ナリユキの話⑥

「俺もじいちゃんになるのか、なんだか複雑だなぁじいちゃんって呼ばれるのは…」


 ユウキは、自分の息子クロユキの元に子供ができたということに感慨を感じたと同時に、孫ができ祖父と呼ばれることが不思議で仕方なかった。


「いいだろ別に、俺なんてお前が勝手に結婚して子供作ったせいで気付いたらもうじいちゃんになってたんだぞ?今に至ってはひいじいちゃんだ」


「めでたいことじゃないか?」


「そういうことだ、ダブルトマホークブーメランだぞバカ息子」


 ナリユキとユキには…。


 息子ユウキにその妻のかばん、その間に二人の子供でありナリユキ達にとっては孫に当たるクロユキとシラユキ、クロユキの妻にワシミミズクの助手、そして助手のお腹には赤ちゃんがいる。


 更に細かいことを言えばユウキの姉にライオンことヒマワリ、実質かばんの母にミライがいる。


 これがざっくりと言ってこの一家の家族構成と言えるだろう。


 だが、ユウキは随分小さな頃尋ねたことがあった。



『ぼくにはおじいちゃんとおばあちゃんはいないの?』



 純粋無垢なその瞳でじっと父ナリユキを見つめるユウキ、彼の問いにナリユキは少々困ったものの、しっかりと受け答えた。



『いるさ、もう会うことはできないがちゃんといる… 俺とユウキのことを見守ってくれる優しいおばあちゃんがいるんだ』



 その時父が悲しそうな顔をしていたためか、ユウキは幼いながらもその時それ以上のことを聞くことをしなかったし、その後祖父祖母のことについて尋ねることもしなくなった。


 そんなユウキが祖父という立場になる、それならばとナリユキは真相をすべてユウキに伝えることにした。


「ユウキ、お前のじいちゃんとばあちゃんについて話しておく」


「何で今更?別に無理に話さなくても…」


「いいから聞いておけ」




 ナリユキは、看護士の母と銀行員の父の間に生まれた、父がたまたま入院した先の担当が母だったそうだ。


 ナリユキの母は付き合い始めて一年も経たぬうちにナリユキを妊娠した為そのまま二人は夫婦となったが、父はナリユキが一才になる頃部下の女と関係を持ちやがてあっさりと離婚に至った。


 とっくに冷めていたのか母にとって小さなナリユキこそが全てだったのか真意の程は不明だが、なんの情も無く別れた二人はその後慰謝料と養育費だけのやり取りをする関係となる。


 ナリユキに対して父は無関心なのか会おうともしてこない、ナリユキ自身もほとんど顔も覚えていないような父のことを成長する過程でそういう男なのだと理解し、興味など湧かなかった。


 母は幼い彼に目一杯愛情を注ぎ懸命に育てた、その甲斐あってかナリユキはなかなかの孝行息子に育ちやがてカコの勧めもありジャパリパークの研究員として働くことになったのだ。


 数年務めそこそこ良い働きぶりを見せ研究主任を任された彼、当時自分のプライベートのことでごちゃごちゃしてたのもあり気分転換も兼ねて離れて暮らす母に何かお返しでもしようと考えていたときだった。


「おふくろは急に逝ってしまった、事故死だ… トラックが突っ込んできたらしい」


 ナリユキが母と会えた時、その時にはもう見るも無惨な姿だったそうだ。


 現実は彼のことをとことん追い詰めていった、無論仕事などできるような状態ではない、カコの計らいで休職という形を取ることになったのだ。


 そして葬儀の時も、彼の父は来なかった。


「じいちゃんもばあちゃんも、俺が物心つく前からいなかったってことか…」


「まぁ親父に関しては報告すらいってるかわからない、まぁあの時も居たとしても今更親父面されてもという気分だったから正直来られても迷惑だったさ?実質赤の他人だ」


 ナリユキが彼、息子ユウキに言いたいことは。


 ちゃんとユウキにも祖母がいて、生きていたら間違いなく愛情を注ぎ味方になってくれただろうということ。



 そして…。


 

 いつか彼も親の死に直面するということ。












 二週間くらいだろうか。


 その間に向こうでのことをいろいろ片付けた後、俺はまたパークにある自分の部屋に帰ってきた。


 キャリーバック引きずって船を降り、タクシー使って普通にマンションまで帰ったんだ。


 いろいろ片付けてはきたが、まだやることはあるだろう… だが正直なんのやる気も起きなかったんだ。


 おふくろが死んだ実感がない、またいつもみたいに電話かけてくるんじゃないかって気がしてならない。


 葬式の時会ったこともない親戚連中が哀れみの言葉をかけてきたが、あんな薄っぺらで明らかに建前なセリフは聞いたことがないと感じた。


 困ったら力になるだと?なんでも言ってくれだと?


 だったらお前らおふくろが困ってた時なんで助けてやらなかったんだよ?俺がまともに受け答えもできないくらい子供だったころ、親父が出ていって1人困ってたおふくろのこと助けようとしたのか?


