第21話 応答なし?

 佐橋君と別れたのち、少し悩んで入ったのは、世界的に有名なハンバーガーチェーンの店舗だった。

 仮にもその、デートなんだし、もう少ししっかりしたお店に入るべきだろう、という意見はあるだろうし、わたしもはじめはそのつもりではいたのだけれど、「学生のサボり」といえばやはりこういう場所だろう、という判断のもと変更したのだった。


 平日の昼間というだけあって、外回りの会社員や、同じように学校をサボっているであろう学生でそれなりに混んでいるので、溶け込むのにはちょうどいい。けれどそんな空気感に圧されたのか、生駒くんがやや困ったように話しかけてくる。


「なんか、こう、凄いね……。サラリーマンはともかくとして、同じくらいの人が普通にいるし、誰もそれを気に留めてない」

「んー、どこもこんなものだと思うけどね。さっき佐橋君も言ってたけどさ、最近はこうやって学生が昼間に出歩いてても、特に何も言われないみたいだよ。そういう意味では寛大にはなった……のかな」

「寛大っていうか、これは単に無関心な気もするけど……。

 ――でも、そうか。こんなもの、なのか」

「そーだよー。こんなもの、こんなもの。――それで、何にする?」


 わたしはカウンターの上にあるメニューの一覧を指さす。八歳の頃から優花さんと二人みたいだったし、彼は自炊も出来るのでもしやと思ってはいたけれど、案の定こういうお店に慣れていないみたいだ。「ビッグ……ダブル……?」と単語とハンバーガーのイメージが上手く繋がらないのか、頭の上に疑問符が浮いている。


「”ビッグ”はそのまま、大きめサイズってこと。”ダブル”はそうだな……”ダブルチーズ”なら、普通は一枚のチーズがもう一枚挟まってる、みたいな感じかな。

 ……って、こういう時にナナキに頼りなよー」


 なんて、軽い気持ちで冗談交じりに言ったのだけれど、生駒くんはここに入った時とは違うニュアンスの困り顔を浮かべる。


「……それが、訊いてみようとしたんだけど。さっきからどうにも反応がないんだよね」

「それは……”寝てる”とかじゃなくて?」

「あいつが起きてて僕が寝てる、っていうのならともかく、その逆はないよ。……ほら、役割的にさ」

「あぁ……」


 ナナキはもともと、一人では上手く日常生活を送れなくなってしまった生駒くんが無意識に作り出した「相談相手」、それが独自に意思を持ち始めたものだ。「生駒祐樹」という個人から派生して「ナナキ」という人格が確立されつつある様子とはいえ――その名前を彼につけたのはわたしだけれど――、その役割が大きく変わるだろうか。

 いや、変わることがあるとして、「生駒祐樹の相談相手」という自らに課した役割を、彼が自ら放棄するとは考えにくい……そんな気がする。


「……まぁ、いくら自分の片割れでも頼り過ぎるのは良くないし。今はその……及川さんもいてくれるから」

「……そっか」


 そうは言うものの、生駒くんの表情は少し寂しそうだ。仮にも長年一緒に過ごしてきた相棒なのだ、それが急に音沙汰ないとなれば不安にもなるだろう。


 けれど、何か気になる。生駒くんの言葉がどうも引っ掛かって――


 と、物思いに耽りそうになったところで、周囲の騒がしさに気付く。どうも本格的に混んできたようだ、あまりゆっくりしていると座るのも難しくなるだろう。


「……ごめん、何か無難なのでお願い。先に席確保しておくよ」

「あ、うん。……わかった」


 察したらしい生駒くんが、列を離れて手近な席を取りに行く。こういうところはまぁ、気の利く部分ではある……のだけれど。

 前の方、カウンターで注文しているカップルを見て、わたしは小さくため息を吐くのだった。

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