楽園に猫一人④

「シロ?そんなに自分を責めるなって?」

「そうですよ」←便乗


「もうやだ俺って本当に最低なの、こんな最低な男見たことない…」


「「まぁまぁ…」」


 シキとグレープは項垂れるシロを必死にフォローしていた、彼がこのようなことになってしまったのには当然理由がある。


「わかった、飲もうよ?男三人で愚痴でも言い合ってさ?スッキリしよう?」


 とグレープは葡萄酒か何かの瓶をどこからか取り出した、シロも苦手なりに酒に溺れてしまいたい気分だったのでその誘いに乗った。


「俺未成年です!」


「シキ君、こういう時はね?無礼講って言うんだよ」

「そうだシキ君、無礼講だぞ」←便乗


「えぇ… わかりましたよ、それじゃあいただきます」


 グラスに酒が注がれ三人はそれを高々に掲げ叫んだ。


「「「乾杯!」」」


 カーン!とグラス同士が当たり甲高い音をたてた、そして三人はそれぞれ注がれた酒を乾いた喉に流し込んでいく。


「ぷはぁ… しみるねー!どうシキ君?お酒デビューは?」


「なんだか不思議な感じです、喉が熱いっすよこれ結構強いでしょ?」


「まぁまぁだよ?さぁシロ、溜め込んだ気持ちをいまここで吐き出しt」


「ォブゥェロロロロロ」←リバース


「「弱すぎぃ~ッ!?」」



 事はシロが図書館に着いた時からが始まりだった。


 シロは… 長の二人なんて料理をチラつかせれば簡単に平伏すだろう、自慢のスキルで胃袋掴んじゃうよ!と自信たっぷりに図書館を訪れたのだが。


 そこには確かに長の二人がいた、見ない顔だとシロに興味津々なご様子で話しかけてきた… が、しかしそこには他にもいたのだ、恐らく彼が最も苦戦を強いる相手が。










「料理?間に合っているのです」

「これからカレーを作ってもらうところなのです」


 なんだって?


 一体誰がこのワガママフクロウの為に料理を作るんだ、相当な物好きだな?しかもカレー?カレーか… フッフッ!わかったヒグマさんかな?ヒグマさんはああ見えて優しいからな、きっと押し負けてワガママを聞いてるんだろう、ヒグママと言われてるくらいだ。


 カレー意外の世界を見せてやろう。


 そんな大口を叩こうとした瞬間だった、俺の目の前に彼女は姿を見せたのだ。


「博士さん?助手さん?どうかしましたか? …あれ?見ない方ですね?白いお耳と尻尾が雪みたいでとても素敵ですね!」


「…なっ!?」


「今行くのです“かばん”」

「この男は我々も初対面、料理を作る代わりにここに泊めろなどと頼み込んできているのです」


「え?料理を?」


 かばんちゃん…?


 そうだ彼女はかばんちゃん、俺の妻だ。


 ただし今目の前にいる彼女はとても幼い、見た目の歳にしてせいぜい15才くらいだろうか?


 初めて彼女と会ったときを思い出す。


 あんまりにも驚いた顔をしてたのだろう、グレープが「どうしたの?」と心配の声を掛けてきた。


 これはまずい、会ってはいけない人物だ。


 なぜなら、俺は彼女を愛しているから。


 でも俺の愛している彼女は彼女ではない、でもその目が口が鼻が耳が髪が声が俺を惑わせる。


「かばんちゃんどうしたの?あれれ?この子はだぁれ?」


「あ、サーバルちゃん?グレープさんの知り合いみたい、料理が得意なんだって?

 初めまして、“かばん”です… あの?あなたはなんのフレンズさんですか?」


「お友達になろーよ!」


「あの… 俺は…」


 当然、彼女は俺を知らない… 俺はこの世に存在していないのだから100%出会うことはない、知っているはずがないのだ。


 でもこうしてあなたは誰?と彼女の口から言われるというのは少し堪える物がある。

 

 こうして出会ってしまった、でもこれはあってはならないこと。


 会いたかったけど会いたくなかった。


 心が掻き乱されてしまう、ダメだ… 俺の為、妻の為、そして何より彼女の為に彼女に深く関わるのは良くない。


 距離を置かないと。


「初めまして、せっかくだけど君と話すことはない… ここにはたまたま通り掛かっただけだから、じゃあね」


「え?ちょ、ちょっとシロ?ここに泊まるんでしょ!?」

 

 グレープには後で話そう、とりあえずここから立ち去らなければならない、必要以上に彼女と関わりを持ってはいけない。


 俺は敢えて冷たい態度をとったつもりだ、でも見ないようにしていたが背中を向ける瞬間少しだけ見えてしまった。


 傷ついて悲しそうな表情をする彼女が。


「みゃ~!ちゃんと自己紹介してよ!どうして冷たくするの?かばんちゃんが可哀想だよ!」


「妙なやつですね?泊めろといったり帰ろうとしたり」

「料理が得意なのでしょう?かばんに任せきりなのもどうかと思っていたのです、何か作って見せるのです」


 ここぞとばかりに止めに入ってくるな、でも俺だってこんな態度はとりたくはない、妻だぞ?心が爆散しそうだ。


 だがいくら辛くても振り返ってはならない、これ以上彼女に関わるべきではない。



 しかし、そうして背中を向ける俺の前に彼女はスッと回り込み自ら視界に入ってきた。


「ッ!?」


「あの…?何か失礼があったでしょうか?ごめんなさい、何をしてしまったかわからないんですけどとにかくごめんなさい… 僕のことはいいので料理をしてあげてくれませんか?必要ならお手伝いします!」


 勘弁してくれなぜそんなにも綺麗な心で俺を見れるんだ?俺はこんなにも最低なんだよ?何を謝る必要がある?


