第22話 足りないもの

「――お待たせ。アイスコーヒーで良かったよね?」

「ありがと。……そういえば、わたしコーヒー買って飲むの初めてだなぁ」


 お昼を食べた後、さっき佐橋君と遇ったのとは別のゲームセンターで、今度は景品の絡まない他のアーケードゲームをいくつか遊んでから、近くの複合施設に入っているファッション専門店で生駒くんにはどんな服が似合うか見て回ったり。

 そういう高校生らしい――と、わたしの考える――遊びをしていたら、あっという間に時刻はそろそろ高校の六限目が終わる頃になり、「下手に同級生と遭遇して色々聞かれるとマズイ」という判断のもと、わたしたちは帰路につき始めた。彼にコンビニで買ってきてもらったアイスコーヒーは歩きながら飲む用だ。


 と、生駒くんはわたしが渡そうとした代金を断りながら、素朴な疑問を投げかけてきた。


「そりゃあ、日常的に飲んでる印象は無かったけど。急にどうしてコーヒーなの?」

「ついこの間……ほら、ナナキに呼び出された日、あったでしょ? その時ナナキのお願いでわたしの様子見に来た優花さんが、働いてるっていう喫茶店で振舞ってくれたんだよ」

「なるほど、それでコーヒーに興味が出たと……でも姉さんのを基準に考えると――あっ」

「んー? ……にがっ」


 想定外の苦味と酸味に驚いてペットボトルから口を離したわたしの様子に小さく笑いつつ、生駒くんは自分の買ってきたカフェオレを開けて差し出してくる。やっぱり子供舌のわたしには、甘さのあるカフェオレの方が好みらしい。

 わたしはそれに口を付けつつ、なおも笑っている生駒くんに抗議の視線を向けてみると、彼は「ごめんごめん」と笑い顔のまま二の句を続ける。


「いや、姉さんのは慣れてない人でも飲みやすいようになってるし、及川さんが慣れてないことくらい姉さんならお見通しだろうから、相当初心者向けというか、苦味を抑えたブレンドにはしてあったと思うよ」

「あー、そんなこと言ってた……ん、ありがと」


 わたしが返したカフェオレに、生駒くんはそのまま口を付ける。

 ……そのまま。


「しゅわっ……!?」

「……? どうかした?」

「……いえ、なんでもない……です……」


 そうだよね、そういうとこにヘンに意識するひとじゃないもんね……!


 そういう「ヘンな意識」をして熱くなった頬をぺちぺちと叩いて抑え込む。そりゃあ、友達同士で回し飲みくらいならするけどさ……!


 と、そこまで考えて、ある一つの疑問に辿り着く。


 わたしたちはもう、「友達」っていう間柄じゃない。もうそんな域は越えていると言って過言ではないくらいには親密になった……と思う。


 でも、じゃあ「友達」じゃないなら? 「親友」? ――それとも、「恋人」?


 ……どれも違う気がする。わたしの親友といえば伊月だけど、わたしが伊月に持っている感情と、生駒くんに抱いている感情は明らかに別のものだ。だから、生駒くんはわたしの「親友」ではない。


 ……でも、かといって「恋人」なのか? と訊かれて、臆面もなくそうだと答えられるかといえば――正直、自信が無い。生駒くんの彼女だと答えられる根拠がない。


 確かに彼はわたしを好きだと言ってくれた。わたしも、彼に面と向かって伝えられてはいないけれど、彼のことが本当に好きだ。それは間違いない。

 なのに、どうしてかそれだけじゃ駄目な気がする。わたしがまだちゃんとこの気持ちを伝えていないこと以上に、わたしにはまだ、生駒くんの「彼女」を名乗る為に足りていないものがあると、そう思えて仕方ない。


 どうする。ここで生駒くんに「わたしって、生駒くんの彼女でいいんだよね?」なんて訊ねて、彼が「そうだ」と答えれば、それで解決する疑問かもしれない。

 でも――


「……苦い」


 わたしはまた少しずつアイスコーヒーに手を付けてはその度に苦味に圧倒されて、さっき生駒くんから貰ったカフェオレの、ちゃんと甘さが同居した苦味が少し懐かしくなる。

 女の子の中ではそんなに甘いもの好きではないわたしだけれど、コーヒーとミルクが上手く同居したカフェオレになった途端、舌だけでなく心まで染み入るような感覚があるのだ。


「……そっか、優花さんのあれ、カフェオレだったんだ」


 そんな今更な認識の改まりと共に、わたしが惹かれたのはコーヒーではなくカフェオレだったと気付いたのだった。

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