猫は最期を見届ける

 ジャパリパークキョウシュウエリア。

 

 今や俺の住み慣れた故郷、家があり家族がいる。

 



 唐突だが、あれから何年も経った。



 孫も大きくなったし子供達もすっかり中年だ、クロとユキに「パパー!」って耳と尻尾を引き回されたのが今では懐かしい。


 なので当然俺も相応に歳をとったのだが、やはりフレンズの特性故かどっと老けた訳ではない、歳こそ老人だが見た目はダンディーおじさまだ(と思う)、大体三十代ほどの見た目だろうか?


 そして妻も同じように老けた、いやこの言い方は失礼だろう。


 完全なフレンズの為妻は俺よりずっと若く見える、言うなればすっかり若い頃のミライさんのようになったのだ。


 いやけもシャブに余念がないという意味ではなく見た目がほとんどそうだと言う意味だ、髪は黒いし少しクセは残ってるけど、喋り方が丁寧だから知ってる人が妻に会うと少し混乱することだろう。



 要約するといつまでも美しいということ。



 尤も、在りし日のミライさんを知っている人なんていないのだろうな。


 その功績を讃えられ教科書に載っていたり、名前で検索すれば概要が顔写真付きでいくつも出てくる超有名人だが…。


 その目で彼女の功績を1から10まで見た人はいない。


 いや “もういない”。


 俺でさえ途中からしか知らない、そしてその理由なんて最早言うまでもないだろう。


 

 みんな逝ってしまったんだ。



 時の流れは残酷だ、人もフレンズも皆当たり前に老いて死に向かう。

 そりゃそうだ、みんな歳には敵わないさ?まぁ例外は一人いるが。



 ところで、そんなすっかり老ライオンの俺は今一人でどこに向かってると思う?時刻は真夜中、真っ暗だが今に朝が近付き空も青白くなってくるだろう。


 数十年で栄えたこのエリアもさすがにこの時間のこの場所なら静かなものだ、街灯だけが道を照らす中深夜配送のトラックもないし夜行性が抜けきらないフレンズも見当たらない、みんな都市部の方へ行ったのかな。


 

 だが静かなのは当たり前、何と言ってもここからは神聖な場所だ。



 俺は今一人、嫁も子供も孫も友人も連れてきてはいないし伝えてもいない、バイクに乗ってると言ってもこれからツーリングを楽しみに来たというわけではないからだ。


 俺には大事な用事があるのさ?自分で考えて自分で決めたことだ。

 

 そうして俺が誰にも何も言わずこっそりと一人家を抜け出し、バイクを走らせて着いたのはここだ。


「サンドスター火山… ここでもいろいろあったが、今日で見納めだな」


 麓で小さく呟くと、一度後ろを振り向き深呼吸をひとつ… 誰もいない、それでいい。


 前を向き直すと意を決してもう一度アクセルを捻る。


 そしてバイクは厳しい山道を登り始めた。


 このエリアも様々な場所が舗装されて歩きやすくなっていたりするのだがここだけは手付かず。

 昔と同じで荒れっぱなしのゴツゴツとした地面、バイクを走らせるとタイヤを通じて全身にその振動が伝わってくる。


 まぁ俺も運転には慣れたもので、そんなオフロード走行もなんなくこなし上へ上へと突き進む、目指すは頂上… 結晶が輝く火口。


 いつぞやのように崖から落ちることもなく頂上に到着すると、次は火口から少し離れたところにバイクを止め、後は歩いて向かう。


 バイクで行くなど失礼に当たる、だからこの足で歩いて会いに行く。

 

 近くに見えてきたサンドスターの結晶を眺めポツリと呟いた。


「悪いねセーバルちゃん、今日はジャパリマンないんだ… でも、すぐに食べさせてあげるから」


 ちゃんと口から、お腹いっぱいになるまで。


 普段なら、ここに来るとお供え物として火口にジャパリマンを放り込む。

 …が今日は残念ながら持ち合わせていない、セーバルちゃんのお礼の花火が見れないのは少し残念だが、今日来たのはそれに有り余るほど大事な用事があったからだ、遊びにきたんじゃない。


 そしてセーバルちゃんとは別にもう一人、馴染みの深い方がここにはいらっしゃる。


「スザク様、失礼します」


「来たか…」


 火口の南方に位置する場所、そこに静かに瞑想をする紅く神々しいお方。

 

