第18話 藁人形の役目

「…………」

「…………」

「……お待たせ」

「……うん」


 いや、そうじゃねぇだろ……。

 それでもオレの片割れか、と問い質したくもなるが、片割れと言うのなら、祐樹の身体を間借りしているような、居候ヒモとも言うべき依存しきった立場のオレの方こそが片割れなのだから、そう強く言えた義理ではないのはその通りだ。


 が、それはそれ、これはこれだろう。仮にも惚れた女の、それなりに気合の入った服装なのだから、何か気の利いた一言くらい言うモンだと思うのだ。


『さっきからうるさいな。異性はおろか同性との交友経験すら、僕は希薄なんだぞ。むしろここであっさり歯の浮くようなことを言えてしまったら、それはそれで女たらしと思われるかもしれないじゃないか』


 ――言い訳するな。単に照れて言葉が出てこねぇだけだろ。つか「うん」はねぇだろ、「うん」は。そもそもアイツが今更そんな風に思うとでも……思ってはないか、うん。今回のコレは、最悪を想定しようとするいつもの悪癖だ。

 ……問題が無いとは言わないが、現状祐樹が絶望せずに心を守る為には必要な手順なのだから、祐樹の傷を塞げなかったオレに、それをやめさせようとすることなど、出来るはずがない。それが出来るとするなら――


 と、そんなような考えに耽っているうちに、二人はもう駅前の喧騒の中に溶け込もうとしている頃だった。ここまで深く思考するのはいつぶりか……あるいは初めてのことかもしれない。


 考える。


 それほどまでにオレがオレとして独立し始めているというのは、果たして祐樹にとって好ましいことなのか。


 もし仮に、祐樹が今後も不安定なままで、独りで生きていくことを選ぶのなら、オレはオレの役割を続けるべきだろう。その程度の自己主張……違う、祐樹にとって無条件に貶めていい、そんな都合のいい存在は必要だ。祐樹は自己を「他者を責める資格のない極悪人」と規定し、他者に悪感情を持つこと自体を禁じているだけであって、決して聖人君子の類ではない。


 ……いや、そんな禁則を己に科すことが出来てしまっている時点で、既に人として間違っているのかも知れないけれど、でも、祐樹は決して怒りや憎悪のない人間ではないのだから、当然生きていれば自然とそれらの火種は裡に燻る。


 ただ、火種がやがて燃え盛ったとしても、その炎で自らを焦がす以外の選択肢を持てないだけ。だから自分でありながら他者であるオレが必要だ。必要だった。


 けれど、今は彼女がいる。生駒祐樹にとって初めて、自らを閉じ込めた檻のこちら側に来た人物が。


 オレは祐樹の目を通して、彼女を見る。

 オレは、祐樹が祐樹の目を通して見た彼女への感情を汲み上げる。


 オレは、言ってみれば身代わりの藁人形。主の代わりに燃えるだけの贄。

 けれど、この感情は癒しをくれる。燻る炎を鎮めてくれる。まだ少し眩しいけれど、彼女なら、祐樹を光の先へと連れて行ってくれるかもしれない。


 であるならば。


 代わりに燃えるしか能がない藁人形は、早々に消えてしまうべきだろう。


 彼女と彼女に手を引かれる彼を見て、オレはふと、そんなことを想った。

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