第12話 わからなくて、逃げ出して
「――っつー訳で、いい加減残り二枠、名乗り出て欲しいんだけど。実行委員」
ノイズだらけの視覚と聴覚、思考でまったく頭に入らない授業を聞き流し、ようやく始まってくれた六限目のロングホームルーム。今回は近々行われる文化祭の、うちのクラスの出し物のアイデア出しと、その実行委員決め、ということらしい。
先週までなら生駒くんをどう誘うかで悶々としただろうけれど、今のわたしにそれは不可能だ。精神的にも、面と向かって拒否された、という立場的にも。
うちの担任である
わたしは刻一刻と重さを増す右手を、力なく上に伸ばした。
「ん、及川か。んじゃ後一人誰か男子に――」
「あの、僕、やります」
その男子生徒の声に、クラス内で僅かにざわめく。ノイズ塗れの聴覚でも聞き違えない、生駒くんの声だ。今日は珍しく遅刻してきたり、いつもなら窓の外を見ている場面で机と睨み合いながら考え込んでいたりなんだか様子がおかしいけれど、この手のことに自分から名乗り出るのはかなり変だ。
「……じゃあ生駒だな。じゃあ実行委員が決まったところで、”何やるか”な。決定じゃないからとりあえず案だけ出してっていいぞ、ただし飲食物以外」
先生は特に何事もないように先に進める。……生駒くんが、実行委員。一体何のつもりで……駄目だ、思考が纏まらない。
わたしは結局うつ伏せで、なんだか崩れ始めた空の様子を脇目に眺めたまま放課後を待った。
◆◆◆
「……えーっと。それじゃあ第一回、一年四組文化祭実行委員会議を始め……あの、二人とも大丈夫……?」
「うん」「まあ」
その日の放課後、学級全体で企画するイベントだけあって参加を余儀なくされたクラス委員を交えての、実行委員全体での会議。わたしと生駒くんの様子――わたしに関しては目に見えて悪いであろう体調も――を気遣うように、クラス委員長の
命碁さんがフリーズしてしまったので、クラス副委員長の
「とりあえず雨降りそうだし、今日は実行委員長とか、それぞれの役割を決めるだけにしとこう。例年店を出すのは二年からだったのを今年の生徒会長が一年も出すように変えたから、先生側もどこまでやらせていいか分からないみたいだし。衛生的な問題があるから、飲食物系はさせて貰えないことになってたけど」
「飲食が出来ないって……それ文化祭において”何も出来ない”ってのとほぼ同義じゃね? 何やんの? 金魚すくい?」
「
「……ほら、この調子じゃ絶対決まんないだろ? だからまずは役割決め。な?」
流石自らクラス委員に志願した霧条君、中々のリーダーシップだ。まとめ役という意味では、困りごとの聞き役的な面の強い命碁さんより適しているかも。
霧条君は席を立ち、黒板にチョークで名簿を書いていく。
「とりあえず、役割は委員長、副委員長。あと暫定的な呼び方だけど、店長と副店長。残り二人はそれぞれの補佐に回って欲しいかな。
イメージ的には当日までが忙しいのが委員長副委員長で、当日めっちゃ忙しいのが店長副店長、通してそこそこ忙しいのが残り二人と俺らクラス委員……って感じだけど……とりあえず立候補ある?」
「あ、じゃあ私店長やりたいかも。中学のときもやったし」
「あ、オレ店長やりたかったのに……と思ったけど忙しそうだから副店長でいいや」
「はいはい、
「マジ?」
「多分マジ。じゃあ委員長と副委員長なんだけど」
「ねぇ、あえて無役職名乗り出るって言うのはアリ? 必要なら書記とかやるけど」
「あー、それ地味に助かるわ。他にやるって人いなきゃ
残った
生駒くんは名乗り出ないし、佐橋君も特に何か言い出す様子はない。
「じゃあ、わたし委員長やるよ。それでいいかな?」
異論の声は特に上がらなかった。
「……一同問題なし、と。それじゃあ後は副委員長なんだけど――」
「――あの、それ、僕がやってもいいかな?」
まただ。わたしが名乗り出た後に、生駒くんが続く。……何のつもりなんだろう。
「俺はいいけど……及川さん、なんか異論あったりする?」
「別に。どうして?」
「あぁいや、なんでも。なんもないならいいんだけどさ」
わたしは何か、異論があるような表情をしていたのだろうか。自覚がない。あぁ、伊月や優花さんにも、表情であっさりバレたっけ、生駒くんへの気持ち。わたしはわたしが思う以上に分かりやすい性質らしい。
「よーし、案外さっさと決まるもんだな」
霧条君はすらすらと、役割と担当の名前を黒板に記していく。脇で命碁さんが微妙にやることを求めているような表情をしているので、今後は上手い役割分担も考えないといけない。
最終的な委員と役割はこうだった。
・実行委員長:
及川春音
・〃副委員長:
生駒祐樹
・店長:
澤田
・副店長:
瀬戸
・その他実行委員:
佐橋
井伏
命碁
霧条
井伏さんが小さなノートに名簿を書き移し、話すことも話せることもないわたしたちは解散することにした。けれど誰も出ていかないことに疑問を感じ、ふと外を見ると、決して優しくはない勢いで雨が降っている。
なんだか雲行きが怪しいとは思っていたけれど、ついに降り出してしまったらしい。皆、傘は持ってきていないのだろう。そういうわたしもそうだ。
――少しくらい、濡れてもいいか。
頭痛も体のだるさも増す一方だ。それに、あまり生駒くんの近くには居ない方がいいだろう、お互いに。そのくせ、彼の方から近づくようなことをしてくるのがどうにも理解できないけれど。
いつも以上に重い荷物を持って、ロッカールームで靴を履き替える。どうにも持って帰れそうに無かったので、一部の生徒がそうしているようにロッカーに教科書類を置いて帰ることにした。それなのに、体に圧し掛かる重量感はまったく軽くなってくれない。帰ったらさっさとベッドに体を預けてしまおう。……今日もまた、寝られる気はしないけど。
昇降口を出ようとしたとき、ある声に呼び止められた。……生駒くんだった。
「及川さん、傘持ってきてない……よね? 僕持ってきてるから、よければ一緒に帰らないかなって……具合、悪そうだし」
おどおどというより、どこか申し訳なさそうな様子で、彼は誘う。それは確かに、いつも通りのことではあるのだけど。……あった、のだけれど。
「……なんで」
「え?」
そこでわたしは、選んではいけない選択肢を選んでしまった。
「なんで、そんなことするの? 生駒くん、もうわたしと一緒に居たくないんじゃないの? わたしのしてきたこと、迷惑だったんじゃないの!?」
「……それは」
「わたしの気持ち知っててあんなこと言ったくせに優しくしないで! 二重人格だとか、生駒くんなりの優しさなのか知らないけど、わたしからしたら生駒くんに振られたのと一緒なんだよ? だからわたしは生駒くんにとって迷惑にしかならないんだって、諦めようとしてるのに……! 生駒くん、わたしに関わって欲しくないんでしょ!?」
つい口をついて出た言葉がどんなものかに気付いてはっとする。こんなこと言われたって、彼からしたらそれこそ迷惑でしかないのに。
「もう、やめてよ……生駒くんこそ、わたしに関わらないでよ!」
どうしていいか分からなくなったわたしは、気付くと雨の中へ飛び出していた。
こんなことしたって、何の意味もないのに。ただ今は、大好きな彼の顔を、声を、近くに感じたくなかった。
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