 火口のフィルターを守る守護けもの、四神獣スザク様が今も変わらずここにいる。


 そう… 今も昔も変わらずに。


「手土産も無しか、つまり答えは変わらんのだな?」


「はい… これが他所から来た俺を受け入れてくれて、家族を作りこの身に有り余るほどの幸せを貰ったジャパリパークへの俺なりの恩返しのつもりです」


「なぁシロよ… 少し話さんか?」


 特に急いで来たと言うわけではない、ただ一人で来たかったんだ。


 俺が一人でやりたいことだったし、今の俺なら一人でもできるから人知れずここに来たかった。


 止められるのも面倒だ。


 先日伝えた時にしっかり説明したはずだが話そうというのなら聞こう、ただスザク様も覚悟しているのなら御託は抜きにしてもらいたい。


 手短に頼む。


 とは言え断る理由もないので俺はスザク様の前に静かに正座し、彼女が話し出すのもまた静かに待ち続けた。

 

 凛とした横顔で火山から見えるパークの日の出を待ち、じっと海の方を見つめている

 日が昇りかけの空はだんだんとスザク様の髪のように赤みが射していく。


「空が明るくなってきたな、これから初日の出じゃ」


「今年もお世話になりました、来年もよろしくお願いいたします」


「うむ、来年か… シロよ、くどいようじゃがもう一度聞くぞ?お前のやろうとしていることはバカげている、これまで通りにしておけばよいものをなぜわざわざ壊してしまうのじゃ?確証はないのじゃろう?一度始めればお前に来年なんてものはもうこない、それでもやると言うのか?」


 キッと真剣な眼差しが薄く輝きを灯しながら俺の目をじっと見つめている。


 このお方はとても優しいお方だ、最後の最後までこうして俺の心配をしてくれるのだから、しかし俺は答えを曲げるつもりはない。


 逆に言わせてもらおう。


「スザク様はこれまで通りでいいんですか?自らを物言わぬ石板の姿に変えパークを守り続けていたあなたを再フレンズ化させたのはほかでもないこの俺です、あなたは言いました… 私利私欲の為に自分を復活させたのか?と…

 まったくその通りです、俺は自分が助かりたい為だけにあなたに苦行を与えたんです、本当なら何も考えずにただここにあればよかったはずのスザク様を叩き起こしました

 だからあなたはそれによりまた肉体を得てまた考え思うようになったんです、ここから動くことは許されないのに」


「神として当然の役割じゃ、お前が心配するようなことではない」


「俺からももう一度尋ねます、神ではなく一人の友人フレンズとして聞いてください?あなたはその心に従い自由になりたくはないのか?人並みに泣き笑い、人生を謳歌しようとは思わないのか?女性らしく恋をするのもよし、勝手気ままに暮らすのもよし、美味しい物だってここを離れれば溢れるほどあるんだ、石盤の頃からもう何年ここを動けずにいるんですか?俺はあなたに… この身を救っていただき力を与えてくれたあなたに恩返しがしたいんだ!自由になってどこへなりと行け四神スザク!俺がいれば他の四神だって自由にできる!セーバルちゃんだって解放できる!」


 そう俺は決めていた。


 先立っていく家族や友人達を見送り続けながらずっと考えていた。


 このまま寿命を待って子供や孫に囲まれながら幸せな死を迎えて終わっていいのか?パークに生かされていた俺にはもっとやることがあるのではないのか?と。


 貰いっぱなしでいいのか?確かに俺は子供の頃苦労した、なぜ俺が?と何度も思った、でもここにきてたくさんの仲間と家族ができてそんなのどうでもよくなった。


 ジャパリパーク、この母さんの故郷こそが俺の帰る場所で居場所なんだと思った。


 ならここで俺にできることはなんだ?フレンズ達の為に料理振る舞ったり道具の使い方教えたりセルリアンを倒したりするだけか?


 それは俺じゃなくてもできる、でも俺にしかできないことがあるはずだ、俺がやらなくちゃならないことが… これまであったすべての事に感謝し敬意を込めてやらなくてはならないことがあるはずなんだ。


 なぜ俺はフレンズのハーフで島の外で産まれたんだ?なぜサンドスターを吸収できる体質なんだ?なぜ半分が人間でありながら老いるのが遅いんだ?なぜセーバルちゃんと話す機会を得ることができた?なぜスザク様の力を体に宿すことができた?

 

 なぜこれまでの苦労があった?


 なぜ今日まで幸せに暮らせた?


 異世界に渡り様々なパークを見せられたのはなぜだ?子供達にもそれが起きたのは?


