとう、二人だけはこの命に変えても守ってみせる。
「いくぞ!」
俺は、このあと奇跡的に帰れるのかもしれない。
でも仮にその帰還が二人の犠牲を必要とするものならばそんなものは御免だ、逆に意地でも残ってやる。
だから。
このまま二人を見捨ててまで助かるくらいなら。
俺は封印を破ってでも野生解放して最後まで戦ってやる。
もう決めていたことだ。
例えこれが最後の戦いになろうとも!
全身から真の力を底から引き出す為、極限まで集中力を高め…。
目を閉じた。
…
「やっつけちゃいますから!」
が、覚悟を決めたその時。
声…?フレンズ?
「ジャスティストルネード!」
もう一人、誰だ?
「こーんなこともできるんだよ?」
続けて聞こえる声と打撃音、そしてセルリアンが消える破裂音。
「そこの方!大丈夫ですの!?」
誰… 見えない…。
あの大型2体が邪魔で…。
「寝てる場合じゃないね? …私に任せな?」
また別の声が?いやこの声、まさかそこにいるのは?
瞬間、赤い方の大型セルリアンが弾け飛びフレンズが数人こちらに駆け寄ってくる。
5人のフレンズ。
そしてそのうち一人は。
「よく頑張ったねー?安心して?」
「あの!?あなたは…!」
姉さん…?いや違う、別のライオンのフレンズ?じゃあ他のフレンズ達はまさか?
「二人のこと、守ってくれたんでしょ?後は任しときなって!それとも君もやる?準備万端みたいだし?」
「何を… はぁ!?これは!?」
少し懐かしい姿だった。
しかし俺はなにもしていない、寸前で止めたはずなのだから。
しかし今の俺を見れば皆が口を揃えて言うだろう。
「あなたは… ホワイトライオンさん?」
「…によく似てるけど、なんだか違うわね?」
「本人なら奥に倒れてるみたいですの、でもこの方が誰かよりも今は!」
「こっちをやっつけないとね?私達も手伝うよ!」
四人と姉さん、恐らくは探検隊。
そして今驚くべきことは、探検隊の助けがきたこと以上に俺自身も“この姿”であることに加え体の底から力が更に湧いてくる。
できるぞ、今なら!
「やるよ、手を貸してくれる?」
「いいよー?私の役目だから?」
姉の姿をしたその人は右手に力を集中させていく、まるで太陽のように明るく熱量のあるエネルギー体が右拳に集められる。
「さぁ君も準備して?いっきに叩くよ?」
「了解!」
引き出せ!俺の全力!
けものミラクルッ!!!
俺の意思に呼応して周囲に雪が降り積もり雪原の様に変わる、右手には姉とはまるで対極… 青白いエネルギー体が集中していく。
「OK?んじゃいくよ!」
合図と共に俺達は拳を大きく振りかぶり、決めの言葉を言い放つ。
「「目に焼き付けな!!!」」
姉の拳から放たれた炎のようなエネルギー体が獅子に変わり、俺の拳から放たれた青白いエネルギー体もまた獅子の姿へ。
俺のミラクルが母と違うのは性格の問題なのかもしれない。
やがて放たれた二頭の獅子は混ざり合い真っ直ぐに黄緑の恐竜セルリアンへ…。
直撃ッ!
それと同時にパッカァーンッッッ!!!と大きな音をたてセルリアンは弾け飛んだ。
助かった。
俺達は助かったのだ。
…
それからのこと、俺は未だにハッキリと思い出すことができない。
皆と何か話したはずなのだが、内容とか全然覚えていなくって…。
でもやたら耳に残る歌がある。
楽しそうな声、空気… 仲間達の笑い声と共に。
探検隊… 探検隊…
じゃっぱりパークの探検隊…
…
「ユウキ?ユウキ起きなさい?」
「ん… 母さん?」
こんなところで眠っていたようだ、目の前には娘の小さな体を借りた母が心配そうに俺を眺めている。
「飛び出していっちゃってこんなとこで寝てて… 心配しましたよー?」
「あぁ… いや、うん… あの母さん?」
「なんですかー?」
「ごめんなさい… なんか俺、ちょっと焦ってて…」
なぜだかその時頭がやけにすっきりとしていたのを覚えている、母を見るなりすんなりと謝罪の言葉を出したのもどこか不思議の気分だった。
「いいのよー?ユウキのことちゃーんとママわかってますから?でもこういうときこそ落ち着かないとダメですよ?かばんちゃんと子供達に心配かけちゃめっ!」
「うん… わかってる、ありがとう母さん?」
「さぁ立って?おうちに帰りましょう?ところでユウキそれはなに?綺麗ですねー?」
母が気付いたのは俺の右手に握られた石、不思議な石でキラキラと輝いて見えた… 俺にも覚えはない。
母に見付かるとそれはまるで役目を終えたかのように砕け散ってしまった。
「あ、なんだ?割れちゃった…」
「不思議ですねー?なんだったの?」
「さぁ?でも… ねぇ母さん?なんかありがとう?」
「あらまぁ?フフフ!よくわからないけど、それじゃあ晩御飯期待しちゃってもいいですかー?」
不思議なことに俺はこの日からサンドスターコントロールの練習がかなり捗り、あっという間に上達していった。
…
「おっちゃん!おっちゃんあれ取ってくれよ!」
「…っ?あ、あぁわかったよ?ココナッツかな?高いな?」
いけないいけない… 昔のこと思い出してボーッとしてた。
えっと、あの距離なら登らなくても手を飛ばせば掴めるな… 可愛い孫の為にパフォーマンスといくか。
「見とけよミユ~?おじさんの得意技だ」
しゅっ!と飛ばしてがっ!と掴む、そして手元に引き寄せる。
あっという間にココナッツは俺の手の中だ。
「うぉぉぉ!なんだぁそりゃあ!?ミユにも教えてくれよ!?」
「ん~?そうだな、じゃあ帰ったら母ちゃん達に聞いてみような?」
「やたー!ハハハハ!」
俺はココナッツを手刀で割るとそれを孫娘に差し出しながらそれを約束した。
でもいいかミユ?サンドスターコントロールの練習は厳しいぞ?ま、論理的に考えてジャグリングくらいはできるようにならないとな?
今度は手を繋ぎ二人で歌いながら妻と親友の元へ歩く。
たんけんたーい… たんけんたーい… じゃっぱりパークの探検隊…。
おわり
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