第24話 きゃっつあんどどっぐす

 ――なんて、さも覚悟を決めたようなことを思ってみたところで、結局それは自己啓発くらいの効果しかもたらしてくれず。

 そのまま予定通り実行委員会に出席しては、机を長方形に並べて作ったクラス委員二人分を除いた六人の座る席を、ちゃっかり生駒くんの隣を確保しながら、一向に進まない会議に暮れてしまっている辺り、わたしはどうしようもなく意志が弱い。いや、自分から実行委員長を名乗り出た以上すっぽかす訳にはいかないのはそうなんだけど。


 いい加減煮詰まった空気に耐え兼ねたのか、瀬戸君が愚痴っぽく口を開く。


「結局よー、”飲食禁止”の制約が重すぎんだろって話だよな」

「もう、それは言っても仕方ないってさっきも言ったでしょ」

「……まぁ、愛衣ちゃんの言うことも尤もだけどさ。実際問題この制限があるから一向に決まらないのも確かだよね……」

「他の一年の連中も、決まらねー決まらねーって嘆いてたな……」

「だろ!? これもう先生たちに直談判するしか無いって!」

「予算の都合とかじゃなくて衛生面が禁止の理由なんだから、本当に言ってもどうしようもないよ、流石に……」

「……瀬戸に分けてくんないかな、香織の物分かりの良さ」

「どーゆー意味だよ!? ……っつか、及川と生駒はなんかアイデアねーの? 委員長と副委員長だろ」

「……考えては……いるんだけどね……」

「……ごめん、僕文化祭って初めてで……」

「瀬戸、言い方」

「澤田てめぇオレに対してだけ風当たり強すぎんだろ!?」

「瀬戸君ケンカは……」

「あー大丈夫だ命碁、こいつら少なくとも小学校の頃からずっとこんなんだから。通称”夫婦めおと漫才”」

「「誰が夫婦だ!」」

「凄い、息ぴったり……」

「な?」

「ていうか霧条君、澤田さんたちと幼馴染だったんだ」

「小三で引っ越してきて以来だな。幼稚園以前からのこいつらには負ける」

「その話今はよくない!?」「それ言う必要無くね!?」

「霧条君。このやりとり記録しておいた方がいい?」

「井伏さんってそういうとこあるよね……別に書かなくていいよ」

「了解」

「事務的かつマイペースに処理すんな!」

「”まい”じゃなくて”めい”だけど」

「そういう話じゃねー! 命碁コラ笑ってんな!」

「……っ、ごめん……っ! くっ……くふっ……!」

「謝りながら笑うんじゃねーよ! てか佐橋は佐橋で本読んでんじゃねーよちょっとは会話に混ざれよ!」

「……心っ底どうでもいい……」

「瀬戸、ステイ」

「ぁあ!?」

「ハイハイハイ! そろそろ落ち着けー全員!」


 最早休み時間並の雑多な空気感を、霧条君が手を叩いて収める。わたしは多分ああはなれない。

 教壇に立つ霧条君に全員が視線を向けたところで、彼が場を纏めにかかる。


「こんな緩み切った調子じゃ明らかにアイデアなんか出ないし、今日はもう解散な。まだ時間はあるし、飲食ができないってことは、逆に言えばその分発注やら何やらでの事前の負担が少ないってことでもある。こう言っちゃなんだが、出し物の案を俺らに丸投げするくらいモチベが低いうちのクラスじゃ、大規模な展示もやれないしな」

「それはむしろ問題視すべきなんじゃ……」

「しゃーない。余所より圧倒的に早いうちの文化祭で、右も左も分からない一年の出店をゴリ推ししたバカ姉貴……もとい、生徒会長の責任だしな。

 っつー訳で、俺らは気楽にやればいいんだ。だから、今日はもう解散」


 凄いなぁ、霧条君……自然にリーダシップ発揮するものだから、実行委員長のわたしの立つ瀬がない。とはいえ、完全に雑談モードに入って軌道修正が無理と見るや即時解散宣言。そうそう出来るものではないだろう。

 自分のことすらどうにも出来ていないわたしは思わず羨望の目で見てしまってから、皆と同様解散の挨拶をする。


 と、そこで命碁さんが話しかけてくる。


「ね、この後時間あるかな? 霧条君はああ言ったけど、やっぱりアイデアが一個も無いっていうのはあれだし、喫茶店かどこかで相談できたらなって思うんだけど……」

「んー、特に予定とかは無いんだけど……」


 何となく隣で帰り支度をしている生駒くんを見てしまう。それを見て彼女は納得したように「あー」と言うと、


「ねぇ生駒君。これから春音ちゃんとお茶しながら文化祭のこと話すんだけどさ。よかったら、生駒君も来ない?」


 なんて言って、生駒くんを誘ってくれるのだった。生駒くんは生駒くんで「いいよ」とノータイムで承諾するし。……なんだろう、こんな感じで生駒くん、女の子の誘いにふらふらついていっちゃったりしないだろうか……。


 当然ながら命碁さんはそんなわたしの不安は露知らず、嬉しそうに続ける。


「やったっ。それじゃあいいところがあるから、一緒に行こう?」


 そう言って、彼女はててて……と帰り支度を済ませる。机は騒いだ罰として瀬戸君が片付けると霧条君が言っていたので、お言葉に甘えて命碁さんの後を追うことにした。

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