 少なくとも俺が物心ついた頃は一度だっておふくろが助けてもらったとこなんて見たことはない。



 たった1人で俺のこと育ててくれたんだ。



 そんなやり場のない怒りを感じると同時に、天涯孤独の身になったという事実がだんだん心を悲しみに変えていく。


 もう帰る場所はない、帰っても「おかえりなさい」って変わらず飯を作ってくれるおふくろはいない。


 バカみたいにしてた貯金はなんの意味もない、ただの金になった。


「くそ… なんでだよおふくろ?なんで…」


 思わず、言葉が口から漏れた。


 だってまだ何も返せてないじゃないか?なんだよ交通事故って?おふくろは車なんか乗ってないだろうが、トラックが突っ込んだだと?よそ見でもしてたのかよ!なんでそっちの都合でおふくろが死ななきゃならねぇんだよ!


「クソッ…!」


 キャリーバックを雑に放り投げガリガリと頭を掻きむしった。


 これは事故だ… 誰かを責めたり恨んでも仕方がない。


 トラックの運転手は居眠り運転だったのかもしれない、だったら悪いのは運転手ではなく休みを与えなかった会社かもしれない、あるいは機械トラブルとか整備不良なのかもしれないし、そう考えると切りがない… だから恨んでも仕方ない。


 大体恨んで復讐したところで何になるというんだ、達成したときおふくろが帰ってくる訳ではない。


 これが何かの陰謀で他殺だとかなら俺はそいつらを皆殺しにする為に何にでも手を染めるが、これは事故だ… 誰も悪気があっておふくろを死なせたわけではない。


 これは事故だ…。


 ただ。


 いつでも俺の味方だったおふくろはもういない、俺は孤独だ。


 

 たった一度の事故は俺からすべてを奪ったんだ。



 …


 

 それから俺はしばらく連絡も取らず部屋に引きこもっていた、正直働く意味を失った気分だったからだ。

 フレンズやサンドスターの研究、もちろん俺は一人の研究者としてそれらに興味関心があって研究していたのもある。


 ただそれは研究者としてだ、今の俺は働いて金を稼ぐというのがどうも意味を感じられない… 食って寝てれば生きられるんだ、おふくろに親孝行もできないのにただ自分が生きる為だけに働くことに価値を見出だせない。


 引きこもって酒に溺れている、留守電からは何度も声がする。



“『ナリユキくん?私よ?』”


 なんだまた先輩か、何度も懲りずに電話してくる… あぁ、先輩は子供の頃両親を亡くしたんだったか?「気持ちはわかる」とか「辛いだろうが」とか言うつもりなんだろうか?でも同情なんてしてほしくはない、別に何もしてくれなくていい… 今驚くほど何もいらない、何もいらないし何もしてほしくもない。


 だから何度も電話をくれる先輩を俺は無視し続けている。


“『帰ってるかしら?辛いと思うけど、もし帰っているなら声だけでも聞かせてほしいの… みんな心配してるわ?すぐに復帰しろだなんて言わないから、無事かどうかだけでも教えてほしいのよ… それじゃあ、気が向いたらでいい、電話して?』”


 ツーツーツー…



 悪いけど、気が向くことはないよ先輩。


 これ治るのかな?治らねぇよなぁ… たった一人しかいない家族を失ったんだ。


 先輩は強いな、一人でもあんなに懸命に生きているんだから。


 一方俺はこの様だ?でもおふくろが死んだってだけではない、俺は親の死に目にも会えなかったんだ… こんなの親不孝にも程がある、あんなに世話になったおふくろの最後も看取ってやれないなんて。



 そう思うと、俺は次から次へとまた酒に手を伸ばし、やがて気を失った。






 酔い潰れて寝てしまったらしい、夜だったはずがいつの間にか辺りは明るくなっている。


 今何時だろうか?そう思い時計を見るともう昼を過ぎていた、時間の浪費だな… それに頭が痛い、飲み過ぎだ。


 鏡を見れば男前が台無し、こりゃ浮浪者と言ってもいい… 髭も中途半端に伸びてるし目は真っ赤だし隈は濃いし臭ぇし胃も痛い。


 水を飲んでシャワー浴びて髭も剃ってみたが、ひでぇ面してるのは同じだ。


 そうしているとまた現実逃避したくなりもう一度酒に手を伸ばしたときだ。


 玄関のチャイムと慌ただしいノックの嵐が鳴り響いた。


 ピンポンピンポンドンドンドン!

 ってうるせぇんだよ、あぁ頭に響く!誰だよ?居留守してるはずなんだがなぜあきらめないんだ?



「ナリユキさん私です!ナリユキさん!大丈夫ですか?帰ってるんですよね?ナリユキさん返事をしてください!」



「…」


 

 驚いた… ユキか?なぜ来た?


