猫夢を見る
空だ…。
まだ早朝、日の出からそう時間が経っていないので青空と言うよりは薄橙に染まっている、雲がチラホラと流れ冷たい風が肌に当たり、戦いで負った傷にやや
叩き込んだのは俺の全力だった、まさしく持てる全ての力。
正直なところ火山への被害も無視した攻撃だ、と言っても宣言通り全弾命中させたので少し揺れた程度だろう、セーバルちゃんや四神の石盤にも影響はない。
で俺は今地面に大の字になってるから視界に空が広がっている。
そしてそこに立つのは…。
「わかったじゃろシロ?お前には荷が重い」
「はぁ… いけると、思ったのにな…」
負けた。
俺の力ではここまでが限界だったようだ、確実に勝てる保証もなく最後に動けなくなるほどの大技を使ったのは確かに博打だったが。
まさか耐えきるだなんて…。
化身の姿をフレンズ体に戻しこちらに歩み寄るスザク様、彼女は今俺のことを哀れみを込めた目で見下ろしている。
そりゃそうだろう、勝者とは敗者を最後に見下ろしているものだ。
「さすがの我も肝を冷やした、あのような隠し玉を持っていたとはのぅ… 守りに徹していなければ今地面に背をつけているのは我の方だったかもしれん」
確かによく見るとスザク様もボロボロだ、肩で息をして綺麗な顔に擦り傷みたいなものが残っているし、服もボロボロで美しく広げていた尾羽は畳んでだらりと下に下ろしている。
でもそれだけだ、だから俺の負けであることに変わりはない… だけど。
「お褒めに預かり光栄です、でも何偉そうに… 見下ろしてるんです?俺はまだ、動け… ますよ…ッ!」
やっとの思いで立ち上がり向かい合う、一度地面に背を着けたからなんだ、負けたからってここで負けを認めるわけにはいかないんだよ俺は。
「寝とれ、お前の善意による行動に免じ今回のことは不問じゃ、ゆっくり休んでから家に帰れ」
「まだ… 終わってない!」
「見苦しいぞ!今のお前に何ができる!サンドスターを使い果たし炎は愚かフレンズ化も解けておる!我にはまだ化身になる余力があるのじゃぞ!死ぬまでやる気かこの大馬鹿者ッ!!!」
その通り、スザク様と比べれば俺はボロボロのズタボロでサンドスターも空っけつだ… 耳も尻尾も爪も牙もない。
今の俺には何の力も残っていない、かといって火山のサンドスター濃度に期待して回復を待っている余裕もない、スザク様に休む暇を与えればもう勝てないだろう、やるのなら手負いの今がチャンスだ。
俺には何の力も残っていない。
“俺には”な…。
「確かに、スザク様の仰る通りですよ?きっとこのまま挑んでも一瞬で灰にされるでしょうね俺は」
立つのも億劫だ、膝はガクガクしてるし咳をしたら焦げくさいしあちこち痛むし最悪にも程がある。
でもやる。
「わかっとるならおとなしく諦めんか!」
怒号は猫耳でなくてもキンと耳に響き俺が萎縮するのに十分な威圧感がある、しかし…。
「わかってますよ、だから“これ”を使わせてもらいます」
ジーンズの後ろポケットにずっと入れていた物がある、これは俺の切り札。
俺の力が一切通じず万事休すになったとき、それでもどうしても諦めきれず勝たねばならないと思うのならばそれを使えと受け取っていたものだ。
それに始めから決めていた、この際形振り構ってはいられないと。
「なんじゃ…?それは?」
スザク様にはこれが何に見えるのか?俺が右手に握り締める物、それは一見機械部品であり金属に見えるもの。
即ち歯車だ、金属の歯車。
見た目はただの歯車だが、それは日の光が反射して淡い輝きを見せている。
「本当は自分の力だけであなたを倒したかった、これは俺の意地でもあるしそうしないとあなたに失礼かと思ったからだ、結果は惨敗ですけどね… でも、俺はあなたをどうしても助けたい、なら手段なんて選んでる場合じゃない!覚悟してくださいスザク様… あなたはこれから負ける!」
「何を言っておる?それはなんじゃ?何をする気じゃ?なぁシロ?お前の気持ちはよく伝わった、その気持ちは嬉しいのじゃ… 四神を代表しセーバルの分まで感謝しとる、じゃが我等が自由になった時お前が犠牲になっていては意味がないじゃろうが?なるなら皆で自由になるべきじゃ!長い時が経てばいずれフィルターの代わりになるものが創られたりするかもしれん、だからもうよいのじゃ… お前が犠牲になる必要などない!これまで通り手土産を持ってたまに話し相手になってくれたらよい!それで我は十分幸せじゃ!」
きっとこの言葉が何も飾らない本心で、スザク様は何も俺を軽く見てこの役割を拒否してるわけではないのだろう、実際に戦うことで何かしらの方法で俺なら全て肩代わりできることをわかっていてダメだと突っぱねるんだと思う。
本当にたまに誰かと話せるのが幸せで多くは望んでないんだと思う。
本当にただ俺の身を案じて、俺のやりたいことを否定しているのだと思う。
「優しいですねスザク様?本当に優しい方だ… そんなに優しいから、俺はあなたを助けたいんだ」
握り締める歯車を一度見つめ、覚悟を決めて向かい合う。
「これで本当の本当に最後だ!頼むぞ!俺に力を貸してくれッ!!!」
歯車は俺のその心に呼応するように強い光を放った、そしてそれを胸に押し当てるとそのまま歯車は体内に取り込まれていく。
「何をした!?バカな真似はよせ!」
力が全身にみなぎっていく、一瞬でフレンズの姿を取り戻すもまだ力の流動は止まることはない… やがて俺の体は更なる変化を始める。
「グゥルラァァァァァァァァァァァァァァァAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!」
この姿を、皆が見たらなんて言うだろうか?さすがの君も恐怖で俺から離れてしまうかな?
