第23話 わたしの、やるべきこと

「ふあぁ~……」

「……随分と眠そうだね春音さんや。そんなことでワタクシ近江 伊月は誤魔化されないですことよ」


 予期せぬサボりから翌日、今日こそは真面目に登校したわたしと生駒くんを出迎えたのは、結局いつもとそう変わらぬ雰囲気の教室だった。

 聞くところによると、わたしたちと佐橋君以外にも、うちを含む色々なクラスで休んでいる生徒がちらほら居たらしく、それが幸いして妙な噂話が経つことは無かったようだ。どうも、月曜の突然の雨で体調を崩した人が少なくなかったらしい。

 どこかの運動部が練習を強行してもれなく全滅した……というのは、流石に根も葉もないウワサだと思うけれど。


 そんなわけで、わたしが危惧していたような周囲から問い詰められるような事態にはならなかった――のはいいのだけれど、わたしの表情に出やすい性質は健在で、もう十年は一緒に過ごしている親しい間柄である伊月にはあっさりとあの日の公園での出来事を見抜かれてしまい、これからまた実行委員での会議を控えたこの放課後、ちょっと見たことない勢いで問い詰められている……というのが現状だった。


「分かってるよー、生駒くんとどうなったか説明しろって言うんでしょー……。

 でも、悪いけど説明することも報告することも無いよ。……無いよ……」

「いやいや、あの様子から二晩でここまで持ち直すんだから、何もないってことはないでしょ……こう、告白したりされたり、付き合ったり付き合わなかったり……」

「ありません、残念ながらありません。……まぁ、生駒くんからはきちんと伝えて貰ってしまいましたですけど」


 ――僕は、君が好きだ。


 彼のストレートな告白を思い出して、つい顔が熱くなる。ダメだ、いくら手の甲で冷やそうとしても収まってくれない。

 伊月はわたしのこのザマを見て呆れた小さいため息を吐くけれど、それでも何か釈然としないといった様子で疑問を投げかけてくる。


「……んー、生駒君はともかくとして、だったらもう少し……私以外も気付く程度には、目に見えて様子が違ってると思うんだけど。

 春音、生駒君と付き合い始めたんじゃないの?」

「……んー、わたしもずっと、それこそ寝不足になるくらい考えてたんだけどさ。

 ――”付き合ってる”って、何をどうしたら言っていいのかな」


 昨日の帰り道からこっち、ずっとそればかり考えている。友人・知人からそういう話を聞くことはそれなりにあったことだけど、彼らが一体何を根拠に「付き合ってる」と宣言したのか、それについてはまったくもって、知らない。


 一応……本当に”一応”彼氏持ちである伊月もこの疑問に対する答えは持ち合わせがないのか、困った顔で腕を組んでいる。

 けれど、流石交友関係が広いだけあってこの手の話には慣れているのか、すぐにすらすらと彼女の考えを話し始めた。


「……まぁ、オーソドックスというか、一般的なイメージとしての”付き合い始め”って、『好きです、付き合ってください』『こちらこそよろしくお願いします』的なやりとりじゃない?

 でも、春音の話聞いたり今日の二人の様子見てる限り、そういう分かりやすいやりとりは無くて、けど互いに互いの気持ちを知ってるから、春音は現状自分たちの関係がどういうものなのか悩んでる……って感じでいいんだよね?」

「さ、流石伊月……完全に仰る通りでございます」

「だったら解決策は簡単じゃん」

「……な、何?」


 と、そこで伊月はずいっとわたしに顔を近づけ、右手の人差し指を立て。


「春音が生駒君に『付き合って』って言う」

「あー、なるほどー……ぅえぇぇぇ!?」


 いや、確かにその儀式を介することで明確にはなるんだけど! なるんだけど……っ!


「無理だよっ! だってわたし、まだちゃんと好きって言ってもないんだよ!? なのにいきなりそんなこと言ったらっ……ば、爆発しちゃうよ!? どかーんって!」

「私としては、テンパって好きな人の前で爆発する春音も見たいけどねぇ。

 ……けど、伝えてないなら尚更じゃない。気持ちはちゃんと言葉にして伝えないと。生駒君も、本当は心のどこかで不安がってるんじゃない?」

「それは……」


 ここまでせいぜい二カ月くらい、言葉にすればとても短い時間だけど、それでも生駒くんのことは分かってきたつもりだ。だから、本当はこの気持ちをちゃんと彼に伝えなきゃいけないってことも、本当は分かってる……それでも。


 告白。たった二文字の言葉を行動に移すことが、こんなにも難しいなんて。


 分かってる。伝える前から相手の気持ちが分かっているわたしの”告白”が、他の人のそれと比べてどれほど簡単か――それすら分からないほど、わたしは恋愛に落ちぶれてはいないつもりだ。

 けど、どうしてか感情がわたしの足を、手を、喉を、舌を、口を縛って、放してくれない。これは不安……それとも。


「……ねぇ伊月。わたしってどうしてこんなに憶病なのかな」


 思わず机に突っ伏して、無二の親友に答えようのない疑問をぶつけてしまう。

 でも。


「どうかな。でも私が間違いなく言えるのは、生駒君はもうその壁を越えたってこと。そしてその壁を越えないと、結局春音が後悔すること。

 ――『言葉で伝えなくても通じ合ってる』なんて、一番深いところで繋がってからの話、なんだからね」

「……うん」


 わたしがこんな弱音を吐けるのは、彼女が”答えてくれる”と知っているから。


 彼女という友人を得られたわたしはやっぱり幸福で、この幸福を”今一番幸せになって欲しい人”にあげるには、越えなければならない壁がある。


 親友のお陰で答えは得た。後は改めて、”伝える”勇気を掴むだけ。

 なぁに、これでも一度は越えたんだ。掴みなおすくらいは訳もない。


 そうでしょ、わたし――

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