 俺の匂いとか部屋の物音、あるいは酒の臭いにでも気付いて声を掛けてきたのかもしれない、さすがはフレンズだ。


 俺はドアを少しだけ開けて外を見た。


 眩しい… 太陽光が目に刺さる… そしてそれ以上に、かなり久しぶりに見るその雪のように綺麗な白がなぜか心に刺さった。


「ユキ…」


「はわわ~よかった… お返事がないから中で倒れてるのかと思いました」


「何しに来たんだ」


「えっと…」


 違う、酷い男だ俺は… 久し振りに会って心配して来てくれたユキにしていい対応ではない、こんなことを言いたいんじゃないんだ本当は… 「来てくれてありがとう、大丈夫だよ」くらいのこと言わなきゃならないのに!


「あの、お弁当箱を返さなきゃって… あとこの前はあんな態度をとったことを謝りたいのと… それからナリユキさんが心配になってしまって、その… ごめんなさい、あの私…」


「そうか… 今誰とも話したくない、帰ってくれ」


「あ、待っ…!」


 弁当箱を返しに来たと言っていたのにそれを受け取らず、心配して来てくれたのにありがとうも言わず、何か言いかけていたのにその途中でドアを閉めてしまった。


 なんの罪もない彼女を一方的に突き放したんだ。


 最悪だろ?俺…?


 もうこんな俺のことなんてほっといてくれユキ、でも久し振りに顔を見れて嬉しかったよ?


 酒は人に本音を吐かせるそうだ、ということはさっきのユキへの対応が俺の本心なのか?拗ねてるだけか?どちらにせよ最低だな。


 結局また飲み始めてやがて眠ってしまった。







 ザーザーという強い雨、その音で目が覚めた… 今は夜か、部屋は真っ暗だが外は街灯とか車のライトとか何かしら光が入ってくる。


 また留守電が入ってる、先輩も懲りないな。



“『ナリユキくん?ユキちゃんがそっちに行ったでしょ?電話は折り返さなくていいからユキちゃんの話は聞いてあげて?みんなあなたが心配なだけなのよ、特にユキちゃんは… わかるでしょ?少しでいい、話してあげて?』”


 ツーツーツー



 悪いね先輩、追い返したばかりだよ。


 くそ、なんだよもう酒が無いのか?足りねぇよバカ野郎… でも外は雨か?


 関係ない、金はあるんだ… 買いにいこう。



 そうして傘も持たず外に出るとドアの横には弁当箱が置いてあった。


 当たり前な話だが置いて帰ったんだろう、でてくるはずもないのにじっとしてるバカなんていないんだ。




 そう、いるはずないんだよ… こんなどしゃ降りの夜なのにいるはずがない。



 でも、外に出てすぐの電柱の下にうずくまる白い影がある、暗くって雨で見えにくくってもあんなのいたらすぐわかる。




 そんな間抜けはいない、いないはずなのに。



 でも…。



「ユキ…?何してるんだよ?」


 いる、どしゃ降りの雨に打たれながら自慢の白い髪を濡らしてそこでじっとしてる彼女がここにいる。


「はわわ… ナリユキさん…?お部屋から… 出られたんですか?」


 ずっといたのか?昼間来てからずっとここで待ってたのか?出てくるかわかんないような俺を?


「なにやってるんだよ!帰れって言っただろ!?ずぶ濡れじゃないか!」


 膝をつき、震えた手で彼女の肩に触れた… 彼女は厚着だがずいぶん長く雨に打たれたのか震えているのがわかった、頬に触れるとわかる、随分冷たい。


 なんでこんなバカなことをしてるんだ!って怒鳴りつけてやったさ、でもそしたら彼女言うんだよ?


「だって、ナリユキさんが寂しそうだったから… 私何にもできないけど、ナリユキさんを一人にしたくなくって…」


「だからって、雨の中外でじっとしてることないだろ!」


「私ワガママだから、やっぱりナリユキさんが好きなんです… 何にもできないけど、せめて力になりたいんです… ごめんなさい」


「バカ野郎!こっちへこい!」


 強引に手を引きすぐに部屋の中に入れてタオルで頭を拭いた、冷え込むような季節ではないが暖房をつけて何か温かい飲み物を用意する… その前にもっと体を暖めないと。


「風呂を沸かしてやりたいがとりあえずシャワーだ、ちゃんと温まるんだぞ?服もずぶ濡れだから… まぁ着替えはなんとかするから、すぐに入れ?いいな?」


「はい、ごめんなさい…」


「いいから、腹減ったろ?とりあえず簡単に味噌汁でも作っとくから」


「ありがとうございます、あの…」


 冷えた体は部屋に入ったことで体温を取り戻し始めたのだろう、彼女の頬がやや紅潮しているのがわかった。

 その時彼女は何か言いかけたが「失礼します」ってシャワーを浴びる為にそのまま浴室のドアを閉めた。



 まずは簡単に味噌汁の準備をして… それからユキの着替え、着替えと言ってもどうしたら?


 ん~… ワイシャツしかないだろうか?


 仕方ないな… 女物の下着とか服とか持ってるわけないし、いや持ってたら逆におかしいんだから。


 濡れたユキの服を洗濯機に入れた後、代わりに俺のワイシャツをそこに設置しておいた。


 下心なんてない(今は)。

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