ねぇかばんちゃん?
白獅子… まさにそのままの姿。
全身が白い体毛で覆われ巨大化した、前後の足からは浄化の業火、そして大地も抉りとるような爪とあらゆるものを噛み潰す牙。
この姿、あなたなら馴染みが深いかも知れないなスザク様?
「バカな、なんてことを… ただのフレンズどころか混血であるお前が化身になるなど!なんじゃそのおぞましい姿は?それではまるで怪物ではないか…?そうまでして勝ちたいのか?そんな姿になってまで!そんなことをしてお前は幸せなのか?聞こえとるじゃろ!答えろシロ!」
先程までは哀れんだように俺を見下ろしていたスザク様、今は逆に見上げているがその哀れみの目はそのままだ、まるで泣き出しそうに悲しい顔をしている。
何か言われているが俺はあなたほど器用ではない、すまないが返事はできない。
「ウォォォォアアアアアァァァァァァァァァAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
「この愚か者めッ!!!いいじゃろう!とことん付き合ってやる!仮初めの力なんぞに我は負けんぞ!今戻してやる!!!」
紅の羽を持つ炎の怪鳥… 対するは同じく炎を纏う大白獅子。
この力がいつまで持つかわからない、大層な登場をしたがスザク様の疲労具合からいっても俺の状態から言っても確実に短期決戦になるだろう。
これで終わらせよう、そしてあなた達は自由になれ。
それまで少し力を貸してくれ、遥か昔から来た友よ。
…
例の歯車入手の経緯は長い、ただ切っ掛けは二人のフレンズとの再会にあるとでも言っておこう。
俺はその時自分の中で眠っていた記憶を追体験することになった。
ずっと思い出せなくて、ずっと胸に引っ掛かってた記憶。
ある日城に集められた百獣の王の一族達、今回も特に深刻な話などせず近況報告みたいなことをして会議が進められている、司会進行は姉からリーダーを引き継いだ俺だ。
「…と言うわけなので、力を持たないパークスタッフさんやお客様の方達も増えてきてます、なので各ちほーではセルリアンに十分注意してもらうとして」タラタラ
こんなことを俺が話しているのはリーダーであり一応ご長寿組に入るからだ、周りの子達はまだ若いので自分の強さに酔っているところがあるし自由奔放で聞いてくれないのだけども…。
「居合い切り!居合い切り!」シャキンシャキン
「すごーい!カッコいい!」
「爪研ぎ爪研ぎ…」ガリガリ
「ボール!ボールちょうだいちょうだい!」
サーベルタイガー、トラ、キングチーター、ジャガーの皆さんだ、代替わりをしてもみんな個性的で元気いっぱいだ!←ただし話は聞かない
「お前達!神聖なる会議の最中だぞ!話を聞け!サーベル!室内で居合い切りの練習をするな!トラ!拍手してないでこちらを向け!キングチーター!畳で爪研ぎするんじゃない!ジャガー!遊ぶのは後だ!」
「Zzz…」
「ライオン!寝るな!」
バキッ
「いで!?」
賑やかな会議だ、こうしてホワイトさんが皆を叱る光景にも慣れたものだ、まるで幼稚園の先生になった気分だ、怖い先生の役はホワイト先生に任せておじいちゃんは茶でも飲もうかね…。
「やいホワイトタイガー!なんでアタシだけ殴られんだよ!てめぇおじきの次に偉いからって調子くれてんじゃねぇぞ!」
「生意気な口を聞くな!そのシロが大事な話をしてるときに居眠りをかますようなやつは殴られて当然だ!このたわけ!」
「く…!おじきぃ!ホワイトがいじめる!」
「ホワイトさん?気楽にやりゃあいいよ?」
「緊張感を持て!お前がそんなだから皆この
ホワイトさん元気だよな、もう寿命も近いだろうに… そんなに怒ってばかりいたら血管切れちまうぜ?
