猫は最期を見届ける⑧

 その場に残された俺と助手、奇しくも始めに会った三人だけの別れとなってしまった。


 三人に始まり、三人に終わったのだ。


 ただこれは飽くまで俺にとっての感覚、助手にとってはもっと深く深く心に残る感覚を味わっているはずだ。


 アフリカオオコノハズク… 先程まで博士だったはずのピクリとも動かないただの白いフクロウを抱き上げ、助手はその場に膝から崩れ落ちている。


 その背中に向かい何か言葉を掛けるべきなのかもしれないが、俺にはなんて声を掛けたらよいのかわからない… こういう時何を言っても軽率に感じてしまう、助手には助手の特別な想いがあって、俺がここで何か言ったとしてもそれは軽々しい綺麗事にしかならない気がする。


 声こそ出さないが泣いているに違いない、小刻みに震えるその肩に何も言わずに手を置くというのもためらってしまう、それくらい博士と助手の間にあるであろう強固な絆を感じ、その間に入り邪魔をしてはいけないと俺は思っている。


 一度下に降りて助手の気持ちの整理が着くのを待とう


 そう考えて助手に背を向けて下へ降りようとしていた時だ。


「シロ…」


「…?」


 助手は背を向けたまま俺に声を掛けた、向こうからの話とあらば是非話そうと思う。


 歩を止め助手の方を向き直した。


「博士は、これまで代替わりしていった者達より長寿でした… それがなぜなのかお前にはわかりますか?」


 助手が言うには、博士は早い段階で例の異変後にフレンズ化できていたそうだ、故に皆より歳老いている、物知りな訳である。


 つまりもっと早くに亡くなるはずなのだが、博士はなぜか他のフレンズ達よりも長く生きた。

 ほんの数年の差だがそれでも周りで代替わりが済んだフレンズよりも前から生きていたとしたらかなりの長寿、それはなぜか?個体差もあるだろう、だが…。


 わからない。


 そう返すと、スッと静かに立ち上がり助手は答えた。


「恐らくシロ、お前のおかげなのです」


「俺の?なぜ?」


「お前の料理には愛情というのがこもっていました、我々や皆のことを想い美味しい物を毎日出してくれている、それが伝わったので我々も感謝を込めて“ごちそうさま”と言いました… それに家族です、かばんや子供達に加え私とクロの間にお前の孫、そしてミユキも数年前から一緒に住んでいるのです… きっとそういった目には見えない暖かいものから輝きを得ていたのだと思います、あまり論理的ではないのですがサンドスターは理屈で考えるよりそういう考えの方が作用される傾向があるのです、これは持論ですが信憑性は高いと自負しているのです」


 なるほど…。


 アライさんが料理を振る舞う為にパーク中を走り回っていたり、ヒトの出入りによってフレンズが男性と恋に落ちることもそう珍しくなくなった… 実際今のパークにはハーフも多いし料理を始める文明的なフレンズも増えた。

 それに伴ったように、全体的にフレンズの寿命が長くなっている… 過去のデータと照合するとパーク全盛期のフレンズの寿命すら上回っているとゲンキは言っていた。


 聞けば確かにと思う、助手の仮説も間違いではないのだろう。


 サンドスターやジャパリマンなどから輝きを得ていたフレンズ達もこうして周りの環境に合わせ輝きを生み出す力が強くなっているのかもしれない。


 つまり進化、ヒトの介入によりフレンズ達は止まっていた時を進めまた進化を始めた。


 故に博士は長寿だった。


 家族に囲まれてサンドスターをたっぷりと浴びた食材で作られた暖かい手料理を毎日食べていたから… 真心というのか、そんな心の力みたいなものがフレンズの寿命を伸ばしていたのかもしれない。


「なのでシロ、おかげで博士と長く過ごすことができました… ありがとうなのです」


「俺は何も… こっちが感謝してもしきれないくらいだ、ありがとう助手」


 まただ、またそうして皆俺にありがとうと言ってくれる、俺は本当に皆に感謝されるほどの男なんだろうか?

 二人には助けられっぱなしなのだから、俺がしてきたことなんて対価にもならない。


 当然の行い、だから俺の方こそありがとう。


 何度伝えたって足りないけれど。


 ありがとう。


 

 立ち上がってからずっと背を向けていた助手だったが、いつしかこちらを振り向き静かに頭を下げていた… その手には小さなフクロウ、アフリカオオコノハズクが眠るように抱かれている。


 顔を上げた助手の目は潤んでいたものの真剣な眼差しをしており、一度博士だったものに目を向けてからその目で俺の顔を見た。


「シロ、何人ものフレンズの寿命が尽きるのを見てきたお前ならもうわかっているでしょう?セルリアンに輝きを奪われフレンズから動物に戻った時と、寿命が尽きてフレンズから戻る時の違いが」


