第13話 本当の望み
どうしてわたしはこうなんだろう。勝手に好きになって、勝手に世話焼いて……それで彼がわたしの望む言葉を、望む行いをしてくれないからって、こうやって逃げ出してる。控え目に言って、最低だ。
大粒の雨が絶え間なく体を打ち付けてきてとても痛い。けれどそれはもう、そういう一つの事象でしかない。どうでもいい。相変わらず額縁の向こうだ、彼を除いて。親友ですらそうなのに、どうして未だに彼だけが。
分かってる。それが、”好き”っていうことなんだって。
でもそれは駄目なんだ。だってこの気持ちが彼を苦しめる。悩ませる。わたしの想いは彼の妨げにしかならない。
だからまずは距離を取った。取ろうとした。なのに――なのに!
「どうして、追いかけてなんか来るの!?」
彼……生駒くんは、わたしを追いかけてきている。肩で息をしているから、きっとあちこち走って探したんだろう。右手に持っている傘もささず。何それ、わたし用のつもり? どうしてか苛立って仕方ない。
「なんで、なんでこんなことするの……中途半端に優しくするくらいなら、最初から見て見ぬふりしてよ。ちゃんと振ってよ。わたしのことなんかどうだっていいって、それどころか迷惑だって示してよ! そうでもしてくれなきゃ、わたし、いつまで経っても生駒くんのこと……!」
――いつまで経っても、好きなままじゃない。
自分勝手なのは分かってる。言ってることが無茶苦茶なのも分かってる。こんなこと言ったって困らせるだけなのも、全部分かってる。けど、けど、けど!
そこでわたしは泣き出してしまった。これだけは駄目だって分かってたのに。分かってるのに。
本当はもっと生駒くんと一緒にいたい。色んなことを話して、困ったときには助け合って。ちょっとしたことで笑ったり、泣いたり、ちょっぴり喧嘩して、でもすぐに笑い合ったり。そういう何でもないことで、生駒くんを幸せにしたい。
でも駄目。やっと分かった。彼はそういう当たり前の幸せに、息苦しさを感じてしまう。彼は当たり前を当たり前と思えない。全部自分の身に余るものだと考えてしまうから、一瞬幸福を感じたとしてもそれを遠ざけて、自分以外に与えられることを望む。
自分が血の繋がった正真正銘の”生駒祐樹”だと騙して家族に紛れ込んで、それを後になって明かして父を死なせて、本当にここにいるべきだった”生駒祐樹”を身代わりにして生きている。そのどれ一つだって彼の責任ではないし、どれ一つだって彼の意志の介在しない場所で起きたことなのに、彼は全部自分のせいだと思ってしまっている。
彼自身にもそれが理屈の通らない考えだって分かっているけれど、彼という人物はその罪悪感と共に形成されたものだから、今更覆らないんだ。
それに痛ましさを感じて、それを取り払えないことが悔しくて、ずっと苦しかった。泣きたかった。我ながら何様だ。そもそも泣き出したのは生駒くんがわたしの想いに応えてくれなかったからのくせに。
せめてこの雨が涙を隠してくれればよかったのだけれど、彼はこれくらいじゃ誤魔化されてくれない。ずっと俯いて黙っていた彼が、口を開いた。
「……分かってたんだ。あんなことをしたって、君をいたずらに傷つけるだけだって。あの後僕は”あいつ”のせいにしたけど、それは違う。あいつは僕の望むことしか出来ない。あいつって存在自体僕が望んだものだから、あいつは僕の望みを叶えることだけを考えて行動する。……だから、君の言う通り。君を傷つけているのは、他ならない僕だ。……でもね」
「……でも、何? もういいよ、全部言って。だから、これで最後にしよう? 話すのも、お互いに何かするのも。ぜーんぶ、これっきりにしよう?」
「嫌だ」
初めて聞く、彼の強い口調。何かを拒否する言葉。わたしは困惑しながら言葉を返す。
「どうして? 生駒くんも、もうわたしのことなんて――」
「嫌だ。僕はもっと君と話したい。君と一緒にいたい。いつか終わってしまうって、その終わりがずっと苦しいものになるって分かってても、それでも君といたい。……これが、僕の本当の望みだから、嫌だ」
すると彼は小さな深呼吸をして、顔を上げて、まっすぐこっちを見て。
「僕は、君が好きだ」
そんな、わけのわからないことを言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます