第25話 姉弟

 ――そして知っている道を進んだ末に辿り着いたのは、これまた知っている店だった。店構えから既にアンティーク調の空気を纏うその喫茶店は、つい先日、ある女性に連れられて来たばかり。


 というか、


「ここかー……」


 優花さんの働くお店だった。この間はそれどころじゃなかったので見ていなかったけれど、「calmo」というらしい。意味どころか何語かすら分からない。


「あれ、春音ちゃんここ知ってた? もしかして、馴染み?」

「ううん、一回来ただけ。……ただ、店員さんに知り合いがいるっていうか」


 命碁さんの質問に歯切れ悪く答えながら、さりげなく生駒くんを見やる。

 彼は何かとくべつ表情を浮かべている訳ではないけれど、それでもどこか複雑で、足を進めることを躊躇っているみたいだ。……そういえば、ここまでの道中も心なしかいつもより歩幅が狭かったような気がする。


「……いいよ、入ろう。来ようと思ってたけど来るタイミングが無くってさ、丁度良かったよ」

「……そう?」

「…………」


 わたしの視線に気付いて、生駒くんはそんなことを言う。事情を知らない命碁さんには奇妙な言葉に聞こえただろうけど、わたしにはそれが、彼が一歩踏み出そうとした証だと分かった。


 命碁さんがわずかに先を行って扉を引く。当然ながら「OPEN」の札が掛かったそれの動き出しに合わせてからんからん、と鈴の音がして、中から若い女性の「いらっしゃいませ」が聞こえてきた。


 生駒優花。……生駒くんの、血の繋がらない姉の姿がそこにある。

 この間会った時の服の上に紺のエプロンをした彼女は、店に入ってきたわたし達を穏やかな笑顔で招き入れ、そして次に遠慮がちに入ってきた、その後ろの人物を見て、


「あ、香織ちゃん、それに春音さんも。いらっしゃ……」


 固まった。そのままの表情で。

 生駒くんは伏し目がち、それでも優花さんの方を見ている。まだ躊躇ってはいるけれど、それでも目を逸らすことはしない。


 このわずかな数秒の間に交錯した感情を、わたしは知らない。

 「姉と弟が顔を合わせる」という、そんな当たり前のことを「当たり前」にしてこられなかった彼らがこうしていきなり再会して、どんな心境でいるのか。

 ……「当たり前」を当たり前に享受してきたわたしには、想像することしか。


「あの」「あのね」


 二人の声が重なる。先に口を開いたのはどちらだったか。

 そして次に声を発したのは、生駒くんだった。か細い、震えた声ではあったけれど、それでも生駒くんだった。


「……久しぶり、姉さん」


 それを受けて優花さんおねえさんは、


「……うん。おかえり、祐樹」


 少し泣きそうになった声で、それでもしっかりとそう返した。

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