 助手の言葉に思わず息を飲んだ。


 気付いてはいた、始めに違和感みたいなものを感じたのは姉さんの時だ… なぜ元となったライオンまで息を引き取ってしまうんだ?と、俺はその時初めてフレンズの寿命が尽きるのを見たし、話ではセルリアンに補食されるとサンドスターを根こそぎ食われ元動物に戻ったところで死にはしない。


 だが寿命は違う… 俺は助手に答えた。


「セルリアンに奪われた時は生きたまま動物に戻る、でも寿命の場合元動物も一緒に息を引き取ってしまう」


「そうです、フレンズの寿命とは単なるサンドスターの消滅とは違います、まさに死が訪れるのです… ですがフレンズ化とはその生き物そのものにサンドスターを当てる必要性もありません、ジャイアントペンギン然りサーベルタイガー然りの化石から生まれた絶滅種のフレンズや、帽子に着いていた髪の毛からフレンズ化したかばんからもわかるように何も生きた動物だけがフレンズになるわけではないのです」


 そう言うと助手はコートのポケットに手を入れ小さな小瓶を取り出してそれを俺に見せた、中にはキラキラとした結晶が入っているのが見える。


「それは?」


「サンドスターの結晶です、博士との約束でいつ終わりがきてもいいように我々は互いの代替わり用にこうして小さなビンにサンドスターを持っていたのです… そして、これを今から使います」


 瓶の詮を抜き、中にある結晶を博士だったものに当てた…。


 瞬間、暖かい光が息を引き取ったコノハズクを包み体の形を変化させていく。


 一度大きな光の玉となり、ゆっくりと人の形に… いやフレンズの形になっていくのがわかる。


 頭と胴、そして両手両足がスラリと伸び女性らしい体のラインを形成していく。

 頭部には羽の形が表れ、尾羽もお尻の辺りから伸び始める。

 やがて服、生前と同じコート状の物が形成され、強く輝いていた光が収まり再び助手の腕に戻る。


 白い髪、白いコート、その髪に重なるように翼を生やしコートの裾から尾羽も見えている… そんな生前の博士と瓜二つの少女は助手に抱かれたまま静かに目を閉じ、小さく息をしている。


「フレンズ化完了です、この子が次世代のアフリカオオコノハズクの博士なのです」


「目を覚まさないみたいだけど…」


「小瓶のサンドスターは少ないですから今はフレンズ化で精一杯だったのですよ?朝になれば目を覚ますでしょう、その時はシロ?とびきり栄養のある朝食を用意してほしいのです」


 この子はどんな子なんだろうか… やはりライとヘラみたいにほんの少しずつ変わってくるんだろうか?なんにせよ、あの二人を見る限りこの子は俺のよく知る博士ではないのは確かだろう。


 起きたらまずは怯えさせないように安心させてあげないと。


「カレーでいいかな?」


「…えぇそうですね?名案なのです、一晩寝かすと美味しいのです」


 最後の夕食がカレーで、初めての食事も同じカレーか…。







「博士?お客さんだよ?」


 ある日、フレンズが一人図書館に訪ねてきた。


「どーもあの、私気付いたらこんな感じでして… 私なんなのでしょうか?図書館ならわかるそうなので訪ねました」


「はいはい!博士が答えます!えーっとえと… 犬耳に鋭い目付き… 中型で…」


 あれから数日のうちに早速新しい長として彼女は張り切っている。


 早い段階での再フレンズ化でそこそこ知識があるとは言えまだ生まれて間もない、少々経験不足で空回りしがちだ。


「オオカミの類いかと!」


「ここに来るまでオオカミの方と数名会いましたが、彼女達曰く違うと…」


「うぇ!?えーっと… そ、それでは一体… あなたは一体何なのですかぁ!?」


「それを知りたくて来たんですが… そう慌てなくてももっと落ち着くといいと思いますよ?」


 逆に諭されているようではまだまだ先が思いやられるというものだ、でもまだ駆け出し… 頑張れ新博士。


「フム… 博士?彼女はチベットスナギツネです、高い所の荒れ地などに生息し岩の隙間などに巣を複数作ります、ペアで動く事が多いのです… あなた、斜面に強くはないですか?」 


「そういえば得意ですね、山登りは好きだと思いますよ?」


「おぉ… ミミ先生は流石なのです!助かりました!」


「また一つ賢くなれましたね?よく覚えておくのですよ?」 


 結局助手が自分のことを博士と名乗ることはしなかった、自分は博士ではなく飽くまで助手であると言う意味なのか、前の博士に対するリスペクトかなにかなのかは本人のみぞ知るが、今では指導者として親しみを込めて彼女からはミミ先生と呼ばれている。


