第20話 聖者の行進

「……で、何か用?」

「いや、用っていうか……」


 迷彩服にでも使われていそうな暗い緑色の袖のないパーカーを、学校指定のシャツの上に羽織ってアーケードゲームをプレイしていた彼――佐橋俊也君の平坦な問いかけに、わたしはどう応えていいかわからない。


 図らずとはいえ、学校をサボって遊びに来てしまったわたし達だけれど、まさか同様にサボっていたクラスメイトと遭遇してしまった場合の正確な対処を思いつけるほど、わたしはサボり慣れしていない。

 ましてや、生真面目が過ぎて自縄自縛、真綿どころか麻縄で首を絞めているような生駒くんに、この状況を打破する選択肢の持ち合わせも……というか、そもそもこの事態がどれほど緊急事態なのかも分かっていないだろう。見れば、コトの深刻さに慌ててとんでもない顔をしているであろうわたしを見て、頭の上に”?”を浮かせている。


「えっと、その、これは決してデートとかそういうのじゃなくてですねっ。あくまでこう、成り行きというかワガママというか、」

「……何を言っているのか分からないけど。ぼくには言いふらすような趣味も、ましてや相手もいない訳で。

 もしぼくが周囲に君らが学校をズル休みしてまで遊んでいたことを広めないか不安なら、そんな心配は意味ないよ」

「……お察しがよろしくて何よりでございます……」


 ハァ、と溜息で呆れた様子を隠そうともしない佐橋君に、わたしは正直そこまで強い印象を持っていない。普段から誰とつるむでもなく、授業の間の小休止も、昼休みも一人で本を読んでいるようだから、印象といえば、せいぜい騒ぐよりも一人でいる方が好きな性格なのかな、くらいのものだ。


 確かに学校を休みがちといえばそういう気もするけれど、しかしまさかこうも堂々とサボって遊んでいるとは……。


「ねぇ、佐橋君って、結構普段からこうやって遊びに来てたりするの?」

「それなりに」

「……気になってたんだけど、そんなに堂々と制服でいて大丈夫なの? 学校に連絡されたりとか……」

「他は知らないけど、ここは店長が理解ある人だから。……まぁ、学校に行きたくなかったり、行けなかったり、そういう”ワケあり”の間では結構知られてる。

 逆に悪目立ちする連中は近づかないように取り計らってくれてるから、こういう奴らのセーフティーネットとして機能してるんだよ」

「あぁ、確かに同じくらいの歳のひと結構いるね……って、佐橋君――」

「そこから先は禁句」


 思わず言いかけてしまった言葉を、すかさず佐橋君が押しとどめる。それは、気安く踏み込んでいい場所ではないのだと、彼の目がそう言っている。


「……ごめん」

「まぁ、ぼくは好きでここにいるんだし、今何をどうしたところで、どうにもならない話だから。別に見て見ぬふりしろって話じゃなくて、自分のやるべきことを弁えてくれればそれでいいよ。

 ――及川さんにはほら、他にどうにかしなきゃいけない奴がいるでしょ」


 そういって彼が目線をやった先には、店に置かれたアーケードゲームの筐体を、興味を引かれながらもやや遠巻きに眺めている生駒くんがいる。


 我ながら偽善者だとは思うけれど、わたしが今一番優先するべきで、優先したいと思っているのは生駒祐樹であって、他の誰でもない。

 だから、今のわたしには他のひとの事情には中途半端にしか関われないし、中途半端になると分かっているのなら、深入りするべきじゃない。佐橋君が言っているのは、そういう当たり前のことだ。


「……分かった。わたしはわたしのやるべきことやりたいことをするよ」

「そう」


 彼はあまり興味がない様子でそれだけ言って、またシューティングゲームに戻っていった。見る限り、わたしが話かける前と後で、特に変わった様子はない。


 わたしは生駒くんに声をかけて、さっき慌てて言いだしたお昼ごはんの予定のために外に出る。

 生駒くんが容赦なく無計画に取りまくったスナック菓子の山を持って歩くのは少し大変といえばそうだけれど、この際何を言っても仕方ないし、仮にもまぁ、彼が何かに熱中した成果なのだから、そう思えばそう悪いものでもない。


 わたし達は佐橋君が叩きだしたであろう、ランキング首位更新を意味するメッセージを微かに聞きながら店舗を後にした。


  ◇◇◇


 まったく、お節介なひともいたものだ。


 たかだか小学校六年間、同級生共のたわいもない「遊び」に使われた程度で、「学校」そのものに忌避感を覚えてしまうような、その果てにこうやってセーフティーネットに頼り切ってしまうようなヤツに、まるで対等であるかのように話かけて、不用意にとはいえ背負い込もうとするなんて。


 半ば無理やり入れられた、トークアプリのクラス男子用メッセージグループに、及川さんと生駒の関係に対する悪意や害意からくる介入を禁ずる旨の脅迫文が張り出されていたので、まるっきり興味のないぼくのような日陰者でも、彼らが相思相愛かそれに近い関係であることくらいは知っていた。

 が、まさか学校を休んでまで出歩く仲にまで進展していたのは、意外といえば意外だ。まぁ、そんなこと、どうでもいいといえば、どうでもいいのだけど。


 瀬戸あたりは愚痴を溢すだろうが、ぼくは逆に忙しさを期待して文化祭の実行委員に志願した。

 ちっぽけな自尊心の欠片が、楽しそうに青春を謳歌する他の生徒達に対する劣等感に耐えきれず、彼らが楽しむ場は自分が用意したのだと、そんなどうしようもないことで優越感を得るために。


 そんな卑小でどうしようもない小物に一瞬本気で向き合おうとしてしまった彼女に救われるのは、どうして生きていられるのか分からないほど、どうしようもない人生を送っている彼こそが相応しい。彼女は気付いていないだろうけれど、少しズレたところを歩くぼくみたいな人間にとって、彼女のように道をちゃんと歩いていけるひとは、眩しく映る。


 きっと彼にも、彼女は同じように眩しく見えているだろう。ぼくよりも暗いところを歩いているであろう彼には、その眩しさは時に遠ざけたくなるほどに。……そういう人にこそ、光は必要だ。


 ぼくは始まる前に終わってしまった感情を籠めて、引き金を引く。

 そしてゲームが終わったとき、ぼくはひとつ、壁を越えていた。

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