ナリユキの話⑤

「お前には黙ってたんだけどなユウキ」


「何?改まって?」


「カインドマン… 覚えてるな?」


「そりゃね…」


 忘れるはずはない、彼の犯した最も大きな罪の原因となった男。


 彼やフレンズ達にとってあのカインドマンという男は死んで同然、話し合いで許せるような生易しい人物ではない。


 そんな男とナリユキの関係に、彼は触れたことがない。


 二人は端から見れば確かに憎しみ合ってるようにも見えるが、その一方お互いに気安く名前で呼び合い古い仲だというのも伺える。


 ナリユキは息子、ユウキにそれを伝えた。


「アイツはいつの間にか腐れ外道みたいのに成り下がってしまったが、元からあんなだったわけではない… まぁ擁護するつもりもないけどな」


「元はいいヤツだって?」


「どうだろうな… もしかしたら始めからあぁだったのかもしれないが、どちらにせよあんな風に歪んだ一面を露にする前は俺とアイツは仲が良かったんだよ、高校からの付き合いだ… あの頃はまだ“カイン”って呼んでるくらいには仲が良かった」


 意外…。

 

 でもないのかもしれない、父と古い仲。


 いや腐れ縁があるのはユウキ自身なんとなく感じ取っていたからだ。


 母や自分のことに気付きそれが理由で近寄ってきたんじゃなく、旧知の仲であったがどこかのタイミングで決別したのだろうと。


「俺のせい?」


「なに?」


「俺を守るために敵対したの?違う?」


「NOとも言わないさ、だが家族を守るのは当たり前のことだろ?ユキの夫であり、お前の父としての勤めだからな… だがそうでなくてもいずれ関係なく敵対はしたかもしれない、気付かなかっただけでアイツとは価値観が違いすぎたんだ」



 そうあの時はまだカインと呼んでいた。



 前回の続きになるが、俺とアイツはあの時まだいい友人だったんだ。



 あの時はまだな…。









 なんだ、青いなぁ空…?


 なんでこんなに青いんだ?



 俺はナリユキ、ジャパリパークでは無駄に研究主任、家族はおふくろだけで親戚には会ったことがない。


 親父の顔だって覚えてない、けどどっかで女作ってあっさりとおふくろも俺のことも放って出てったそうだ… 親父としてしてくれてることと言えば、養育費くらいか?


 まぁおかげで大学まで通えたのには感謝してる、もちろん一番感謝してるのはここまででかくしてくれたおふくろなんだが。


 だから俺は決めているんだ、もし恋をして大切な人ができてその人と愛し合うことになったなら。



 俺はその人を決して裏切らないと。



 俺は親父のようにはならない、嫁さんがいたら死ぬほど愛すし、子供がいたら同様に全力で守る。


 俺は親父とは違う、おふくろも大事にする… ここでもっと稼いでいつか家を買ってやるんだ。


 気が多くて成り行きで女と付き合うナリユキとか言われたこともあるがそんなことをした事実はない、気軽に女性とも話せるだけだ。


 大学時代に付き合ってた女の話はするな、こっちが裏切られたんだぞ?まったく… 金髪クソビッチめ。


 紹介で知り合ったんだけどな?なんて意気揚々と話す余裕は今の俺にはない。



 数日だ…。



 あれからまだほんの数日だが所謂よく表現されるあれになっている、心にポッカリ穴が開いたってやつ?本当にそんな気分になっている、まるで気力が湧かない。


「ん… あれは…?」


 窓から外を眺めていると四神セイリュウが水に乗って移動しているのが見えた、珍しいこともあるものだ、あんな大物が住宅街に何の用だろうか?