 謝らなくてはならないのは俺なんだよ?


「君が謝るようなことじゃないんだ、だからお手伝いはいらないよ」


「そうですか…」


 今まで妻を何度も泣かせてきたが、こうして意図的に突き放すのは初めてだ。


「で結局どうするのです?」

「やるですか?やらないですか?」


 二人のこの目は獲物を見付けた猛禽類の目だ、新しい料理が食えると「じゅるり」してるのだ、やすやすと逃がすつもりはないだろう… あぁもう仕方ないなぁッ!







 って感じで結局作ることになったわけだ、皆が俺の作業を興味深そうに眺めてくる。

 特によく見てくるのは彼女、そうかばんちゃんだ、恐らく目で見て俺の動きを覚えているんだ。


 初めて会ったときもそうだった、あぁして興味をそそるとよく見て頭の中で纏めて自分の物にしてしまうんだ、君はいつだって今日だった、天才なんだ。


 そしてよくわからなかった時は。


「あれ?今のどうやったんですか?」


 こうして素直に尋ねてくる、素直で好奇心が強く何でも挑戦する、そして何でもそつなくこなす。


 彼女のそんなところを俺は素直に尊敬しているし… 好きだなって思ってる。


 だから俺は彼女のそんな問いに対し。


「二度は見せないよ、テンポを崩したくないんだ」


 わざとらしく突き放した。


 ちなみにその日はパスタを作った、ペペロンチーノだ。


 皆美味しいと大満足なご様子で料理人冥利に尽きるというものだが、こんな複雑な気持ちで作った料理で喜ばれても俺は正直素直に喜べない。


 俺のそんなあからさまな態度にも彼女はめげずに話しかけてくるのだ。


「ごちそうさまでした、とても美味しかったです!本当にお上手なんですね?他にもいろいろ作れるんですか?」


 今はそのキラキラとした瞳が俺の胸を締め付ける… 何か話すたびに「ごめん…ごめん…」って何度も心のなかで呟いている。


 それから俺はあっさりと図書館での寝泊まり券を獲得したわけだが、正直泊まりたくない、こんな気持ちではここにいられない。


 でもいつのまにかグレープは帰ってるし、長はコックを見付けたと怪しい笑みを浮かべている、サーバルちゃんは俺の彼女に対する態度が釈然としないのかなにか言いたげだ。


 そしてかばんちゃんは…。


「あの!僕に他にも料理を教えてくれませんか?僕もシロさんみたいに美味しいものをたくさん作りたいんです!」


 この様だ、まさか弟子に志願してくるとは。


 突き放しているはずなのにどんどん距離が縮まっていく、何か見えない力でも働いてるのだろうか?


「君なら見ただけで覚えれるんじゃないか?わざわざ教えるまでもない… ところで疲れてるんだ、もう休んでもいいかな?」


「え、あの… はい…」


 その泣きそうな目を見て、泣きそうな声を聞いたそれだけで、俺の心がズキズキ痛む。





 それから俺は元の世界に帰ることもできずに3~4日同じように塩対応を続け、その日は早めに夕食を用意するとみずべちほーに避難、現在男三人酒に飲まれている。


「それってなんで冷たくしなきゃならないんですか?」


「逆に聞こう、君は見た目がジェーンちゃんなら誰でもいいのか?ここに俺はいない、深く関わって彼女の人生を狂わせたいのか?」


「や、そんなわけじゃ…」


「それ言われると僕も耳が痛いなぁ…」


 もちろんこんな極論染みたことを言いたいわけではない、グレープのように声も見た目もそっくりな彼にとって本当のフルルではない今のフルルという彼女を側で見守り、彼女が時折見せる愛する人の面影に溺れることもあるだろう。


 俺が彼女に優しくしていると彼女を妻だと思い始めてしまうのも怖いし、ここの彼女にはここの彼女の生活がある。


 そこに俺は存在しない、してはならない。


 俺は妻を何度も泣かせてきた、妻は俺と一緒に居て幸せだと言ってくれるが、俺がいなければあんなに泣かせる事はなかったしヒトとしての心に翻弄されることもなかった。


 フレンズらしく気楽に暮らせたはずだ。


 この話を繰り返すと妻は激怒するのであれっきりこの話はしてない。

 だがつまり俺が言いたいのは、俺といても幸せは感じられたけど俺が存在しないならそれでも構わないのではないかということだ。

 