 彼女が目を覚まして初めに見たのが助手だから、やはり助手のことを特に慕っているようだ。


 もしかするとそれは先代の記憶に関するところかもしれないが、どの道二人なら長として上手くやるだろう。


 いつか彼女が立派な長になれた頃には今の助手が消えて新しい助手を迎えることになる、その時は逆に彼女がその子にいろいろ指導していくんだろう。


 生まれ変わっても一緒か…。


 頑張れ新世代。









「グゥァァァァアアアッ!!!!!」

「キィェアァァァァアッ!!!!!」



 火山では大きな鳥が空を覆うかの如く羽を広げ、炎を操り容赦のない攻撃を仕掛け続けている。


 対する白炎の獅子… 即ち俺だ。


 こちらも炎を巧みに操り宙を舞う、時に肉体自体を火の玉のように変化させ攻撃を避け、反撃を加える。


 やはり強い… とてつもなく強い。


 こんなに強い生き物がいていいのかってぐらい反則級な強さだ、神様ってやつはなぜこうも規格外なのか… もっと一般人の立場になった方が親しみ安くて信仰も集まりそうなものだ。


「チョ コ マ カ ト シ ブ ト イ 

ヤ ツ ジャ ノ」


「なんだ、喋れたんですね?あんまり容赦ないから自我がないのかと思った」


「ヘ ラ ズ グ チ ヲ …」


 厄介なのは炎だけではない、その鋭い鉤爪も大きな羽もくちばしもいちいち厄介だ。

 羽はぶつかればただじゃ済まないし羽ばたく度に飛ばされそうになるし、嘴も容赦なく俺に噛みつこうとしてくるしたら、爪は言わずもがな… 正直言って反撃する余裕がない、気を緩めれば一瞬でやられるだろう。


「キィアァ!!!」


 まずい!


 目の前に爪が迫る、もう手加減する余裕がないのか本当に容赦がない、あれに捕まったら全身八つ裂きにされてしまいそうだ。


 かと言って簡単にやられる俺じゃない!


「獅子奥義!アイアンクロー!」

 

 ガシッ!と指を組むようにその鉤爪と同等のサイズの光の手がそれを掴む、が凄い握力だ… このままではこの手は砕け散るだろう。


 だからその前に!


「からの…!」


 全身から炎で推力を生み出しそのまま体ごと回転を加える、化身となったスザク様の巨体もこの高速回転に巻き込まれ同時に俺の体から発せられる炎が渦を巻きその巨体を包み込む。


「スピニングアイアンクローだァッ!!!」


 炎が渦を巻きスザク様の自由を奪う、言うなればスピニングアイアンクローバーニングとか言っておこう。


 飛ぶ鳥を捕まえるときはやっぱりこれだ、知ってるだろ博士?スザク様だってこいつにはビビるさ!


「ガァァァァァアッッッ!!!落ちろぉぉぉぉッッッ!!!!!」


 回転を緩めずそのまま硬い地面へ落下する、今度は叩きつけさせてもらうぞ!


「チョ コ ザ イ ナ !」


 バリンッ!とその時鉤爪と組んでいた光の手は破壊される、回転は止まりスザク様も地面に落ちる前に自由になってしまった。


「まずい!?」


「キィェアァァァァア!!!!」


 体制を立て直すと嘴を大きく開き俺の胴を捉えようとしている、このまま捕まっては全身ズタズタにされて丸焼きなるだろう、万事休すだ…。



 


「って思ったか!終わりだと思うなよ!」





 出し惜しみはしない、スザク様も本気できているだけにこちらも手は抜けない。


 これで決めるつもりでいく!



「ウォォォォアアアアア!!!!!獅子究極奥義ィィィィイ!!!!!」


 体のサンドスター全部使え!絞りかすも出ないくらい根こそぎ使え!どの道決めないと俺は負ける!


 パンッ!


 強く手を合わせ合掌、そして俺の肉体は再び火の玉に変わりその場で回転、高エネルギーの塊になったかの如く球体、その姿はまるで太陽。



 さながら、白き太陽…。



 獅子究極奥義。



「獅子座流星群ッッッ!!!!!」



 火の玉となった俺の体から無数に飛び出す火球… そのどれもがまるで隕石のようにスザク様へ降り注ぐ。


 撃ちこぼしはしない、全弾命中させる。


 1つ残らずだ!






 


 その日火山の上空では、皆も見たことがないほど激しく大きな花火が上がっていると語られた。


 年が明け日も昇ったばかりの火山に人知れず戦う獣…。


 化身となった四神スザクを爆炎ですべて覆ってしまうほどの奥義。


 その空を不思議そうに眺めるフレンズ達は、その光景に手を合わせ言った。



 おかげで年を越せました、今年もパークを守ってください、よろしくお願いします。

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