 ここでは別の世界、そこに行ったとき必ずやらなくてはならない役割があった。


 その世界に対して俺がやらなくてはならないことが。


 だからある日再会した彼を見た時、俺は気付いた… ここ以外どこにも存在しない俺がここでやるべきこと、それは。




「スザク様、あなたの炎だけじゃない… 四神の力をすべて俺の体に入れて俺自身がフィルターになればあなたは自由になれる!あなた達はこの役割から解放されるんだ!セーバルちゃんの犠牲もここで終わらせられる!5人揃って自由になれる!だから後は任せて自由になってくれ!」


 俺は決めた。

 

 皆に生かされたこの命を皆の為に捧げると。


 俺のせいで今も黙って火口から動けずにいるスザク様を… 四神を全て助けると。


 そして何十年も前にすべてを投げ捨てフィルターにその身を捧げたセーバルちゃんを救うと。


 俺にはそれができる、絶対にできる。


「思い上がるなッ!」


 そんな俺の自信をへし折るように神は叫ぶ、彼女はこう言いたいのだ。



 人の身でありながら神に成り上がる気か?こんなことは自分達に任せて人として生涯を終えろと。



「勝手なことを抜かしよって!我らがいつそんなことを言った!いつそんなことをお前に頼んだ!大きなお世話じゃ!やはりお前は歳ばかりとっても中身は何も変わらん小僧じゃな!」


「何とでも言ってくれて構いやしません、俺はあなたを解放する!決めたんだ!」


「目の前の守るべきものを見失うな!家族も守れんやつにパークなど守れるか!大体この愚か者!お前はまた己の妻を悲しませる気か!何度泣かせてきた!お前が消えたとき、かばんがどれ程の悲しみに飲まれるのか考えたことはあるのか!かばんが!心を失ったお前を見てどんなに辛かったか忘れたのか!」


 お互いに立ち上がり睨み合う。


 妻が悲しむ?わかってるさ… でも俺は彼女を信じてる、俺がやりたいこともきっとわかってくれる。


 そしてスザク様の言い方がキツいのは俺が生意気を言っているからではない、それもわかっている。


 いつもそう、スザク様は俺の身を案じてくれているのだろう。


「四神の力をすべてじゃと?自惚れるな… そんなことをして無事で済むはずがないじゃろうが、残された者達の気持ちがわからんお前ではないじゃろう?我とて、お前に消えてほしくはないのじゃぞ?」


「どの道そう長くない人生です、最後の大仕事としてやり遂げてみせます、自信もあります… 確実にやってみせます」


 この歳になれば鈍い俺でもわかる、今はこうして言い合っていがみ合ったりもしてるがこれはお互いに身を案じているからだ。


 俺はスザク様を救いたいし、スザク様は俺や家族のことも考えてバカを止めようとしてくれているんだ。


「なぜじゃシロ?なぜわからん…?」


「わかってます、わかっているから決めたんです、だからこれ以上あなたに背負わせる訳にはいかない」


「よかろう… 前にも言ったが、覚えておるな?どうしてもやると言うのなら…」


 瞬間、空気が変わった。


 ビリビリと揺れる感覚… 大気の振動が全身に伝わる、肌にザラザラと何か流れる感覚を味わう。


 スザク様の足元、そこから頭に向かい渦を巻くように何かが彼女の体を駆け巡ってるような気がする、目には見えないが四神レベルにでもなると大きすぎてわかってしまうのだろう。



 体内を流れるサンドスターの循環が。


 

 顔を上げ、その目に神の輝きを灯すスザク様は紅い尾羽を大きく広げた。

 同時に、爆炎が上がり彼女の周りを浄化の業火が吹き荒れる。


 戦闘態勢に入った、悲しみを秘め怒りを露にする彼女は俺に言い放った。


「どうしてもやると言うのなら我を超えていくがいい!自分より弱い者にこの場を任せる気など無い!我直々に目を覚ませてやるこの愚か者!!!」


「覚悟していたさ!倒さなくては救えないのなら倒してやる!昔の俺のままだと思って甘く見るんじゃあないぞ!!!」


 上等だッ!


 地面を走る炎をかわしながら伸ばしたサンドスターの手で天まで伸びる結晶の一部を砕いた、それをこちらに引き寄せ生身の両手で掴み掌握。


 俺の体からもまたサンドスターが溢れだし輝きを纏う、この姿をフレンズ相手に使うのは彼女が最初で最後になることだろう。


 真・野生解放。


 五体から溢れるほどのサンドスターは肉体の限界を超え強化を施し、コントロールも究極に極まる。



 戦いが始まる。


 

 最後の戦いが。 




… 




 なぜ俺がこの考えに至ったか、これからその過程を詳しく話そうと思う。


 切っ掛けはそう、さっきも少し話したが皆が先立ったこと。


 即ち“死”だ。


 それはすべての生物の到達点、終着駅、ゴール。


 それは時に天寿を全うした悔いの無いものでもあり、時に心残りを残した急死… 悔いあるものになることもあるだろう。


 みんなはどうだっただろうか?


 俺が見る限りは皆満足のいく終焉だったように見えた、父も母も長も姉も師も友人達も… 皆最期に共通して言っていた言葉がある。



 死に直面し、終わる時。

 皆必ず目を閉じてこう言ったものだ。




 ありがとう。


 

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