 あんな大物がわざわざ…。


 そう、四神自らが動く珍しい日なのに、俺の元に当たり前に顔を見せてくれた彼女はいない。



 ふと時計を見ると昼に差し掛かるところだった、俺の手元には弁当が2つある。


「はぁ… 習慣ってのは嫌なもんだな」


 ユキの分だ、毎日飽きもせず作っている。


 セイリュウ様があぁして珍しく動いてる今日… なのに日常的に俺の前に姿を見せていたユキはあれから現れていない、俺がこうして弁当を作り続けてしまうというのはもちろん言った通り習慣でもあるのだが、本当は来てくれることを期待してるからなんじゃないかと俺自身認めざるを得ない部分がある。



 正直悲しくて仕方ない、寂しいんだ。



 泣いたりしないさいい歳した男だからな?だが気丈に振る舞う気にもなれない、最近ボーッとするなと先輩にも同僚にも注意を受けている。


「ナリユキくん?お昼にしましょう?」


 先輩だ、先輩はあからさまにおかしい俺を心配してか最近声を掛けてくれる、そして今日もこうして仕事が手につかぬまま昼休みに入ってしまった。


「あぁ先輩… またカップ麺ですか?これ、食べます?」


「ありがたいけどこの量は私には多すぎるわ、ユキちゃんどうしたの?最近ナリユキくんも外でないし…」


「残したっていいですよ?捨てるよりましですから… まぁいろいろ偶然が重なったってだけです、気にしないでください」



 “フレンズの私なんか”



 ユキはそう言っていた。


 俺とミライさんが並んでるとこを見て結局ヒトはヒトといるものだと自分に疎外感を感じてしまったのかもしれない、実際種族の壁というのは大きくフレンズとヒトがまともに恋愛関係になっても上手くいった試しはない。


 価値観や生活面での違い、人間と動物の違いが大きくそれを邪魔してくるんだ。


 飽くまで人間は人間、フレンズはフレンズに過ぎないってことなんだろうか?姿こそ人間になったフレンズだが元の動物としての特性も消えずそれぞれ習性が様々な形で現れる、意思の疎通だけでは埋まりきらない距離があるのかもしれない。


 でもここまで研究してきた俺の見解としてはそれは違うと言いたい、これは願望だ… 立証できないから可能性の話になる。


 人間ってのは傲慢で貪欲だ、人は獣を畜生と呼ぶが動物達は生きるのに必死なだけなんだ、“生きる”ってのは如何なる生物にも与えられた権利で動物はその権利に基づき自然の摂理に逆らわず生きているだけ、そしてそれが正しい姿なんだ。


 しかし人間ってのは頭がいいばっかりにそんな命を見下すようになった、そんなことしてるようじゃ正直言って人間こそが下等生物だ… 動物愛護とか自然保護とか絶滅危惧とか、俺達人間が動物に歩み寄ってると勘違いしてるがそれは違う。


 逆に動物達がフレンズになって人間の目線に合わせてくれてるんじゃないかと俺は思う。


 命に上下なんて無いって、サンドスターとかいう便利な物を使って俺達に教えてくれてるような気がする。


 だから純粋無垢で美しい彼女達の心に触れたとき、憧れてしまうことがある。


 その純粋さにチクッと胸が痛むことがある。


 傷付けてしまったとき、なんてことしちまったんだって自分を責めてしまう。



 だから…。



 ユキのことを思い出しては胸が苦しくなり、彼女との思い出ばかりが頭を過る。



 なぁおいナリユキよ?ミライさんはどこ行っちまったんだ?