姉さんがリーダーの時からみんな割りと自由だったイメージがあるがどうだろう?さすがに話を聞かないのは問題ありかな?どれどれ仕方ないな。
パン!と手を叩くと皆肩をビクッと震わせこちらを見た、視線が一斉にこちらに向けられる。
「はいはいみんな注目!終わったらご飯作ってあげるからね!ちゃんとお話聞いてくれた子にはデザートもあるよ!」
ザッ!←静粛
「よしみんないい子だ!正座は足が痺れるから崩していいよ!」
「デザートはなんだ?」
「ホワイトさんだけ正座」
「うむ… すまない」
静かになったところで改めて用件を伝えようと思う。
パークには戦えないヒトが増えた、でもそのみんながパークでの生活を便利にしてくれる、皆さん力弱き者達の為に立ち上がりその鍛えぬいた己の力は守るために使いましょう。
ヒトはフレンズの為、フレンズはヒトの為にさぁ立ち上がれ。
とこれはいつものテンプレで。
「俺は少し留守にする、その間ライに城を預けるがみんな異論はあるかい?」
「ライオンにか?我は正直不安だが」
「何事も経験さ?ライ、できるか?」
「任しとけ!と言いたいとこだけど…」
流石のお調子者も荷が重いと感じたか?まぁ城を預けるってただ代わりにあの辺の見回りしてもらったり呼び出しに応じたりするだけなんだが。
「どこ行くんだよおじき?」
なんだそっちか、そうだな緊張するようなタイプじゃないよな。
「護衛さ、セントラルの方でフレンズが襲われて食べ物を奪われたり、ラッキーを破壊してジャパリマンを食い漁る事件が起きてるらしい」
犯人はセルリアンではないだろうとのことから気性の荒いフレンズの仕業ではないかと言われている、スタッフも手荒な真似はできないし返り討ちにあうだろうということで今回俺に声がかかった、ゲンキ直々のお達しだ。
「アタシも連れてってくれ!そっちの方が楽しそうだ!」
「ダメだ」
「なんでだよぉ!いいじゃんかよぉ!」
「そんなプリプリしてもダメなものダメだ」
単純に危険… と言うよりはライならできるだろ?って信頼のつもりで預けようと思っていた、だけど好奇心をくすぐってしまったらしくライはどうしても連れてけって感じで尻尾を振り回している… 振り回しtailヘヘヘ。
ごめん。
「ライオン!シロがお前なら大丈夫だと信頼して頼んでいるのだぞ!おとなしく任に着け!」
「う… ぐぬぬ…」
「頼むよライ、お前にしか頼めないんだ?」
「わかったよ…」
よし、いい子だ。
ポンと頭に手を置くとその不服そうな顔も少しは綻んでくれたが、余程行きたかったのか口は少しムッとしたままだ。
あれこれ体験したいお年頃なのかもしれないな、今度ヘラも連れて先生のとこにでも挨拶しに行こう、あそこにはバーバリライオンさんがいるから少しこってり絞られろ。
「ヘラとケンカばっかりしてるなよ?」
「わかってるよ!」
「ならいい、頼んだ… 皆、他に言いたいことは?」
おとなしく座る大型猫科フレンズの皆さんは特に思うところはないらしく、俺に視線を集めるなり。
d!(グッ)←サムズアップ
という息の合った動作を見せてくれた、皆デザートに夢中なのだ。
「はいこれにて閉廷!飯だ飯だ!」
\ウェーイ!/
まるで学校の昼休みのようなテンションで外へ駆けていく一同、しんとした城の一室に残されたホワイトタイガーさんは俺に尋ねた。
「シロよ…」
「なに?」
やはりライに任せたのは不服なのだろうか?「我に任せんか!」とか思っているのかもしれない。
そりゃあなたに任せれば安心だが、なんでもやらせないと若い力が育たないというものだ、人生はやるかやらないかなんだから。
とりあえずやってみてやっぱりダメだった人と始めから諦めているのとでは経験値で差が出る、その経験はどこかで生きるものだ。
ところで何用かな?
「デザートはなんだ?」
「…」
「教えてくれ、頼む」
「いや、うん… プリン」
ホワイトさんにそれを伝えると「そうか!」とまるで雪原に咲く一輪の花みたいな笑顔で城から駆け出していった。
なんだこの女いい歳してスイーツ脳か?
今妻がちょうど皆の為に給食もとい食事の用意を始めていることだろう、これからそれを俺も手伝う予定。
例の護衛には妻も着いてきてくれる、それならまぁ退屈しないで依頼を達成できそうだ… それにしてもフレンズを襲ったりラッキーを破壊したりとずいぶん荒っぽい性格だ、どんな動物もフレンズになれば本能より先に理性が働くはず、ラッキーの破壊なんて聞いたことがない。
一体何者なんだ?
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