第10-1話 蚊帳の外の中心人物

『……じゃあ、言い訳を聞こうか』


 曇り切った表情の彼女と別れた後の二久巻公園で、自販機で買った缶ジュース片手にベンチに座る今はオレの脳内で、珍しくお怒りの様子の我が主。オレの意図は言うまでもなく伝わっているだろうに、わざわざ口頭で説明しろと言う。


 ――知っての通りだろ。お前の不調も、その原因も。オレが誰より分かってるんだぞ。お前が最低限穏やかに暮らせるようにサポートするのがオレの役目で――


『そんなことを君に頼んだ覚えはない。出てきていいなんて誰が言ったの?』


 ぐ。脳内での会話は明確に音になっているわけではないが、それでもオレに対する悪感情は容易に伝わる。……要するに、祐樹はこれほどの悪感情を自分オレに向けている。


 オレと祐樹は事象に対するアプローチというか、思ったことの伝え方が違うだけで、根本的な価値観――それに対して何を思うか、何を感じるか――は同一だ。


 言ってみれば、綺麗な花を見て近寄ってよく見るのか、写真に残すのか……みたいな違い。オレたちにとってはどちらも「美しいと感じたものをより鮮明に記録するための行動」だが、オレはそれを記憶に焼き付け、祐樹は写真に焼き付ける。どうしてそれぞれその手段なのかは……ま、置いておこう。言葉にする意味も価値もない。


 そんなわけで、オレと祐樹が根っこの部分で同じである以上、祐樹がオレに向ける悪感情は、即ち祐樹が祐樹自身に向ける悪感情でもある。理屈として納得できるかは別として、オレたちはそういうものなのだ。あ、クーデレとツンデレの違いみたいなもん、って言えばわかりやすいか?


「けどさぁ。実際問題限界だろ、あいつの優しさに浸り続けるのは」

『…………』


 昼前の公園。噴水の目の前のベンチに座るオレたちの周囲には誰もいない。いなくなった。だから、あえて言葉を口に出す。


「あいつの気持ちは嬉しい。けど、というか、だからこそ、これ以上あいつに頼りたくない。離れたくなくなるほど依存したくない。もっと言えば、自分なんかのためにあいつの人生を浪費させたくない。分かってんだよ、当たり前だけどな」


 及川あいつにはあえて歪曲して伝えたが、祐樹の本当の感情はこれだ。


 重度の自己嫌悪。仮に一万回殺してもなお大嫌いな自分のために、何度生まれ変わろうと好きになるであろう相手の人生を縛りたくない。自分なんかの為ではなく、ちゃんと彼女を幸福に出来る人の為に、彼女の人生を使って欲しい。そんな思いが根底にあるから、祐樹は彼女の優しさを受けるたびに自己嫌悪を募らせる。そのせいで潰れかけている。


『……けど、及川さんはきっと思いつめているはずだ。自分が良かれと思ってしたことが、逆に相手を苦しめている。自分が余計なことをしたせいで、って。君が、勝手に、余計なことをしたせいで、彼女に不必要な苦しみを与えたんだ』

「でもこれであいつもお前を好きじゃなくなれる。お前にとって自分が不要どころか逆効果だって理解すればきっと他のヤツを――』

「そう簡単に好きな人への想いを捨てられたら誰も苦労しない! 身に染みて理解してるだろ、僕も君も!」

『――!』


 言葉の最中に肉体の制御権を奪い返される。オレがまだまだあやふやな存在なのもそうだが、それ以上に余程ストレスを溜め込んでいる。祐樹が生まれて初めて声を荒げたのがその証拠だ。


「……せいぜいあと2年半。それだけ僕達が我慢すればよかったんだ。今は視界に映るから気になるだけで、卒業して離れれば、そのうち僕達のことなんて忘れてくれる。そのはずだったのに……なんで……っ!」


 ――なんでその間に、不要な苦しみを作ったんだ。


 祐樹の思考は、そう続けていた。「忘れられたくない」という悲鳴ほんねと共に。


 けど、分かってるんだろ?

 こうでもしなきゃ、あいつが面と向かって気持ちを伝えてきたってことくらい。


 オレには、本当は嬉しいのに断らなきゃいけないお前の痛みが、簡単に想像できるから。そしてその痛みに、きっとあいつも気付くから。


 その時涙で別れるお前たちの方が、断然痛いに決まってる。だからせめて、今ある痛みをあいつに伝える苦しみだけは、オレが背負うと決めたんだ。

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