 

 だからこの時思ったよ。



 俺の中でユキはこんなに大きな存在になってたのかって。



 俺はユキのことがこんなにも好きだったのかって…。

 


 でももう会ってはくれない、種族の違いが大きな壁を作った。


 バカな俺は気付くのが遅すぎたんだ。



 





 ある日連絡がきた、友人からだ。


 どうやらパークに顔を出すらしい、単に遊びに来るのではなく半分はビジネスだとか。


 すごい男だ、アイツは昔からそう… 野心が強く頭がいい。


 今よりまだ若いうちから会社を立ち上げて成功している、多方面に幅を利かせたアイツの会社はどんどん大きくなっていった。


 俺はせっかく来るのだからと少し時間を作り会うことにした、来てもらうのだから当然のことではある。


 気分転換にも丁度いいかもしれない。


「ナリユキ、元気そうだなぁ?研究はどうだ?」


「まぁまぁだ、そっちはずいぶん稼いでるらしいな?カイン?」


 カインドマン… 名は体を表すというか、笑顔のよく似合う人のいい男だ。


 先程も言った通りカインは半分は観光で半分はビジネス目的できたそうだ、アポは取れているらしいので後で一緒に研究所に戻るつもりでいる、カコ先輩とカインが話すというのもなかなか見ものかもしれないな、先輩は人見知りだけど仕事は仕事で割りきってるからコイツとどんな会話をするのか。


 俺も無関係ではないので内容を教えてもらった、時間になれば先輩と園長と三者面談らしいので本人曰く緊張を解すためだそうだ。


「サンドスターの研究を本格的にビジネスに向けないか?って話さ、なんでも人間の体にもプラスに働く作用があるらしいじゃないか?抗鬱剤、認知症治療、精神面に表れる目に見えない病気の治療に使えるかもしれないと聞いている」


「まだ大々的に発表されてないのによく知ってるな?その通りだ、結晶に触れている間だけは塞ぎ混んだ気持ちも見る見る前向きになる、寝惚けた頭もしゃっきりするから徹夜明けにはコーヒーより効くぞ?」


「面白いなぁそれ?飲み過ぎ注意のカフェインの代わりにどうぞ?って売り込みで栄養ドリンクが作れそうだ」


「触れてるだけでも効果があるのに飲むのか?麻薬みたいにならなきゃいいんだがな、ここを脱法パークにしないでくれよ?」


「ハハハハハ!冗談に決まってるだろ?大体水に溶けるような物質なのかぁ?」


 お前がビジネスの話に絡ませて話すと冗談に聞こえないんだよと苦笑いしながら聞いていた、確かに物質としてはよくわからないのがサンドスターだ、粒子状でもあり時に完全な固形物としてそこに存在している… 液体にもできるんだったか?この辺は先輩に聞かないとわからんな。


 ビジネスの話をするカインの目は輝いている、それは理想論だって夢みたいなことも楽しそうに話していて。


「夢や理想に限界なんてないぞナリユキ?見るのはタダなんだ、実現したら凄いってだけさ?そう思わないか?」


 こんなことを言う、あぁこれが起業とかするやつの思考回路なのか?と少し感心している、なんにだって前向きで可能性を信じている… 大事な物を失ってしまった今の俺とは正反対だ。


「行く行くは、アニマルガールの持つ固有のサンドスターを人間の体で使えるようにしてその動物の力を人体に施すんだ、体の不自由な人が馬みたいに走り回ったり猫みたいに身軽な動きをするとかな?

 つまり運動が苦手だったりそもそも病弱で外に出れないような子供が元気な姿を見せるかもしれない、それにより自信がつけばいろんなことにチャレンジできる子供になるだろ?性格面にも影響が出て、草食動物みたいに注意深くなったり肉食動物みたいにガンガン攻めが強く前向きの性格になるかも?

 あるいは好奇心が旺盛になるとか仲間意識が強くなって結束力が高まるとかなぁ?サンドスターってのは夢の塊だ、研究楽しみにしてるぞナリユキ主任?」


 俺はカインのこの無根拠だが自信満々なところが羨ましい、野心家なところはあまり見習っていないがその他は中々に着いていきたくなるようなことを言う、コイツが社長で成功しているのもなんとなくわかる気がする。


「言っとくが綺麗事を言いたいんじゃない、商売なんて結局需要と供給なんだ?皆が欲しがる物を用意して金で買えるようにするってだけのことだろう?歩けぬ人には歩ける足を、聞けぬ人には聞ける耳を、義足や補聴器だって要するにそういうことなんだよ?必要とされる限りそれは売れるんだ」