 俺は君に会えて良かった… でも、君は俺に会わない方が良かった。



 つまりそういうことだ。



 まぁ相手がかばんちゃんでも浮気は浮気だし、やはり不用意に近づくべきではない。












 ほぼ同時刻のことだ、かばんとサーバルは探検隊の船まで足を運んでいた。


 そこいるのは先輩サーバルのレイバルや人間であるミライやカコ、そして園長。

 

 かばん達二人にとっても良き理解者でもある彼女達の元を訪れたのにはやはりシロが関係していた。


「…って感じなんだよ?なんでかわからないけどかばんちゃんにだけすごく冷たいんだよ~?そんなの酷いよ!」


「僕、嫌われるようなことをしてしまったんでしょうか?」


 レイバルは顔をしかめた、シロの事は聞いているからだ。

 それを知るに当たり例の本も読んだ、若干や恥ずかしい内容の部分もあり部屋に持っていきこっそり読みふけることもあったがそれとなく内容は把握できた。



 レイバルさんから「白い猫」にレビューコメントが投稿されました。


 ★★★Excellent!

 シロの人生を一言で表すとなんだと思う?波乱万丈だ… 。       投稿者 レイバル


 辛く苦しんだり悩んだりしたけど楽しいこともいっぱい経験してシロ良かったね!恋をしてる辺りがとてもキュンキュンしてやばみんみぃ/// でもフレンズも女の子だしまぁ多少はね?とにかくオススメの一冊!

 だけどえっちなところは恥ずかしいのでみんな読むときは部屋でこっそり読もうね!



 


 彼女はサーバルよりも経験値が高く、年の功というやつがある。


 故に白い猫の内容、二人から聞くシロの話、かばんの様子… これらの情報から彼女には何が起きているのかお見通しだった。



 あなたは!嫁ね!



 そう、レイバルはすべてを察した… シロは嫁だけど嫁じゃない彼女と距離を取っているのだ、恐らく自分の介入によりお互いの人生を狂わせることになるからだ。


「ひ、酷いな~!何もそんな露骨に冷たくする事ないよね~?」←ヨソヨソシイ


「あの… でも、僕ちょっと思うんです」


 悲しみを秘めた目には何か強い確信のようなものが見える、かばんはうつむき視線を下げたままその心に感じているものを口にした。


「彼は本当はとても優しいと思うんです、料理を食べているとわかります… 僕が嫌いなら僕にだけもっと何か不公平なことがあると思うんです、でも彼はちゃんと平等に美味しく優しさを感じる物を作ってくれます

 味も僕が好みの物ばかりでした、あとちょっと苦手だな~?って思ってる食べ物はなぜかなるべく避けられている気がしました

 これは偶然かもしれません、彼が僕の好き嫌いなんて知ってるはずはありませんから」




 え?それがっつり依怙贔屓えこひいきしてるじゃないですか?愛を隠しきれてなくて完全に草。


 

 レイバルの口元がニヤリと笑っていた。


 シロも敢えてそうしていたのか、無意識的に普段の食事を用意する上でそうなってしまったのかその真意はわからない。

 だが彼の普段の妻に対する心遣いが彼女という存在を見るだけでオートマチックに実行されていたのかもしれない。


「あ!それならわたしも!かばんちゃんが本を読みながら寝ちゃった時毛布を掛けてるところを見たよ!」


「え?あれってサーバルちゃんが掛けてくれたんじゃなかったの?」


「違うよ?寝惚けてたから夢かと思ってたけど!でもかばんちゃんが言うなら多分本当のことだったんだな~って!」


 自分の見えないところで優しさを向けられていると知ったかばんはそんなぶっきらぼうな彼が気になり始めた、では冷たいのはなぜだ?とそんなことはとりあえず置いといて。


 この件、サーバルの意見としては

 

「わかった!きっと本当はかばんちゃんが大好きなのに照れて素直になれないんだよ!恥ずかしがり屋さんなんだね!」


「えぇ!?すすすすす好きって!?そんなことあるわけ…///」


 かばんはいろいろ考えては時折顔を赤くし、両手に隠れて顔をふるふると左右に振ったりしていた。


 そしてレイバルはそれを見て…


 さすがはサーバルキャットの血族、私に似て名推理にも程があるみんみぃとなぜか自分のことでもないのにドヤ顔を決めていた。


 男性と滅多に会う機会が無くサーバルと若干やぁ百合百合していたかばんだったが、いちいちツボを突いてくるシロに対し意識せざるを得ない状況になっていたのだ。


 それこもれも全部シロって奴の嫁がかばんだから悪いのだ、これがもし別のフレンズだった場合大して彼も意識しないし反射的に彼女の好みに合わせた料理など作らなかった。


 やっていることは器用だが不器用な男なのである。




 その後、ミライやカコも参戦したがここにいる全員が恋愛に疎いという驚異の干物率だったためにこの件の根本的な解決には至らず、代わりに驚異的なケモナー率を叩きだしてしまい話はシロの猫耳がエモい話にシフトしていった。



 だが…。



 そうしてガールズトークに興じていた彼女達に迫まり寄る影があることに、戦士であるレイバルも気付くことができなかった。

 

 

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