「まぁそうだな」


 言ってる意味はわかる、金額の話は抜きにして買って手に入るというのは人間の特有の便利さだ。





 それから時間が近づいてきたので研究所に戻り先輩と少し話しながら園長を待っていた、去り際カインが言っていた。


「そういえば、たまには帰ってるのか?」


「いや、このところ忙しくて連休が中々とれなくてな」


「たまにおふくろさんにも顔見せてやるといい?お前は1人息子で、家族だっておふくろさんだけだろう?結婚はしないのか?ほら例のガイドさん…」


「あぁやめろやめろその話は!結婚の話はお前もだろうが… わかってる、おふくろは今度有休使わせてもらって温泉でもつれてくさ?」


 





 話が終わるとカインは多忙なのかすぐにパークを出ていった、せっかくだからフレンズと話して行けばいいのに… サンドスターのことを知りたいならフレンズとの触れ合いは必須だ、フレンズこそがサンドスターの生み出した一番の奇跡なんだから。


「…」


 帰り道を歩きながらそんなことを考えていたが、ふと立ち止まりまたいつの間にか周囲を見回している。


「いるはずないか…」


 ついユキがいるんじゃないかと周囲に目を向けてしまうクセがついてしまったようだ、ダメだな… 俺、今更こんな…。


 小さく溜め息をつくと自分の部屋の鍵を開け中に入った、暗い玄関を進みリビングの電気をつけるとソファーに向かい白衣を投げた。

 そのままドサッと自分の体もソファーに倒しまた小さく溜め息をつく。


「はぁ…」


 しんとした静かな部屋に吐き出した息が溶けていく… やけに孤独を感じる時間だった。


 グッと体を起こすと固定電話にメッセージが残ってることに気付いたので俺はそれを再生する、どうやら病院からの電話らしい。


“『メッセージをお聞きになったら折り返しをお願いいたします、失礼します』”


 ツーツーツー…


 病院がなんの用だ、しかも島の外の病院。


 飲み過ぎで再検査にでもなったか?など冗談混じりに考えていた俺だが、折り返した電話にこれから俺は戦慄を覚えることとなる。



「もしもし?電話を頂いたので折り返したのですが…?」









 


 ジャパリパークの研究所、カコを始めナリユキや様々な研究員がいる。


 そこに彼を訪ねて白いフレンズが足を踏み入れる、フレンズにとって薬品などの匂いが鼻につくそこへ…。


 ホワイトライオンのユキと呼ばれるフレンズは、匂いなど意にも介さず建物の中へ入っていった。


「ユキちゃん?なんだか久しぶりね… どうしたの?」


 だが彼の代わりに現れたのはカコだ、そう… 彼は今研究所にはいない、そしてその理由はカコも知っている。


「あの、カコさん?ナリユキさんにお弁当箱返さなきゃって思って私… それからちゃんと謝りたくって、だからその… ナリユキさんはいますか?おうちにも帰ってないみたいで、もしかしたらお忙しいのかもしれないけど私…」


 彼女はしどろもどろに、そしてどこかばつが悪そうにしてうたそうだ。


 そんな彼女、ホワイトライオンのユキにカコは落ち着くように促し、ナリユキがなぜこの場にいないのかを話した。


「実は、ナリユキくんはしばらくパークを出てるのよ」


「え… どこへ行ったんですか?帰ってくるんですよね…?」


 ゆっくりと、ゆっくりと… 話したそうだ。


「どれくらいで戻れるかわからないけど、実は…」




 


 その時雨が降ってきた、強くはないがポツリポツリと窓に雨粒が当たっていた。


 


 そしてナリユキがパークを出た理由を、カコはまっすぐユキを見て伝えた。



「お母さんが、亡くなったそうよ…」

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